第11話「黒猫少女は、帰還する(1)」
気づけば、既に日は昇りはじめていた。
差し込む早朝の眩しさに自然と起こされたメネア。
ふわっと大きく伸びをしてから、気の向くままに目を開ける。
「……むにゃぁ…………ん? ここは……?」
見慣れた路地裏の片隅。
メインストリートから離れた静かな場所。
配達の近道がてら使ってた馴染みのルートの1つでもある。
1週間前まで毎日のように駆け抜けていたはずなのに、今となっては遠い昔のことのようにも思えてくる。
「私、なんで外で寝てるんだっけ――」
首を傾げたメネアの目に止まったのは、肌身離さず首から下げている御守り。
――瞬間。
メネアが思い出したのは、昨夜のこと。
神食者集団『Vanadies』に加入し、初めての作戦参加。
目的は、ゼルン区役所に侵入し、機密データを入手すること。
難易度は低めの作戦であり、失敗するほうが難しいぐらいなのだという。
確かに途中まではスムーズだった。
建物内へ入り込み、途中見つかることもなく3Fへ到着できたのだ。
だがサーバールームの入室認証システム解除時のこと。
メネアが練習どおりの手順で神食を発動したところ……。
……背後で爆発発生。
振り返ったメネアが見たのは、倒れるキディとカヤの姿。
ピオーネに責められ、アスティに疑われ。
混乱したメネアは、思わず走り去ってしまって――
「そこからの記憶はなくて、気がついたらここで寝てたんだよね…………はァ ……どうして、こんなことに……」
頭を抱えるメネア。
だが時間が経過したおかげだろう。
パニックで逃げ出した昨夜に比べれば、多少気持ちは冷静だ。
気になることはいくつもある。
「キディ……カヤ……2人とも、大丈夫かなぁ……」
彼らと一緒に過ごしたのはたった1週間だけ。
だが1日1日がとても濃くて、仲良くなるには十分過ぎるほどだった。
とても他人とは思えないからこそ、彼らの安否が気がかりである。
メネアとしては、2人とも無事だと信じたい。
だがあのとき、倒れて動かなくなって、血がいっぱい出てて……あの状況を見る限り、最悪の想像ばかりが頭をよぎる。
「……ていうか、そもそもなんで爆発したの? 正直、意味わかんないよ……」
昨夜のメネアは練習通りに神食を発動したはずだった。
なのに起こったのは“爆発”だった。
振り返った時には既に爆発が起きていたし、詳しい状況は分からない。
だけど1つだけ確実なことがある――
――原因は【同期】以外の“何か”。
メネアは何度も練習するうち、おぼろげながら「【同期】とは何か」を理解できるようになった。
相変わらずPCもプログラム用語もよく理解できていないまま。
だが【同期】を発動するときだけは“わかる”のだ。
システムには“流れ”のようなものがある。
その流れを感じ取りつつ、“行わせたい動作のイメージ”を脳内に浮かべる。
しっかり固まったところで【同期】を発動することで、初めてシステムを上書きすることが可能となる。
だがメネアが意識した“システム”は、あくまで“扉に直結する防犯装置”のみ。
そもそも【同期】の効果が他の装置まで及ぶはずもない。
よって断言できる。
自分の【同期】が原因じゃない、と。
「……だけどピオーネとアスティ、私のこと疑ってた、よね?」
特にピオーネは“爆発を起こしたのはメネアだ”と信じ込んでいた。
普段は絶やすことない笑顔が消えて、いつになく動揺して――
――無理もない、とメネアは思う。
ピオーネは自分とは比べものにならないぐらいの長い時間をVanadiesで過ごしている。
そりゃ昨夜はショックだっただろうし、あのタイミングじゃ「メネアの【同期】で爆発した」と誤解したってしょうがない。
アスティだってそうだ。
特にキディは彼女の双子の姉なのだから。
脳内に焼き付いて離れないのは、別れ際のピオーネとアスティの顔。
少なくとも爆発は、メネアのせいじゃないはずだ。
だけどそれを証明できなければ、彼らの疑いを晴らせないわけで――
「私……Vanadiesには……戻れないんだろうな…………これから、どうしよ……」
メネアは途方に暮れてしまった。
きゅぅぅ……。
申し訳なさげに鳴り響いたのは、メネアのお腹。
何気なく、左手の腕時計型端末――Vanadies加入時、キディに渡された連絡用デバイス――を見る。
「あ、もう6時半だ……」
配達員時代は早寝早起きが基本だった。
Vanadiesに入ってからは生活リズムが不規則になったものの、毎朝6時半には決まって空腹で目覚めるあたり、メネアの腹時計は正確らしい。
なぜなら配達員時代の彼女は、毎朝6時半には昨日のスープとパンを温めて、店長と一緒に朝ごはんを食べていたのだから。
あの頃はそれが当たり前だった。
こんな日々がずっと続くんだって、疑いすら、しなかったのに――
ふと鼻をくすぐるのは、パンが焼ける香ばしい匂い。
近くに住むどこかの家族が朝ごはんを食べているんだろう。
「……ちょっとだけ、帰っちゃおうかな」
メネアはふらっと立ち上がり、歩き始めた。
***
10分ほどで、懐かしい場所についた。
忘れもしない裏路地に佇む古びた建物。
メネアは軽く深呼吸、それから思い切って扉を開けた。
――カチャリ
「……ちと早すぎるだろ……流石にまだ開店前さねぇ――って、アンタ……!」
ブツクサ文句を垂れつつ、奥から歩いてきたのは猪耳族の老婆店長。
住居と店とを隔てる扉を開けた瞬間、彼女は目を見開いて固まった。
「店長……あの――」
「さっさと入りな。話はそれからだ」
どうにか喋ろうとするメネアを、我に返った店長が慌てて遮り、奥の居住スペースへと向かわせたのだった。