第88話 善竜救命
(りゅ、竜殺しの剣!?)
「――雑魚がああ!!」
その一言だけで魔王が投げたものだとわかった。
宮殿の屋根クロドラが落ちたあたりでこちらを見上げて立っていた。
(どうして?……だってアカの手に捕まって……)
(待て、魔王はクロヅノを作った)
(アカの力を使って、大量に……)
(あの刀だ!)
(――自分の偽物を作ったんだ!)
バランスを崩したアカと一緒に下に墜落していく。
黒い宮殿の屋根に激突すると、アカから放り出された。
「くううっ」
屋根から落ちないように何とか踏みとどまる。
『グアアアアアアアアアアアアア!!』
「――ア、アカ!!」
凄まじい断末魔だ。
急いでアカの元まで駆け出して、突き刺さっているはずの竜殺しの剣を探す。
見つけると手を伸ばし引き抜こうとする。
「――――なっ!?」
(びくともしない)
まるで木の根っこでも引き抜こうとしているくらい固かった。
(どうしてこんなに固いんだ――!?)
めいっぱいの力を込めても剣は引き抜けない。
『グアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
アカはずっと叫び続ける。
(――まずい!! 絶対に引き抜かないとまずいのに!!)
どれだけ力を入れようと剣は全く引き抜けない。
そして、魔王が同じ屋根の上にやって来た。
「――無駄だ! それは竜殺しの剣だろ! その剣は一度竜に突き刺されば決して抜けることはない!」
「――――っっっ!?」
「いかに、最強であるオレでも出来ないことだ! 突き刺されば決して抜けず、あらゆる竜の命を奪う、それが竜殺しの剣だ!」
(――うっ)
「もうその竜の命はない!!」
(わかってる。どうせ――それも)
(――嘘だ!!)
『グアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「大丈夫だアカ!! 今すぐ抜くから!!」
もの凄い苦しみ叫びだというのに、身体はまったく動いてないことに気味の悪さを感じた。
(――!?)
さらに剣から、赤い線のようなものがアカの身体に伸びていく。
(――明らかに悪いことが起きてる)
それは命を奪う毒のようなものが這いずり回っているとうに見えた。
(これが竜殺しの効果か!)
いっそう手に力を込めても引き抜くことが出来ない。
「グアアアァァァァァァ」
だんだんと声が小さくなっていった。
「――っっ!? ダ、ダメだアカ!! お前は何しにここに来たんだ! 命を落とすためじゃないだろ! オレをここから連れ出してくれるために来たんだろ! 連れて行ってくれるんだろ! 無限大に広がる世界に! そう話したばかりじゃないか!!」
ありったけの力でも剣は引き抜けない。
「オレは待っていたんだ! ずっとずっと待っていたんだ! 子供の頃から待っていたんだ! 異世界から竜が来るのを待っていたんだ!」
アカの身体に赤い毒の線が引かれていく。
「だから! オレを連れて行ってくれ!! だから! 返事をしてくれ!!」
返事はない……。
剣も抜くことが出来ない。
(どうすればいい……どうすればいいんだ)
(目の前で一つの命が無くなろうとしている)
(なのにこんな剣一本も抜くことが出来ない)
(オレがやって来たことは全然役に立たない)
(一体、今まで何をしていたんだ。オレは……)
(オレの今まで……信じてきたことは何だったんだ)
(こんな風に終わりにしかならないのか……)
(大人の手伝いをしていれば誰かの助けになると思った)
(医療の勉強していればきっと皆の役に立つと思った)
(身体を鍛えれば強くなって誰かを守れると思った)
(絵本を読んでいればどこまでも行けると思った)
(諦めずに続けていれば何もかも叶うと思った)
(どんな苦しさも乗り越えなければと思った)
(誰に勝てなくても強くなりたいと思った)
(苦手なものでもそれは必要だと思った)
(毎日大変でも逃げたくないと思った)
(この世界を幸せにしたいと思った)
(何か意味があることだと思った)
(誰かに喜んでほしいと思った)
(だからずっと頑張って来た)
(それでも上手くいかない)
(それが決まってしまう)
(オレが手にした剣で)
(友達がいなくなる)
(頼ってしまった)
(間違えていた)
(報いなんだ)
(台無しだ)
(オレは)
(弱い)
(手)
(それでも強さを目指せ!)
(こんな、剣に負けちゃいけない!)
(ここで引き抜けばいいだけだ! 命を奪わせなければいいだけだ!)
(何のための両手だ! 何のために歩いてきた!)
『けど、やってみるよ。この主人公みたいに強くなりたいしさ』
(そう願ったのは、全部こういう時の為だった)
(この瞬間の為だった!)
(それが……オレの……)
その時、剣を引き抜く手が輝き光を放った。
「……何だ?」
自分の手から、強い眩しさと鋭い輝きを持つ温かくも優しい光が放たれていた。
「ぐおお、光だと!?」
両手で目を覆って離れて行った。
(――!?)
両手に掴んだ剣から何かを捉える感覚があった。
その捉えたものを動かしてみる。
赤い剣から這いずり回っていた赤い線が縮んでいく。
さらに赤い剣は手から放たれる光りに包まれていく。
(竜殺しの剣が……大人しくなっていく)
まるで眠りにつこうとしているようだった。




