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2 悪役令嬢プロデュース

「ベイリー男爵の娘、フェリシティと申します。フェリとお呼びください」

「グレッタ・キャノバーと申します。家は騎士爵を賜っております」

「エマですぅ。えっと、平民なのできちんとしたご挨拶はご勘弁を」

 三人も来た。しかも…、三人の中では一番、背が高くきりりとした顔立ちのグレッタが急に腕を振り上げた。

 殴られる!

 ぎゅっと目をつぶって衝撃に備えていると。

 いつまでたっても殴られることはなく、そっと目を開けると頷く三人がいた。

「そうじゃないかと思っていたよ、私は」

「噂で聞く悪役令嬢なら、殴られるとわかった瞬間、反撃しているものね。脅えて耐えているだけなんて、絶対にない。ここからはエマの話を全面的に信じて、事を進めよう」

「うんうん、ジェフリー様が嘘をつくわけないもん」

 何の話をしているの?ジェフリー様って…。

 フェリが改めて私に挨拶をした。

「オルドリッジ侯爵家嫡男ジェフリー様より命を受けて参じました。これからは私達がヴァレンティナ様をサポートします」

「まずはヴァレンティナ様の夢とか希望だね。そっから、今後、どうするか考えましょう」

「ジェフリー様もそう言ってましたぁ。ヴァレンティナ様が幸せになることを優先させなさいって」

 オルドリッジ侯爵家…、ジェフリー様。幼い頃に出会った聡明で穏やかな男の子。

 涙が零れ落ちた。

 誰か一人でも気遣ってくれる人がいる。

 その事だけで胸がいっぱいになってしまい、その日はただ泣くだけで終わってしまった。


 翌日からフェリ達のサポートが始まった。

 私の希望は『婚約の解消』と『王家、家族から離れる』こと。

 王子妃になりたいのなら、そのサポートもしてくれると言われたが、王子妃なんて絶対になりたくない。王家に入るくらいなら、平民として暮らしたほうがましだ。

 貴族として暮らしてきた私が平民として生きていけるかはわからないが、それ以上に嫌悪感がある。

 婚約の解消は王妃が許可しそうもないが、王家にふさわしくない令嬢と噂が広まれば婚約を解消できるかもしれない。

「すでに悪役令嬢なんて呼ばれていますけど、実はそこまでダメージは受けていないのです。何故なら、ヴァレンティナ様が実際に虐めている姿を誰も見ていないから。半信半疑の人達も多いため、決定打にはなっていません。その辺り、王妃様も加減をして噂を広めているのかもしれません」

 長くいたぶれるように。

「なので、本当に虐めているように細工をして、王子に婚約解消に向けて動いてもらいます」

 いじめ…、どうやって?

 私、鞭や扇子で人を殴るなんて怖くてできそうもない。ポンポンと罵倒する言葉も出てこない。皆、本当に楽しそうに笑っているのがまた恐ろしかった。

 あれを真似するのは無理…と思っていたら、ただ腕組みをしてグレッタやエマを睨みつけるだけで良いという。

「私が取り巻き令嬢として側にいますので、人目がある場所では話しかけないようにお願いします。目線だけで大丈夫です。そこで何をどうしてほしいのか判断して、ヴァレンティナ様が悪役っぽくなるように動きます」

 見た目に関しても駄目だしされた。

「ほぼすっぴんですよね?明日からうちのメイドを派遣しますので、頑張って悪役っぽい顔になってください。見た目の印象も大事ですからね。ついでに足りないものがあれば教えてください。うちの商会で揃わないものはないので。あ、支払いはジェフリー様がしてくれるそうですよ」

 今後はジェフリー様も水面下で動いてくれるという。

「まずは婚約解消。それから実家からの脱出。私達は婚約解消を優先して動きましょう。大丈夫ですよ、卒業まで一年近くありますから、きっと王子のほうから愛想をつかしてくれます!」

