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3/3

3 それぞれのハッピーエンド

 夜会は伯爵家以上の者が名前を呼ばれて入場する。

 ジェフリー様と並んで待っていると『あれ、誰?』『見たことない』という声が聞こえてきた。『あの位置にいるってことは侯爵家でしょう』とも。

 そして…、名前が呼ばれた瞬間、待合室が静まり返り、夜会のホールに入場した時もまた静まり返った。

「そんなに驚くことかな」

 小さな声でジェフリー様がつぶやく。

「それが…、驚くのも無理はないと思います。私、つい先ほどまで老婆のようでしたから」

「本当に?こんなに可憐で美しいのに?」

 顔が熱くなる。

「褒めてくださるのは嬉しいのですが、会場にいる間は控えめにお願いいたします。顔が真っ赤になってしまいます」

 静まり返った中、フェリ達を見つけてそばに行く。

「ヴァレンティナ様、卒業おめでとうございます」

「あなた達も卒業でしょう?おめでとう。それから今までありがとう」

「あと、これからもよろしく、ですよね!」

 エマの言葉に頷く。

「そうね。よろしくね、頼りになる魔法使いさん」

「私もいますよ」

「グレッタは…、本当にその格好で良かったの?ドレスも似合いそうなのに」

「えぇ、任務で必要な時は着ますが、男装のほうが楽なので」

 私達が話す横でジェフリー様とフェリの婚約者、ベイリー商会の番頭の一人、バイロンが話している。

「デルヴィーニュ侯爵令嬢のドレスや服飾品は手配済で、すでに領地に向けて出発しています。結婚式のドレスはどうします?」

「それは本人の希望も聞いてからだな。ただ良い生地とレースは確保しておいてくれ」

「了解です。今度、見本をお持ちしますね」

 結婚式のドレス…、考えただけでも顔が緩む。

「私も絶対に結婚式に参加しますから」

「えぇ、フェリも是非、来てね。ジェフリー様、皆を招待してもいいですよね?」

「もちろん。ただ結婚式の後は私が独り占めするけどね」

 そ、そうですよね、もう、今日は何度も顔が熱くなって仕方ない。ほわほわとした気持ちでいると。

「これはどういったことだ?」

 第一王子殿下とその婚約者エヴェリーナがやってきた。

 私を見て、何故か顔を赤らめながら言う。

「さ、先程とは別人ではないかっ!」

 えーっと…、悪役令嬢としての芝居はもうしなくてもいいので、ごく普通に真面目に答える。

「いえ、別人ではございません」

「は?そんなわけ…」

「オーガスティン第一王子殿下、ヴァレンティナは王子妃になるというプレッシャーから解放されて、本来の姿を取り戻したのです」

 ジェフリー様も真面目な顔で答えた後、そっと私の手を握った。

「殿下のおかげでヴァレンティナは王都の喧騒から逃れ田舎でのんびり過ごせますし、私も初恋の人と結婚できることになりました。すべて殿下のおかげです。本当にありがとうございます」

 そうね、お礼、言ったほうがいいわよね。私もにっこり笑って『ありがとうございます』と伝える。

「私のように愚鈍な者はとても王子妃の器ではなかったのです。これからはジェフリー様のおそばでオルドリッジ侯爵領の発展に尽くしたいと思います」

「なっ…、そ、そうだ、おまえっ」

 フェリを指さして言う。

「ヴァレンティナに虐げられていたのではないか?私が聞いた時に、そう答えただろう!?」

「え?いいえ、そんなはずはありません。よく思い出してください」


『ヴァレンティナに虐げられていると聞いたぞ。本当か?』

『いえ、そのようなことは…』

『正直に申せ』

『それは…、ほ、本当に何もされていません(涙目)』


 そんな感じのことが何度かあったらしい。

 事情聴取は何回か、日を変えて、人も変えて行われたが、実害を受けているはずの平民組は皆、はっきりと答えなかった。脅えて震えていただけで、それは貴族に詰問されたせいと言えなくも…ない?

