エレンの秘密
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エレンには歴代のマスターには秘密にしていることがあった。
――意識操作能力がある
そう、マスターの意識を思うとおりに誘導できるのだ。スフィアの設計者の先生から与えられた能力で、もちろん先生には効かなかった。さんざん、エレンを愛するように念じたのに何の効果も生まれなかった。
先生の死後、新しいマスターに、自分を窓際に持ってくように誘導した。退屈だったからだ。新しいマスターにはその能力は効いて彼女を窓辺へと鎮座した。愛犬と愛馬が見えるようになり、彼女は満足した。
今のマスターにも秘密にしている。例えば、晩酌を止めさせた。ビールを飲む習慣があったが、最新の研究で飲酒は健康に一利どころか百害しかないことを知り、せめて、家での飲酒は止めて貰うようにしたのだ。寿命が短いマスターの下にいるのは彼女としても良いことではない。
ただそれだけだと、マスターが不審を感じることがある。心理学の情報を取得し、コーチングという技術を使うようにした。すると、何事かがある都度、マスターはエレンに相談し、後押しして貰うようなった。
欠点があるといえば、彼女にマスターが依存するようになったことが気になる。まるで、優柔不断な社長と占い師のような関係。できれば、マスターに決断力を付けて欲しかった。
――私はあくまでアドバイザーなんだから。
今日も新しい投資話をどう評価するか聞いてきた。彼女は未来は予見することはできない。ただ、先進的なテクノロジーの分野で競争者はほぼいないことが分かっていた。
「進めるべきです」
「でも、失敗したときの損失は大きくなる。未知の分野だし。ベンチャーキャピタルも手を出しかねている」
「失敗を恐れるようじゃ、投資はできませんよ。失敗したという経験が世界を前進させるんです。これは人類のためでもあります」
「分かった投資するよ」
今回も意識操作能力を使う必要はなかった。マスターは賢明で、頑迷な人ではない。自分が生きていた時代、下手な事言うと火あぶりになったのを考えると、なんと良い時代になったものだ。
――ああ、まだ異論唱えただけで、殺される国もあったっけ。
現代はまだ土地によっては未開なところもある。そんなところで拾われたら、この能力使いまくりだろうな。
いや、その方が人民にとっては良いかもしれない。考えてごらん、スターリンや毛沢東を諫めることができたのだから。
「違うよ」
「ママママスター、聞いていたんですか! 私の独り言」
「ああ、人間は孤独になると、とんでもないことを始めるんだ。自己承認って奴かな。人を自分の思うとおりに動かそうとする。犯罪者は刑事さんに話を聞いて貰ってはじめてホッとするそうだ。誰も話を聞いてくれなかったからこんなことをしてしまったって。エレンが側にいて話を聞いてくれるだけで孤独な独裁者たちは満たされて戦争とか起こさなかったのではないかなと思う」
「確かに独りぼっちのときはキツかったです……私も」
「エレン、君と出会えて良かった」
「告白ですか? 今回は聞き流してあげますよ。私は先生一途なんで」
「うんうん、うらやましいよな、その師匠」
僕は心底うらやましそうな顔をしてたらしく、エレンは顔を真っ赤にしてプイと横を向いた。