 不敵に笑う顔はとても頼もしく、ただ頷くしかできなかった。


 悪役令嬢とは。

 私も本で読んだことはあるが、演じるとなるとなかなか大変だった。が、最も大変な部分はベイリー商会から派遣されたメイドさん達が請け負ってくれた。

「美しいハニーブロンドですもの、やっぱり巻かないと」

「可愛らしいお顔立ちだから勿体ないけど…、悪役っぽいお顔にしますからね」

「濃いお化粧をしますが、出来る限りお肌に負担がかからないようにいたしますね」

 おとなしく座っているだけで物語に出てくるようなきつい顔立ちの悪役令嬢が出来上がっていた。

 グレッタは騎士科、エマは魔法科でクラスが異なるが、フェリは同じ貴族女子科。貴族女子科は『花嫁修業科』とも呼ばれ全学生が学ぶ読み書き、計算、歴史…の他に貴族としてのマナーや護身術などを広く浅く学ぶ。

 今まではペアを組んでくれる生徒がいなくて先生と組んでいたが、今はフェリがいる。

 マナーを学ぶためのお茶会では派手に紅茶をこぼし、ダンスレッスンではガチガチに緊張しながら足を引きずり、護身術では器用に転んでいた。

『あぁ、申し訳ございません、ヴァレンティナ様』

 これを言うだけで、私にお茶をかけられ、足を何度も踏まれ、突き飛ばされたように見える。

 すごい、女優さんだわ…と感心しているが、私も演技中。

『キラキラ目を輝かせて、すごーい。なんて言ったら、全部、台無しになるので頑張ってやり遂げてください』

 はい、わかっています。

 私は腕組みをして不機嫌そうにそっぽを向いている。時々、扇をパチンと鳴らしてみたり。手持ち無沙汰の時は扇をゆったり開いて、パチンッと閉じればそれっぽいと教えてもらった。

 基本、私に台詞はない。フェリが先回りして台詞を言ってくれるので、頷く程度で大体、成立している。

 どうしてもの時は『フェリ、代わりに答えなさい』と言うか、用意された問答集から良さそうなものを選んでいる。

 平民組が率先して協力してくれるので、私は不機嫌そうな顔であちこち歩くだけで良かった。

 すれ違いざまに物を落とす、転ぶ…だけでなく、巧みに水をかぶったり、ゴミをかぶったり。フェリに『過剰演技でわざとらしい』と注意されると、次はきちんと修正してくるのがまたすごい。

 演技に熱が入りすぎて、無詠唱で水魔法を使えるようになった子もいた。

 ちょっと羨ましかったので、私も無詠唱で水魔法を使えるように頑張った。少しだけ魔法学の成績があがった。

 半年くらいで王子に呼び出された。

 最近、素行がますます悪いようだなと詰問されたが、王子が話している間は手に持った扇子を広げたり閉じたり…、パチン…パチン…とつまらなそうに繰り返していた。ことさらゆっくりと、興味なさそうに。

 だって、エマがそう言ってたの。

『喋るとボロが出るので、出来る限り台詞なしでいきましょう』

 読みがずばりと当たったようで『もう、いい』とすぐに解放された。

 直後、王子が婚約解消に向けて動き出したと聞いた。

「フェリ、どうやってその情報を仕入れてくるの?」

「商人は耳が早いのですよ」

「王妃様とお母様のことだって…、私が知らなかったのだから当時、口止めされていたものではないの?」

「されていたとしても貴族世界で百人以上が見聞きしていることですからね」

 王妃様だけでなく母が何故、私につらく当たるのかも教えてくれた。

 自分は王家に嫁げなかったのに、娘は嫁ぐから。

 しかし、王妃に嫌がらせはしたいから、娘は絶対に嫁がせる。

 と、話していたらしい。

 王子妃、もしかしたら王妃になる私は憎らしいが、婿をとってデルヴィーニュ侯爵家を継ぐ妹にはさほど興味がない。興味がないから、わがままを言っても『はいはい』と聞き流していた。

