第84話 ニセモノの切り札
(どうして……こうなった)
(さっきまで全部がうまくいっていた。勝利は目前にあったはずだ)
(それがどうして、この手にあったはずの剣もなく、こうして意識が遠のくぐらい殴られ続けている)
(遅かったからか……?)
(昨日の内にここまで来ていれば、ダラネーさんを魔王の手に落ちる前に助けられていたんじゃないのか?)
(それが出来ていればさっき魔王を倒せていたんじゃないか?)
(いや、違う)
(頼ってしまったからか……?)
(秘宝玉がないと魔王には勝てない。そう思ったからオレは探しに行ったんだ)
(魔王には敵わないと、身をもって体感してしまったから……)
(けどそれだけか? きっと無意識に魔王から逃げてしまったんじゃないのか?)
(もし、昨日、秘宝玉を探しに行かずに魔王に戦いを挑めていたら……)
(もし、昨日、勇気と強さを皆に教えて魔王に戦いを挑めていたら……)
(ダラネーさんは魔王に捕まる前に助け出せて、人質に取られることもなかったはずだ)
(そうすれば、あの決着をつける突きで魔王を倒せていたはずだ)
(オレのせいで全てが台無しだ)
コロン……薄れゆく意識の中である透明な玉が転がり込んで目に映される。
(秘宝玉……)
(結局、使えてない……)
(探しに行ったのに意味がなかった)
(けど……)
(どうしてだ?)
(無意識に魔王に逃げていたのに……どうしてだ)
(秘宝玉も使えないのに)
(どうしてオレは魔王に戦いを挑んむことが出来たんだ?)
(決まってる)
(――絵本だ)
(今までの展開が全部あの絵本に似ていたからだ)
(竜は実は悪くなくて、その先にはさらに敵がいたから……オレは絵本の主人公にでもなった気でいたんだ……)
(あの主人公のように勇気を出せば、何か奇跡でも起きて、誰よりも強い力が手に入ると思っていたんだ)
(都合よく秘宝玉が使えるようになるんじゃないかと、どこかで期待していたんだ)
(……子供のままじゃないか)
(あの主人公のように道を進んで行けば成功するなんてあるわけなかった)
(そんなに世界は甘くない……)
(弱いオレのせいだ……)
(こんな展開になってしまったのは弱いオレのせいなんだ……)
意識が段々と閉ざされていく。
(……どうすればいい、どうすればいい)
(友達を助けるには、この戦いに勝つには、世界を元に戻すには……)
(どうすればいい……)
(秘宝玉なら全部解決してくれるだろうか……)
(ははは、流石に笑えて来たぞ……)
(この期に及んで、オレはまだ何かにすがろうとしている)
(……それでも、オレの力ではもう、何も出来ない)
(魔王には勝てない)
▼ ▼ ▼
失いかけた意識をしっかり保持させて、透明な玉に手を伸ばしていく。
(秘宝玉……お願いだ。この状況を打開する力をオレに……)
透明な玉を手に掴んだ。
(使わせてくれ……)
それでも、
秘宝玉は、何の反応も示さなかった。
(……どうしてだ。どうして何も起きてくれない)
(もう後がないんだ。もう他に使えるものがないんだ)
(お願いだ。一度だけでもいい。この状況を何とかしてくれ)
(本当に悪いことになってしまうんだ)
(お願いだ秘宝玉)
(オレを強くしてくれ……)
期待は裏切られ、何の意味もない涙をこらえる。
そして、耳元で、一つの足音が聞こえてくると、
「――お前は雑魚だ!!」
「っ!」
ロードの脇腹に重い蹴りが入れられた。
コロンコローン透明な玉が転がっていく音が響く。
「ん? これはまさか……秘宝玉か」
大きな拳を普通の手に戻して、透明な玉を拾い上げた魔王が言った。
「――!?」
切り札が奪われて絶句した。
「そうか、雑魚共が身の程もわきまえず、最強であるオレに戦いを挑んできた理由はこれか」
「か、返せ……」
「何故使わなかっ……ん?」
透明な玉を覗き込んで、
「グッフッフッフッフ」
笑い出していた。
「グッハッハッハッハッハッハ」
(な、なにが……可笑しい?)
「お前たちはこんなものを何に使うつもりだ?」
(なに?)
「こんなただのガラス玉を何のために持っていた?」
「ガ……ガラス玉?」
「まさか秘宝玉だとでも思っていたのか? どこからどう見ても偽物だ」
「にせもの……?」
「物も知らんか……――驚かせおって!!」
魔王は手でガラス玉をバリガリバキーンと握り砕いた。
「――っ!?」
最後の希望は砕かれた。
「全て偽物の強さだったな!! 雑魚が!!」
(にせもの?)
(ただのガラス玉だって?)
(じゃあ、オレは本当に何のために、秘宝玉を探しに?)
(間違えたのか……)
(やっぱり進むべき道を間違えたのか……?)
(やっぱりあのとき何が何でも魔王と戦うべきだったんだ)
(そうすれば、こんな悪いことには……)




