第6話「その運命は、“奇跡”か“呪い”か」
廃業したゲームセンターの地下フロアに広がる秘密アジト。
レトロな円卓型の筐体を囲んで『緊急ミーティング』をおこなうのは、5人の獣耳少女たち。
猫耳少女のメネアが神食者集団『Vanadies』への加入意思を示したのち、彼らはようやく“本題”について話し合うことができたのだった。
最初の議題は「メネアをVanadiesのメンバーに加えるか否か」。
少女たちの意見は大きく割れた。
「……現在の私たちには、メネアの能力が必要です……」
「そうだよ! カヤとピオーネも見たよな、メネアが神食を解放したときの映像――防犯カメラハッキングの監視当番中に“あれ”観た瞬間、僕は運命だと思ったぞっ!」
どうしてもメネアを迎え入れたい双子の犬耳。
「いや、コイツの神食の潜在能力が高いのだけは認めるけどさァ、そもそも現状は使いこなせてないじゃん! 何よりコイツ自身がどんなヤツか見極め切れてない以上、ポンコツすぎて足を引っ張られたり、裏切られて事態が悪化しちまったりとかって可能性もあるだろ!」
「メネアは “もろは の つるぎ” なのー★」
対して迎え入れるのに慎重な兎耳と山羊耳。
ふと不安になったメネアは、隣に座るキディに恐る恐るたずねた。
「えっと……なんか私、すごく過大評価され過ぎてない? 私ってただの平凡な配達員でしかないよ? そんな評価されても期待に応えられるかどうか――」
「その点は心配ないかと……貴方の神食は、先代リーダーと全く同じですから」
「へ!? どういうこと?」
説明に食いつくメネア。
キディは一呼吸おいてから、ゆっくりと口を開く。
「現在のVanadiesのリーダーは、私『キディ』が務めています……ですが私は二代目であり、先代は『デネボラ』という女性が務めておりました…………その先代リーダーが所持していた神食のスキル名は【同期】……複雑な発動条件こそ満たさなければならないものの……『対象範囲内に存在する機器のシステムを強制的かつ直感的に書き換えることができる』という、ハッキングにおいて“最強”とも呼べる効果を備えていたのです……」
先ほど暴走する清掃ロボに襲われそうになった時、メネアは叫んだ。
“お願いッ止まってッ――”
次の瞬間、彼女の体は金色に輝き、清掃ロボが急停止して……。
……まだ新鮮な記憶を思い出しつつ、メネアは首を傾げる。
「まぁ効果だけは近い気もするけど――」
「いえ、同一スキルだと断言可能です……何故なら私の神食は【分析】……“既定の条件”を満たしたプログラムの背景情報を強制的に閲覧可能なスキルであり……原理は未解明ですが、その対象には発動状態の神食も含まれています」
「もしかして、さっきの映像を【分析】した?」
「ええ……」
さらにアスティが横から補足する。
「しかも凄いのがさ、先代リーダーのデネボラもメネアと同じ黒い髪と耳の猫耳族だったし、スキル発動時に金色に光ってたんだ!」
「そんなに共通点だらけなんだ」
「ああ! デネボラは僕らにとって太陽みたいな凄い人でさ……だからメネアと僕らもきっとかけがえのない素敵な関係を築けると思うんだ!」
「そ、そうかなぁ?」
少々理論が強引すぎるものの、必要としてもらえるぶんにはありがたいのかもしれない、とも思うメネア。苦笑いしつつ話を続ける。
「でもそんな凄い人なら1度は会ってみたいなぁ……ちなみに先代リーダーって今どうしてるの――」
「会えるわきゃねぇだろッ!! 死んじまったんだからッッ」
乱暴に吐き捨てたカヤの一言に、メネアが凍り付く。
「……もう少し、ましな言い方というものがあるでしょう?」
「メネアは事情を知らないんだぞ――」
「別にいいだろッ! アイツが……デネボラがやらかしたせいで、Vanadiesのメンバーは、ウチら4人を残して全員死んじまったんだぞッ!」
見かねた双子たちがなだめようとする。
しかしカヤは余計ヒートアップしていくばかり。
「だけどデネボラが居なけりゃ、僕らはそもそも――」
「ああそうさ! そりゃ確かに処刑されかけたウチらを助けてくれたのも、絶望しきったウチらのためにVanadiesを創設して『また元の暮らしに戻れるかも』って希望をくれたのもデネボラだったよ。一時期はGordinaの重要施設まで掌握したし、随分いいところまでいったよなァ…………けどよォッ! デネボラは、ウチらに甘い夢見るだけ見させて……なのに最後の最後にウチらの大切な仲間を大勢巻き込んで自爆するとか! 自分勝手にも程があるだろうがッ――」
――パシン。
怒りに燃えるカヤを黙らせたのはキディの平手打ちだった。
ひと呼吸おいてから、キディは静かに口を開く。