 皆の芝居を想像すると、笑ってしまう。

 王子はさらに顔を赤くして何か言いたそうにしていたが、その前にエヴェリーナが。

「お姉様にはがっかりですわ。きちんと勤めも果たせないなんて。それに…、そちらは平民でしょう。下賤な者達と慣れ合うのがお好きなお姉様には、田舎がお似合いだと思いますわ。あとは私がうまくやりますから」

「えぇ、そうね。ありがとう。エヴェリーナ、幸せになってね」

 本当は王妃に気をつけてと伝えたかったが、口にすれば不敬罪に問われかねない。

「本当に…、幸せになってね」

「もちろんですわ!」

 エヴェリーナは何か言いたそうな王子を引きずって去っていった。

 あの子なら王妃にも負けないかもしれない。




 夜会にはお父様達もいたはずだが顔を合わせることはなかった。

 国王陛下と王妃も欠席したとのこと。

「私がヴァレンティナ嬢を虐待していた証拠を揃えて提出したからね。同じものを裁判所に提出されたら、さすがに外聞が悪い。王妃はヴァレンティナ嬢以外のことでもやりたい放題で国王陛下の予算まで使い込んで遊んでいたそうだから、そろそろ粛清されるんじゃないかな」

 それなりの理由と証拠がないと断罪できない。今回は私に対する虐待も含めて複数の理由で厳重注意と予算の削減で落ち着いた。

 それでおとなしくなるのかわからないが、ならなかった場合は…。


 後日、王宮でエヴェリーナに毒が盛られた。

 第一王子とのお茶会の最中で、助けは早かったものの死の淵をさ迷ったとか。

 見ていた者も多く、とても隠し通せない。王妃が手をまわしたのではないかと厳しく追及された。その際。

『この程度の毒でおかしいわっ、ヴァレンティナは平気な顔をしていたものっ』

 と、叫んだとのことで、すでにオルドリッジ侯爵領に住まいを移していた私のもとに調査官がやってきた。

 私の場合は下剤や吐き気を誘発するもの、弱い毒物…で、徐々に強い毒物へと変わっていった。体が慣れたのもあるし、こちらも『毒物入り』とわかっていたので食べているふり、飲んでいるふりで摂取量を減らしていた。

 実際、すぐに吐き気に襲われてとても平静を保っていられなかったし。

「オルドリッジ侯爵領で高位の治癒師様に毒を抜いていただき、虐待の傷痕も消していただきましたが証拠として記録してあります」

 書面で提出するととても喜ばれた。

 それにしても…、平気な顔などしていなかったはずだが。

 王妃達にはそう見えていたのだろうか。

 遊びで毒を盛るような人達には、被害者のつらい気持ちなんてわからないのかもしれない。

 王妃は表向き病気療養で離宮に軟禁された。王妃の取り巻きも一緒に軟禁されるか、修道院に押し込まれるか。

 エヴェリーナは一命を取り留めたがすっかり人が変わってしまい、人を怖がり物音に脅えるようになった。今はデルヴィーニュ侯爵領で療養しているとのこと。

 母も半狂乱となり、とてもではないが人前に出せないと領地に戻された。

『死ぬなら、王妃になってから死になさいよ!』

 そんな叫び声が屋敷に響き渡ったとか。王都に置いておけばどんな醜聞につながるかわからない。

 母はともかくエヴェリーナには元気になってほしい。

 そして…、オーガスティン第一王子殿下の婚約者は空席のまま。

 一人目の婚約者は日に日に病んで鬼気迫る悪役令嬢となったが、婚約解消後、憑き物が落ちたようにごく普通の令嬢に戻った。悪評もすぐに消えた。

 二人目の令嬢は王宮で殺されそうになり、自領地に引っ込んで療養中。

 三人目がなかなか決まらないのも無理はない。

 『田舎暮らしはつまらないだろう。また婚約者にしてやってもいいぞ』という上から目線の手紙がオルドリッジ侯爵家に届いたが、ジェフリー様がにっこり笑って『私が返信しておくから』と握り潰した。

