第4話「アジト(2)」
双子の犬耳少女は、戸惑う猫耳少女を連れてゲームセンターの階段を下りていく。
厳重な二重ロックと重い金属扉で隠されていた地下階はすっかり改造されており、長期間放置された廃墟そのものだった1階とは完全に別世界だった。
天井の古めかしい裸電球が、広い地下フロアを照らし出す。
壁に飾られているのは、何処から持ってきたかすら謎なネオンサイン。
ほんのりと青白い光を放つのはゲーム筐体のディスプレイ。
剥き出し配線が複雑に絡み合い、無造作に置かれた様々な装置を繋いでいる。
――いかにも怪しげで、まさに“組織のアジト”。
ただしよくよく見ると可愛いぬいぐるみが飾られていたり、カジュアルなスカートやシャツがいくつも吊るされていたりなど、年頃の少女らしいアイテムも混じっており……何ともカオスな空間である。
「ま、とりあえず座ってよ!」
犬耳少女のアスティが、部屋の中央を指さした。
丸いテーブル型のレトロなゲーム筐体をぐるっと囲むように椅子が並べられ、既に2人の見知らぬ少女が座っている。
ただし、うち1人は険しいオーラをまとっているあたりからして、歓迎ムードとはいかないらしい。
空気を察したメネアの顔にも緊張が走る。
定位置に座るキディとアスティに続き、空いた椅子にメネアも着席。
無言の少女5人が、それぞれの思惑を籠めた視線で駆け引きする光景は、さながら“円卓会議”といったところか。
程なくして、キディが眼帯を光らせながら仕切り始める。
「……それでは、緊急ミーティングを始めます……本日、最初の議題は、我が『Vanadies』に新たなメンバーとして、此処に居る彼女『メネア』を加えるか、否かです――」
「待ってッ! 私、『組織に入りたい』なんて一言も言ってないけど??」
慌てて進行を遮るメネア。
「既に返事は頂きましたが……ですよねアスティ?」
「うん、僕も貰った記憶があるぞ」
顔色ひとつ変えずに答えるキディ。
一緒にうなずくアスティ。
「ちょ、いつ?? 記憶に無いよ?」
「つい先ほどのこと……独房に囚われていた貴方に伺ったはずです……『一緒に来ませんか』、と」
「アレそういう意味だったのォッ!?」
先ほどメネアは、そう聞かれたし、“わかった”と回答した記憶もある。
だがあくまで、牢屋から連れ出してほしかっただけ。
Vanadiesという名称しか知らない彼らの組織に入ることを了承したつもりは一切ない。
「――あのさキディ、さっき聞いた説明と随分違わない?」
先ほどから険しい顔で静観していた兎耳族の少女が食いかかった。
長いウサギの耳をやや倒し、イラつきを隠そうともせず、キディとアスティをにらみつけている。
「カヤの指摘通り、些細な誤解はあったようですが――」
「はァ!? どこが些細よ!?!? アンタの話だと『素質ある少女が組織への参加を希望している、だからこのミーティングで仲間に加えるかを正式決定しよう』ってことだったじゃんッ!」
「そのはずだったんだけど……」
「……予定を少々、変更する必要が生じましたね――」
「ちったァ焦れよッ!」
堪忍袋の尾が切れたのだろう。
ついに立ち上がり、キディとアスティに詰め寄る兎耳少女こと『カヤ』。
「アンタらのミスでアジトに“部外者”を連れてきたようなもんだろ! 普段ウチらがどれだけ苦労してこのアジトの存在を隠してるか分かってるよなッ!? もし今回のがきっかけで、誰かにバレでもしたらッ――」
「それなら だいじょぶだよー★」
加熱の一方だったカヤを明るく可愛く制したのは、人懐っこい山羊耳族の小柄な少女。
さっきから静観していた最後の1人だ。
「なんでピオーネが断言できるわけ?」
「だって、さっき決めた“条件”があるよねっ??」
「あ……確かに“あれ”なら、このあとどうなっても十分カバーできるか」
いったん納得したらしいカヤが、大人しく自分の席に戻った。
ホッとした様子で顔を見合わせる双子の犬耳少女。
「……では改めて緊急ミーティングの続きとまいりましょう――」
「いやいやいや! その前にもうちょっと説明して!? そもそもキミたちVanadiesって何をする組織なのさ?」
再開しようとするキディを、今度はメネアが止めた。
「先ほど説明したはずですが……私たちは“神食者集団”だと――」
「その一言だけじゃ分かんないからっ! だいたい私、“ハッカー”ってのがあんまりよくわかってないし、もっとこう『私を組織に誘った理由はコレで、組織の目的はコレだ!』とか『組織に入ったらコレをする!』みたいな具体的な説明もほしいんだけど」
「ありゃ~、そういや言って無かったな」
「マジ!? 前提中の前提も分かってないじゃんッ!」
「さすがに かわいそうなの……もうちょい詳しく教えてあげたほうが いいかもー★」
気まずそうな顔の犬耳双子。
呆れた様子の兎耳と山羊耳。
ピリピリしていた空気は一転。
何も知らずに連れてこられたメネアへの同情ムードが優勢となったのだった。