「……いい加減にしてください……デネボラは何時だって私たちのためを思って――」
「うるせぇッ! 元はといえばアンタら双子が勝手に動いたせいじゃんかッ!!」
赤くなった頬を押さえ、半分涙目で叫ぶカヤ。
「……その点は認めます……しかし貴方も、理解しているはずです……今の私たち4人には、切り札となる“強き能力”が圧倒的に不足しています……このまま戦力強化できなければ、いずれ我がVanadiesは衰え、どのみち全員無駄死にするだけ……私たちはメネアに賭けるしかないのだと」
「わかってるさッ! わかってる、けど……メネアが……メネアのスキルが、あまりにもデネボラに似すぎなんだよッ! もしコイツを迎えたら、また能力が暴発するかもしれねぇんだぞ! もしまた“あの時”みたいになっちまって、アンタらまでいなくなっちまいでもしたらッ……ウチは……ウチは……」
限界を迎えたのだろう。
カヤが泣き崩れた。
何も言えなくなったキディは黙り込むしかできなかった。
「……あの、ちょっといいかな?」
こわごわながらも停滞した空気を破ったのは、後ろで様子を見ていたメネア。
「…………何さ?」
まだ涙こそ残るものの、カヤは少し落ち着いたようだ。
メネアはやや目を泳がせつつも、どうにか声を絞り出す。
「ええっと、その……さっきは無神経なこと言ってごめん」
「気にしなくていいよ。メネアは何も知らなかったんだし――」
「ううん。事情は知らなくても……知らないからこそ、私はもうちょっと考えて喋らなきゃいけなかったんだと思う。だってキミたちと私は、今日が“はじめまして”だったんだから」
かばおうとするアスティを遮り、メネアは4人の少女を見つめた。
「……正直いうとね、私……実はまだ、本当の意味で“キミたちの仲間”になれるかわかんないんだ」
「はァ? アンタさっき『Vanadiesに入りたい』って言ったよな?」
カヤの声色が変わった。
「だってさっきはキミが銃とか突き付けるから――」
「まさかアンタ噓ついたんじゃッ――」
「嘘じゃないよっ! キミが銃を出す前から『入りたい』って答えてもいいかな、って気持ちは結構あったもの……」
確かにあの瞬間のメネアは『そう言わないと銃で撃たれて死ぬッ!』と焦る気持ちが強かった。
だがVanadiesについて色々と聞き、前向きになりかけていたのも事実であった。
「そういう意味じゃなくてっ! その、私って……割と人見知りなんだよね――」
「ひ、人見知り? アンタが??」
食い気味に聞き返すカヤ。
メネアはうなずき、探りながら言葉を続ける。
「うん……物心ついた頃には働いてたから、大人のお客さんとかと話すのは慣れてるよ! でも学校にも行ってなかったし、同僚も年上の大人ばっかだったし、同い年ぐらいの子供とこんなにちゃんと喋るの初めてで……えっと……正直、“仲間”って概念自体がよくわかんないというか……だから“仲間になる”っていっても、具体的に何をしたらいいか困ってるというか、そのっ――」
「――フッ、アハハハハッッ!」
突如、カヤが爆笑した。
「“はじめまして”かぁ~、ウケるっ! ま、でもそうだよな……デネボラはさ、アンタと違って、人見知りとはまるで無縁なヤツだったもんな……初めて会った瞬間から『みんな仲間だよ!』って顔で話しかけてきて……判断も早くて、リーダーとして何ごとも即断即決してはウチらをぐいぐい引っ張って…………なんだよ、アンタら、全然似てないじゃん……ハハハハッ!」
重く気まずかった空気を吹き飛ばす、豪快な笑い声。
メネアが状況を掴めずにいると、ひと通り笑って気が済んだらしいカヤが明るく言った。
「――わかった。ウチもメネアの加入に賛成する!」
「ほ、本当にいいの?」
「ああ。何かわかんないけど、アンタとならうまくやれそうな気がしてきてさ……ってことでよろしくな!」
「うん……よろしく!」
カヤが見せた屈託のない笑顔。
そこに嘘はなさそうだとメネアは思った。
いい感じにまとまった2人を横目に、様子を伺っていたキディが口を開く。
「……ということで、あとはピオーネだけですね」
「ううん★ みんなが賛成なら、ピオーネも賛成なのー♪」
ニコニコしながら答えるピオーネ。
「えぇ……?」
さっきまでカヤと一緒に全力で渋っていたはずな山羊耳少女の“全力手のひら返し”に、メネアは戸惑ってしまう。
「気にしないで、ピオーネはいつもこうだから! ま~そのうち慣れるさっ」
「あ、うん……」
アスティの何気ないフォローに、ますます困惑するメネア。
Vanadiesで1番つかみどころが無いのはピオーネなのかも……と心の中でつぶやくのであった。