「アデライン王妃と母…、二人のせいでたくさんの人が巻き込まれてしまいました」

「そうだな。しかし巻き込まれた者の中には嬉々として他者を虐げていた者もいる。あまり同情はできない」

 その通りだ。エヴェリーナにもどこかで分岐点があったはず。王子の婚約者というブランドを欲した妹だが、本当にそれが自分にとっての幸せなのか、迷うことはなかったのか。

 姉としてできることはなかったのか。

「心配ならエヴェリーナ嬢をオルドリッジ侯爵領に呼ぶこともできるが?」

「そう…ですね。フェリからの情報を待って、本人が希望するようならお願いします」

 エヴェリーナのことも使用人達に任せっぱなしではないだろうかと心配していたら、予想通りの扱いをされていた。

 母は自領地で暴れたり、無気力になったり、急に饒舌に喋り始めたかと思えば黙り込んだり。そんな状態ではエヴェリーナのことも看病できないし支えられない。

 父は母と妹を持て余し、王都に残って絶賛、現実逃避中。

 すぐにでも助け出したいが、私もオルドリッジ侯爵領に来たばかりで慌ただしい。

 ジェフリー様との結婚前に、オルドリッジ侯爵領について勉強をしなくてはいけない。結婚式は半年後で、日数が足りない。

 義理の母となるオルドリッジ侯爵夫人にそう言うと笑われた。

「でも、一番大切なことはできているから大丈夫よぉ」

「まだまだです、勉強不足で…、知らないことが多いし人脈も作れていません」

「大丈夫、大丈夫。夫婦仲が良いのが一番だから」

 言われて、ボッと顔が赤くなった。




 結婚式当日…、いや前日から分刻みのスケジュールとなった。

「今日は待ちに待った結婚式ですからね!ベイリー商会の持てる技術、すべてを使って国一番の花嫁にしますよ!」

 フェリの声にオルドリッジ侯爵家のメイド達も『おーっ!』と応える。

 支度をしている部屋の入り口には護衛としてグレッタが立っている。エマも会いに来てくれるだろう。

 準備が整うとジェフリー様が控室に入ってきた。

 眩しそうに目を細め『とてもきれいだ』と褒めてくださる。それから、入口のほうに合図した。

 メイドに支えながらエヴェリーナが顔を見せた。

「お姉様…、お姉様、おめでとう…」

「動いても大丈夫なの?さぁ、こっちに座って」

 ソファに座らせる。

「少し痩せてしまったわね。心配しなくても大丈夫。すぐに良くなるわ」

「お姉様………」

 小さな声で『ごめんなさい…』と何度も呟く。

「いいの。これから、正しい事を探していけばいいの。ね?もう…、悪い魔女はいなくなったの」

 子供の頃のように話す。

「眠れないのなら、眠くなるまで話をしましょう。夜が怖いのなら一緒に寝てあげる。手をつないでいれば怖くないでしょう?」

「お姉様…」

 エヴェリーナは涙をポロポロこぼしながら笑った。

「それはお義兄様に怒られそうだから遠慮しておくわ」

 私も笑ってしまったが、ジェフリー様は腕組みして『そうだな』と頷いていた。




 エヴェリーナは両親に愛想を尽かし、しばらくオルドリッジ侯爵領で静養することになった。

 強い毒を使われたせいか高位の治癒師様に治療してもらった後も、麻痺や倦怠感が続いていた。寝込んでしまう日もあったが、本人なりにできること、やれることを探している。

 フェリは結婚をして、現在、オルドリッジ侯爵領の支店にいる。王都と侯爵領を往復しているためなかなか忙しそうだ。

 グレッタはますますかっこよくなってしまい、ついに女の子のファンクラブ?ができた。どこを目指しているのかよくわからないが、本人も女の子達も楽しそうなのでしばらくは見守ろうと思う。