 エヴェリーナも私に負けず劣らず可哀相な気がしたが、そう言ったらエヴェリーナは怒るだろうか。




 悪役令嬢を演じるようになってからも私に対する嫌がらせはあったが、その度にフェリ達がフォローしてくれた。三人の中では役割分担がきちんとできていて、物をぶつけられるとか水をかぶる時はグレッタが盾になってくれる。

「私、身体が頑丈なので気にしないでください」

 グレッタはとても頼もしい。かっこいいわ、素敵。背が高くきりりとした顔立ちでそんなことを言われてたドキドキしてしまう。

 グレッタと対照的なのがエマで、背が低くとにかく可愛い。手の上に乗せたい可愛らしさだと思っている。くるくると巻いた茶色の髪もなんだかリスっぽい。

 見た目は可愛いが頭脳派だ。

 私の言動に関してはエマが作ってくれた問答集を元にしていた。無言で通すには難しい場面もあり、そんな時は暗記した問答集からふさわしいと思えるものを選んでいる。

「貴族社会はさっぱりわかりませんが、そういった本は山のように読みましたからね。悪役令嬢も任せてください。本を読むのも書くのも好きなので、予行練習になって勉強になりますよぉ」

 私も本を読むのが好きだが、ただ楽しいな、素敵だな…と思うだけで終わっていた。

 それでは駄目だ。これ以上、流されたら…、嫁いだ直後、王妃に毒殺されるかもしれない。そんな人生、絶対に嫌だ。

 以前は無気力なまま、当事者であるにも関わらず傍観しているだけだったが、やっと自分でも考えられるようになってきた。

 王妃と母にこれ以上、振り回されたくない。

 だからフェリに渡された記録の魔道具を使うことにもまったく抵抗がなかった。


 スタインフェルド学院に入学してからは王家に呼ばれる回数が減ったが、まったくないわけではない。

 ネチネチと王妃に厭味を言われ、蔑まれるだけの時間だが、証拠を集めるためだと思えば我慢できた。

 厭味な家庭教師達も『教えたことを覚えているか確認』と呼び出してくれたので、私に暴行を加える映像を録画できた。

 王家相手に訴えることは難しいが、水面下での取引材料には使える。

 実家も同じで、母が私を不当に虐げている証拠があれば、家を出やすくなる。顔を見た瞬間に『顔も見たくない』と言われるが、食事の時などは家族でテーブルにつく。

 母と妹、二人がかりで私の悪いところを話してくれるので、証拠は簡単に集められた。

 何度か記録をして、それらはエマ経由でジェフリー様に送る。

 ジェフリー様にはまだお会いできていないが、手紙は何度かやりとりしていた。

 本当は直接会ってお礼を言いたかったが、根回しが終わる前に王妃達に気づかれると妨害される恐れがある。

 王妃と母、どちらも絶対に引かない性格で、そのために私が壊れたとしても『弱い心をもったヴァレンティナが悪い』と真顔で言いそうだ。

 今はまだ我慢するしかない。

 手紙だけでも、十分に気遣いや優しさが伝わってくる。

 ジェフリー様からの励ましの手紙を支えに一年かけて準備をして、無事、婚約が解消された。




 記憶にあるジェフリー様は青味の入った黒髪に深い湖を思わせる瞳で、イメージするのならば深い青。

 そのため用意されたドレスも落ち着いた青色でまとめられていた。アクセサリーや差し色は金やオレンジなので全体的にパーティに相応しい華やかさだ。

 その時々に合わせた悪役メイクも、今日はごく普通の貴族令嬢メイクとなっている。

 今までの悪役メイク、本当に凄かったのね。

「ベイリー商会の皆様は本当に優秀ね。まるで別人だわ」

「商売で化粧品を売りますからね。あれこれ試しているのですよ。髪の艶を消す粉とか、なかなか使う機会がなかったけど、ヴァレンティナ様のおかげでたくさん使えました」

