第5話「神を食らう者たち」
廃業したゲームセンターの地下フロアに広がる秘密アジト。
レトロな円卓型の筐体を囲み『緊急ミーティング』との名目で話し合うのは、5人の獣耳少女たち。
最初の議題は、猫耳族のメネアを神食者集団『Vanadies』のメンバーに加えるか否か。
だがメネアがほぼ状況を聞かされていないと判明。
皆の総意により、まずはそのあたりの説明から始めることに決まったのだった。
「……では『神食者』について……メネアはどこまで知っていますか?」
口火を切ったのは眼帯犬耳少女のキディ。
「ええっと、勝手にコンピュータとかを乗っ取る人だよね、ハッキングとかいうやつ! だからPCとかむちゃくちゃよく知ってる専門家っぽくて、私には縁がない世界だと思うんだけど」
「う~ん、ちょい違うのー★」
「ウチらも別にPC知識は普通ぐらいだし……まぁ頑張って毎日勉強はしてるけど」
「同じく! そーいうのやたら詳しいマニアはキディぐらいだよな」
うろ覚えなメネアの答えを受け、口々にしゃべるメンバーたち。
彼らを横目に、進行役のキディは話を続ける。
「念の為に補足しますと……貴方の回答は決して間違いではありません……ですがそれは一般的なハッカーの話……私たちの言う『神食者』は定義が少々異なるのです……」
キディは黙って立ち上がると、手近な稼働中の装置に手をかざす。
「……【分析】」
その瞬間、キディの体が不思議な光に包まれたかと思うと――
――ブワンッ!
淡く輝くディスプレイが空中に出現。
そこには小さな字でびっしりと、何らかの情報が記載されていた。
「な、なに? 今の?」
突然の超常現象に圧倒されるばかりのメネア。
キディはディスプレイの情報を見つめつつ、静かに答えた。
「……選ばれし者だけが使用可能な特殊スキル『神食』です……その効果は個人差があり……私の神食である【分析】なら……“既定の条件”を満たしたプログラムの背景情報を強制的に閲覧することが可能となります」
「どういうこと?」
「この画面に表示された文字列は……こちらの装置を稼働するプログラムの背景情報……例えばプログラム作成者の名前・作成日などの詳細な背景を示すデータなどが含まれ……これは本来なら権限が無ければ閲覧すら不可能な機密情報です……」
「いや待って!? 余計わかんないんだけど??」
メネアは頭を抱えてしまう。
溜息まじりに助け舟を出したのは兎耳のカヤだった。
「あ~……今のキディはさ、実際に“不正アクセス”を実演してみせたってわけ」
「へ!?!? まさかッ――」
「その通り、“ハッキング”の一種だね。といっても一般的なハッキングはPCとかの端末を使って、ネットワークやコンピュータの脆弱性を悪用する形で不正に他者のシステムとかに侵入するんだけど……ウチらのハッキングはそうじゃない。使うのは持ち合わせた特殊スキル……それをウチらは『神食』と呼んでる。で、『神食者』ってのは神食を使える人のことなんだよね」
「へぇ。よくわかんないけど凄そう」
「他人事だね~、アンタも神食者なのに」
「……は?」
ぽかんと口を開けて固まるメネア。
「うそじゃないよっ♪」
兎耳のピオーネがにこにこ笑って話しかけてくる。
「そーそー。これ、記憶にあるだろ?」
犬耳のアスティは腕時計型端末を操作し、空中ディスプレイに映像を出した。
そこに映っていたのは――
――メネアが思い出したくもない悪夢。
配達帰りに巻き込まれた先の自動清掃ロボ暴走の一部始終。
画角からして街の防犯カメラの映像だろう。
確かにあのときメネアは「自分の体が光輝いた」と記憶している。
それは“先のキディの特殊スキル発動時”と非常によく似た現象だった。
「そういや私が捕まった理由って――」
――“ハッキング容疑”。
メネアの中で、ピースがぴたりとはまった。
「状況をまとめましょう……我がVanadiesは、構成メンバー全員が特殊スキル神食を生まれ持った『神食者』です…………しかし汎用AIシステム Gordinaおよび、その背後にいる者たちにとって、私たちは非常に邪魔な存在……結果、“ハッキング”という行為は重罪とされ、彼らに捕らえられれば――」
「ッ! 最悪“死罪”、ってこと?」