 エマは文官と魔法師として働いている上に、さらに本まで作ってしまった。

 悪役令嬢を主人公にした小説はオルドリッジ侯爵領だけでなく国内外でヒットし、舞台化もされた。

 あわただしく過ごすうちに私も五歳と三歳、男の子二人の母親になっていた。


 子供が乳母に任せて大丈夫な年齢になったこともあり、久しぶりにジェフリー様と王都に来ていた。

 結婚前はあまりできなかった二人きりでのデート。皆に勧められてエマが原作を担当したお芝居を見に来ている。

 主役である悪役令嬢のメイクはベイリー商会が請け負い、七変化ぶりは見事なものだった。

 面白かったけど、学生時代のアレコレも思い出してしまいちょっと恥ずかしい。

「これ、子供達には見せられないわ…」

「まだ幼いからな。五歳と三歳には早い内容だ」

「そういった意味じゃなくて」

 なんて話していると見たことのある人がふいっと劇場の出入り口前を通り過ぎて豪華な馬車に乗りこんでいた。

 ジェフリー様が咄嗟に背で隠してくれたが、心臓が変な感じにドキドキしている。

 今の…。

「オーガスティン王子はまた見に来てらしたのね」

「ほぼ毎日来ているそうよ。暇なのかしら」

「婚約者も決まらないままでしょう?王太子の座もどうなることやら…ねぇ」

 通り過ぎて行く人達の会話になんとも言えない気持ちになる。

「ティナ、まぁ…、その、気にするな」

「えぇ、そう、ですよね。もちろん、えぇ…、えっと、でも」

「王都に来るのは出来る限り減らそう。もちろん護衛も今まで通りつけるからな」

 ジェフリー様の言葉に何度も頷く。

 妙にドキドキと怖い思いをしたので、オルドリッジ侯爵領に戻ってから療養中のエヴェリーナにに報告をしておく。

 『オーガスティン第一王子殿下を見かけたわ。結婚どころか婚約者も決まってないみたい』と話したところ、急にやる気を出して一気に快方に向かった。

「私、やっぱり王子様と結婚したいの!お姉様、引き取って面倒をみてくれてありがとう。ついでに私を王都まで連れて行って」

 今すぐにでも飛び出してしまいそうなのを止める。

「待って、待ちなさい。まずは殿下の素行調査をきちんとしてからよ。ベイリー商会にお願いして、問題がなければ…」

「会いに行ってもいい?」

「殿下は王太子から降ろされると噂されているわ。それでもいいの?」

 頷く。

「だって…、だって、お姉様と婚約していた時からずっと好きだったの」

 そう言って王都に向かったが、出会った瞬間、『ヴァレンティナ…』と呼ばれ、反射的に顔を殴ってしまったそうだ。

 幸い、王室側は『うちの王子がとんだ失礼を…』と言ってくださり、不敬罪にも国家反逆罪には問われなかった。本当に良かった。

 エヴェリーナは反省するでもなく。

「信じられない、名前を間違うなんて。百年の恋も吹っ飛びましたわ。もう男なんて、いりません。すでに行き遅れですもの、領地にもどって仕事に生きるわ!お母様はどこかに閉じ込めて、文句を言うようならお父様も追い出します!」

 毒で倒れる前より数倍、パワフルになって、領地へと戻っていった。

 そんなエヴェリーナを追いかけて、第一王子が王位継承権を返上してデルヴィーニュ侯爵領に住み着いてしまった。

 待って、意味がわからないわ。

 と、混乱している最中に、エヴェリーナから『オーガスティン様と結婚したわ』と手紙が届いた。展開が早すぎる。

 さらに。

「リーナおばちゃま、けっこんしちゃうの?ダメーッ、ぼくとけっこんするのーッ」

 長男が突然、エヴェリーナと結婚すると騒いで、何故か二男も『ぼくも』と泣き出して、大騒ぎだ。

 それをジェフリー様となだめて。

 私には波乱万丈な生き方は無理だわと、ジェフリー様の大きな体にもたれかかった。

閲覧ありがとうございました。

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