 変装用の粉は何種類もあり、調合して記録をとっていたとのこと。確かにあの粉を若い令嬢が使うことってないものね。

 一年前はきつい感じの悪役令嬢顔だったが、次第に目元を赤くして狂気をはらんだ感じになり、半年を過ぎた頃から目の周りが黒ずみ始めた。

 王子に婚約解消される直前はおどろおどろしい雰囲気に仕上げていたため、ハニーブロンドは艶のない灰色になり、目の周りも黒くくぼんでいた。なんなら年齢も十歳…いやそれ以上、老け込んでいた。

 うん、今は…、可愛くしてもらえた。

 髪の艶も戻りお肌もつるつる。

「ジェフリー様、気に入ってくださるかしら…」

 思わず呟いた言葉にメイドさん達が『あらあら…』と笑う。

「こんなにお美しいお嬢様を気に入らないような男ならばふってしまえばいいのです」

 フェリが横から言う。

「そうですよ。ヴァレンティナ様ほどの美貌なら、選び放題です。もちろん我が商会の力で性格や素行、財産まで調べ上げて、最上の男性をご用意いたしますよ」

「そ、それは…、私、穏やかな方が良いの」

 いつもにこにこと笑って、手を差し伸べてくれた少年。

 お手紙の字も美しく、私の体調や環境を心配し、必ず助け出すからと言ってくださった。

 ドキドキしながら皆で支度をし、卒業パーティの時間を迎えた。


 スタインフェルド学院は貴族籍の生徒が多いため、卒業式は夜会形式で行われていた。

 身分が低い者から会場に入り、最後に公爵家、王族が入場する。

 在学中は全員が学生服で過ごしているが夜会は本来の身分、財力に見合った姿で参加する。貴族令嬢ならば当然、華やかなドレスでアクセサリーも必要だ。

 家族や婚約者の同伴も許可されているため、学院生活で最後の、そして卒業後、最初に迎える社交の場となっていた。

 平民であるエマは紺色のワンピース姿で会場入りし、グレッタは男装で寮の女の子にきゃあきゃあ騒がれていた。

 フェリには婚約者がいて、二人仲良く『先に行くね』と会場に向かった。

 そして…、私の前にはジェフリー様が立っていた。

「ご、ご無沙汰しております。この度はご助力ありがとうございました」

 見上げると、記憶通りの黒髪に深い青。

 背が高い。王子よりもだいぶがっしりとした体格で、美男子と言うよりは頼もしい感じ。

「気にしないで。私も初恋の女の子がどうなっているか気になっていたからね」

 初恋…。ぶわわっと顔が熱くなる。

「あ、あの、私も…、私、本当は王子の婚約者になんてなりたくなかったのです」

「うん、知っている。お茶会の度に困った顔で逃げていたものね。私が声をかけると恥ずかしそうにしていたけど、何を話しても可愛らしい顔で笑っていたからよく覚えているよ。だから…、噂を聞いて、困っているのなら助けたいと思った」

 助けるついでにさらって、オルドリッジ侯爵領に連れて行ってしまおうと。

「私は君よりも五つ年上で婚約者がいない。だからヴァレンティナ嬢が嫌でなければこのまま婚約をして、領地に連れ帰ろうと思っている。父や母も君には落ち度がなかっただろうと話していた」

 侯爵ご夫妻は母と同年代。苛烈な性格の二人をよく知っていた。

「幸いうちは中立派で古い家柄だ。王妃といえどそう簡単に潰せるものではない。君を助けると決めた時から覚悟はできている」

「王家に背いた私に居場所はありません。どうか一緒に連れて行ってくださいませ」

「君の敵は、私の敵でもある。恋しい君を全力で護ると誓おう」

 エスコートのために差し出された腕に、そっと手をかけた。

閲覧ありがとうございます。

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