牢屋で聞いた話を思い出したメネアが、ゴクリと唾をのむ。
「ああ、そうさ」
「ウチらは全員がアンタと同じく、何らかのきっかけで偶然『神食』を発動しちまって、Gordinaに指名手配されてる身なんだ」
「ってことでよく知ってるの……!」
強くうなずくアスティ、カヤ、ピオーネ。
代表してキディが話を続ける。
「神食者集団『Vanadies』の目的は、ただ1つ……『神食者が、安心して普通に暮らせる社会を勝ち取ること……現時点の私たちは、地下に潜り、権力者の目をかいくぐって息を潜めるしか生きる術がないのですから……ですがそのためには……現状の社会を統べるAIシステムGordinaに対抗しなければなりません……そして私たちは、『神食』を存分に使用することで、その活路を見出しました……」
黙り込むメネア。
今なら分かる。
彼らの話が事実だということが。
「……メネア、私たちには貴方の能力が必要です……共にVanadiesの一員として、日の当たる未来を勝ち取りませんか?」
真っすぐにメネアを見据えるキディとアスティ。
双子の瞳は真剣だった。
「その、えっと……私は……」
だからこそ、メネアは悩んだ。
AIシステムGordinaは現代社会そのもの。
仮に彼らの手を取れば、その強大な権力に立ち向かわなくてはならなくなる。
目立つことなくひたすら平凡に生きてきた自分が、そんな茨の道を歩めるのだろうか?
正直、情報量が多すぎて即答なんかできそうになく――
「あ~ッもうまどろっこしいッ! だいたいさー、ウチが賛成したのは『とりあえず事情を説明する』ってことだけで、コイツの加入にはまだ賛成してないし!」
「はいは~い! ピオーネもまだなのー★」
我慢できずに割り込んできたのは、兎耳と山羊耳。
不思議そうな顔をするキディ。
「……貴方たちが反対する理由は何でしょう?」
「反対ってわけじゃないけどさー、コイツがどんな奴かも、コイツの実力もよくわかんないうちに仲間に加えるのは早すぎない?」
「おなじくなのっ★」
「……ですがその話をする前に……まずは『メネア自身に加入の意思があるか』を確認すべきでは?」
「確認に時間かかりすぎッ! コイツの意思決定待ってたら、日付変わっちまうって! “条件”もあることだし、決定を早める方法はいくらでもあるだろッ!?」
「そ、それはッ…………そうかも……しれませんね……」
キディの目が泳ぐ。
「あの~、さっきから気になってたんだけど、“条件”って何?」
我慢できなくなったメネアがたずねる――
「「「「ッ!」」」」
4人の視線がメネアに集まる。
「――わ、私、何か変なこと聞いた!?」
焦るメネアにカヤが答えた。
「今回アジトの中にアンタを入れるにあたって、条件を出したのさ! もしアンタをこのままウチらの組織に加入させるならそれでよし。でも『加入しなかったら殺す』ってね」
「殺すッ!? ななな何でそんなッ――」
「決まってんだろ! ウチらは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。なのにキディとアスティが勝手に部外者を1Fに連れて来やがって――だからアンタがポンコツだったら殺せるよう“条件”つけて納得したのに! そしたらそもそもまだアンタの意思を確認してないとか、聞いてた話と全然違うしッ……てことで、今すぐ答えな」
――カチャッ
素早く拳銃を突き付けるカヤ。
「ヒッ」
額に銃口を向けられたメネアから漏れ出る、声にならない声。
カヤが拳銃を取り出してからの流れるような動作には、一切の迷いが感じられなかった。
おそらく冗談なんかじゃない。
しかも残り3人は黙って様子を見守るだけ。
彼女を止める気は無いらしい。
自分の答えひとつで生死が決まる――
――メネアは運命の岐路に立たされていた。
「……もう1度聞く。アンタはVanadiesに入りたい? 答えないなら即、殺す。これ以上、無駄な時間は割きたくねぇ……断っても即、殺す。加入の意思も無い部外者を生きて帰せるわきゃねぇからな……で、答えは?」
「入りたい、ですッ!!」
メネアは慌てて即答。
その答えを聞いたカヤは、「ったく最初からこうすりゃよかったよ……」とぼやきつつ銃を下ろしたのだった。