第9話「Operation Mistletoe -オペレーション ミスルトゥ-(1)」
猫耳族の少女メネアは、神食者集団『Vanadies』に加入。
自らに眠っていた特殊スキル『神食』の使い方を教えてもらう。
メネアの持つスキルは【同期】。
対象範囲内の機器のシステムを書き換えられる効果を持つという。
まだまだ使いこなせている訳ではないものの、毎日必死に訓練した結果、落ち着いてゆっくりやれば、安定して発動したり、初歩的な操作をこなしたりするぐらいは何とかできるようになったのである。
そして加入から1週間後。
組織生活にも慣れてきたメネアに、ようやく出番がきたのだった。
街が寝静まった深夜、ゼルン区役所前。
繁華街から離れた静かな一画を、等間隔に設置された街灯の頼りない明かりが照らす。
すぐ近くの雑居ビルの陰。
声を殺し潜むのは、“潜入用の黒い衣装”に身を包んだ獣耳少女5名。
冷たく鋭い空気が張り詰める中、作戦開始のその時を今か今かと待っていた。
鋭く周囲を伺いつつ、眼帯犬耳少女キディが口火を切った。
「……まもなく作戦開始時刻……最終確認をおこないます…………今回の私たちの目的は情報収集……“標的となる情報”は3Fサーバールームに存在します……ゼルン区の最重要機密としてクローズドネットワークで保管されているため、直接侵入するより他、入手手段はありません…………各自、準備はよろしいでしょうか?」
無言でうなずく4人。
キディは全員の顔を眺めてから話を続ける。
「……特記事項としては、何より『作戦に初参加するメンバーが存在する』という点でしょう…………メネア、問題はありませんか?」
「たぶん、大丈夫……だとは思う」
同じく声を潜めて答えるメネア。
「……では『最低限これだけは覚えるべき』と伝えた2点……頭に入っていますか?」
「ええっと……1つ目は『生身の生き物には気をつけろ』、2つ目は『想定外のトラブルが起きても慌てるな』……だよね」
Vanadies全員が着用している黒の潜入服。
スタイリッシュなデザインで揃えたお揃いの団員服のようにも見えるが、実は……
――ダメージ軽減できる防弾&防刃機能。
――機械からの監視を防げる隠密機能。
といった最新技術がふんだんに盛り込まれた、特別製のすごい衣装なのである。
だが隠密機能が役立つのは、あくまで機械――無人ロボットや監視カメラなど――が相手の場合のみ。
生き物から肉眼で直接見られた場合は防げないため、姿を極力見られないよう注意が必要だ。
そしてVanadiesの面々いわく、「どんなに綿密な計画を立てても“想定外”は起きるものだ」と。
だが仮にトラブルが起きても、決して慌ててはいけない。
慌てれば、余計に事態が悪化する可能性がある。
――どんなときでも冷静に。
これを心がけるだけで、作戦の成功率は上がりやすいのだという。
メネアの回答を聞いたキディは、顔色を変えることなく言葉を返す。
「その通りです……本日が初参加なのですから、あれもこれもと欲張りすぎてはいけません…………2つ目に関しても……いざという時は、リーダーの私が指示を出しますから、安心してくださいね……!」
「う、うん……」
自信なさげに首を縦に振るメネア。
この2日間の彼女は、ひたすら念入りに作戦の準備を進めてきた。
潜入ルートや作戦手順をみっちりと頭に叩き込んだり。
支給されたアイテムの使い方を覚えたり。
本番を想定した動きで神食を使ってみたり。
必死に努力し、どうにか“それっぽい形”にはなった。
とはいえ不慣れなことだらけで、正直まだまだ不安だらけで……。
「心配すんなって! ちぃっとぐらいやらかしても、ウチらがカバーしてやっからさっ」
「そーそー。作戦難易度は低めだし、今回は失敗するほうが難しいぐらいだぞ?」
小声ながらも優しくメネアをフォローするのは、兎耳のカヤと犬耳のアスティ。
正直、メネアは初めてアジトを訪れた日、初対面から“本物の銃”を突き付けてきたカヤのことが怖くてしょうがなかった。
しかし正式に仲間に加入後は、むしろ最も親切に面倒を見てくれた。
もちろんアスティたちも色々よくしてくれたが、1番長い時間を一緒に過ごしたのは、他でもないカヤだったのだ。
「ありがと……!」
色々と大変だったこの1週間のことを思い出しつつ、にこりと笑うメネア。
そんな彼らの背中を眺めるように、山羊耳のピオーネはいつもと変わらぬ笑顔を見せていた。
「……それでは時間です…………“Operation Mistletoe”、始めましょう」
時間ぴったりなキディの号令。
獣耳少女たちはうなずくと、事前に決めた通りに動き始めたのだった。
***
かつてのゼルン区役所は、大勢の職員や利用者で賑わっていた。
それが10年ほど前にAIシステムが一気に普及。
利用者が区役所を訪れずとも各種手続きが可能となったため、職員の業務内容が大きく減少した。
かわりにAIのトレーニングや調整などの業務は増えたが、大半の職員は基本的にリモートワークで十分業務を行えることもあり、区役所の在り方も変化したのである。
昼間に出勤する職員は数人。
深夜となれば完全に無人。
もちろんセキュリティシステムや警備ロボットなどは健在なため、その点には注意だが。
「コレだなっ」
先導していたカヤが立ち止まる。
その目線の先にあったのは、ガラス張りの窓。
彼女の持つ神食は【脆弱感知】。
システムの欠陥部分を直感的に感知する能力だ。
これは長時間発動タイプのスキルで、発動中はカヤの両目がうっすら青く光っている。
本来なら、区役所の警備は万全のはず。
だがVanadiesのメンバーは、キディの指揮のもと、本日の潜入作戦に向けて“小規模な攪乱攻撃”を何度も仕掛けていたのだ。
結果、修復の過程でセキュリティシステムにいくつか欠陥が残っている状態なのだという。
欠陥が残る理由は、現状のAIシステムGordinaに「修復に関する致命的なバグ」が存在するから、というのが彼らの仮説だ。
ちなみに先日メネアが遭遇したトラブル――走路の酒ビンを見落とした、清掃ロボが暴走した――なども、おそらく修復バグが原因だろうと。
この“修復バグ戦術”はVanadiesの常套手段。
今回の潜入でも最大限に活用し、残った欠陥を利用したルートを組んでいる。
ただし状況によってはリアルタイムで欠陥が修復アップデートされることもあるため、カヤの【脆弱感知】も活用しつつ、現状を分析・対応しながら進むのがセオリーだ。
そんな事前説明をメネアが思い出していると。
「……ほら、アンタの番だ」
「はやく くるのー★」
気づけば4人はとっくに建物内へ侵入済み。
メネアだけが外に取り残されていた。
「あ……うん!」
カヤが差し出す手を握り、急いでメネアも窓の桟を乗り越える。
――この瞬間。
黒猫少女は本当の意味で“彼らの共犯”になったのだった。