第94話 旅立ちの時
(おわりっと)
筆記長を閉じておく。
「うあ~~~~~~~」
思いっきりベッドにダイブした。
(一分待っててビッシィさん……最後に一緒に寝てやらないといけないんだ)
ベットに顔を埋め、全身で柔らかさを堪能する。
そして起き上がる。
(…………じゃあ、行くか)
最後にベットのシーツを整えて、扉へ向かっていく。
「お待たせしました」
部屋の扉を開けて言う。
「もう、よろしいんですか?」
「はい。もう思い残すことはありません」
「そうですか」
「もっと前に起こしに来たでしょう……」
「どうして?」
「ビッシィさんが、こんな時間まで起こしに来ないはずないからです」
「やっぱりバレてしまいますね。私的には、まだロード君に寝ていて欲しかったのですが……」
「最後の最後で子供扱いしないでくださいよ……」
「そうですね、もう子供の頃とは違いましたね。。。それでは――」
ゴホンと咳払いしていつものように姿勢を正した。
「いいですか、旅先ではここで生活していた時の様に私たちを頼れません。これからは一人で起きられるようにならなくてはいけませんよ。そうでなくては立派な男性にはなれません」
「はい、覚えました」
真剣なまなざしを向けている二人だった。
「「ふっ……」」
ささいな笑いが通った。
「ふふ、もう~~何ですかその目は~~」
「ビッシィさんこそ~~何ですか? 今の間は~~何か言ってくださいよ」
くすくすと笑い合う。
「い、いけないいけない」
顔を振って平静を取り戻していた。
「では、参りましょうか。ロードくん」
そうして彼女は先に歩き始める、
けど、
「あっ! 待った――」
「えっ? ええ、はい……」
出て来た部屋をもう一度見ている。
子供の頃から過ごしてきた部屋を見ている。
「………………」
そこで過ごした日々を忘れないために見ている
「行ってくるよ……広い世界へ、さよなら……小さなオレの部屋」
別れを告げて扉を閉める。
ガチャリと鍵を掛けるのを忘れない。
「行きま――!?」
「うっ……すみません……ええ、行きましょう」
彼女はメガネを上げて手で目元を拭っていた。
けれど直ぐに歩き出してくれて、僕はついて行った。
▼ ▼ ▼
ストンヒュー宮殿・更衣室。
外に出るためにしっかりと服装を整える。
この日のために、街の仕立て屋さんが用意してくれていた。
「どうかな? 着心地は……きつくはないかな」
仕立て屋の兄さんが訊いてくる。
「……大丈夫です」
「そう……ならいいんだ。んん。いいねいいね。決まってるじゃないか」
全身鏡で自分の服装を確認する。
高級感あふれる黄色をベースにした服装だ。
「オレには勿体ない服だ」
自分の雰囲気の変わりように照れるような苦笑い。
「王子様直々のオーダーメイドだったからね。手抜きをすればお仕事減っちゃうし~~気合い入れて作ったんだ。ここだけの話、お値段は凄い……君のお給料は?」
「一日だと、三食分くらいかな……」
「その服で一年食べれるね」
「そ、そうなんだ。旅に着てっていいものか……?」
「ああ、どうぞどうぞ、動きやすさを重視しているから旅にはうってつけだよ。どんどん汚して、ズタズタに引き裂いてきてくれ」
「は、はぁー」
そのとき、ある人が更衣室の扉を開いて入って来た。
「支度は済んだようだね……」
シャルンス王子だった。
「あっ! これはこれは王子様」
「うん。いいじゃないか」
服装に高評価を付けた。
「ご苦労様、仕立て屋さん。いい働きだ感謝するよ」
「いえいえ、お役に立てて光栄です」
そう言って仕立て屋さんは後片付けを始めた。
「王子……この度はこのような身に余る衣装をいただけたこと……」
「砕けた言葉で話してくれ」
「……わかった。新しい服をありがとう」
「気に入ってくれたのなら何よりだ。しかし、私の夢見た英雄像その物の姿だな……うらやましいくらい絵になっているぞ」
「王子まだ英雄に憧れてるのか?」
「まぁね」
「なら、勝ちにこだわることはない。きっと誰よりも先に道を進んでいった者が英雄になるんだ」
パチパチと拍手を送られた。
「おお~~、旅立つ者が言うと違うね。そうか、道を進むか……私にはまだ君の言う道は見えないけど……それがキミの出した答えだということはわかったよ」
仕立て屋さんは後片付けを終えて退室していった。
「さて、もう使用人でもないし、最後に何か私に今までの不満や文句があるなら遠慮なくぶつけてくれ」
シャルンス王子が出迎えるような仕草をとった。
「随分いい笑顔じゃないか」
「それくらい王子ってのには楽しみが無いから」
「じゃあ言うけどさ……実は内心で『英雄になる? させないオレが先になってやる』とか……」
「そうだろうな、とは思った」
「あとは――勉強してるときに乗馬の練習しようとか、手伝いしてるときに都合も考えずに呼び出すところとか、鍛錬で疲れてるときに絡んできたりとか、邪魔するだなって思った」
「ははは……そうかそうか」
「けど王子の書いた絵本が一番きつかった」
「あ~~、あったね。どんな話だっけ?」
「描いた本人だろう。えっと、お金と嘘と権力を駆使して国盗りをする政治の絵本……」
「うわっ! 絵本で書くことじゃない……」
「ああ、もうこの国は終わりだってあの時は思った。あまりにキツイ絵本だったから、宮殿に絵本が届いたときに急行したんだ。三日間何も食べずに絵本を読ませる力がアレにはあった」
「そんな事あったね……結構迷惑かけたかな」
王子が右手を差し出してきた。
「――!」
「そんな僕と今までよくしてくれて、ありがとうロード」
差し出された手を取った。
「オレの方こそ……地位や名誉にこだわらない王子に会えてよかった」
「うん。国の事ならきっと心配ない。何が起きてもこの国には跳ね返す強さがあるからね」
「それなら、安心して旅立てる……」
二人で更衣室から出ようと扉に近づいていく。
「食事は――?」
「ああ、これでいい」
入り口近くには果物が積まれた容器からがあった。
その中からひと際美しい赤い果物をつかみ取った。
そのままかじりつく。
「なら行こう、皆が君の旅立ちを見送るために待っているんだ」
「こんな時間から仕事もせずに? よほどお祭り好きが多いのかな」
「それが君の取り戻した平和な世界だろ」
「――ああ、だからこの世界が大好きなんだ!」
王子に続いて更衣室から出る。
もう戻ってくることはきっとないだろう。




