第598話 心から分かり合う兄妹
ロードとアップの戦いは、ロードの体力切れで幕を閉じた。
仰向けに寝るロード。戦闘形態を解いて近づいてくるアップ。
「やったよ兄さん! 私勝ったよ!」
身体全体を弾ませながらはしゃぐアップ。
「嬉しそうだな……」
ロードが口にする。
「うん、これで兄さんは今日のお祭りから逃げられないよ」
少女の姿に戻ったアップが言う。
「…………やっぱり、殺さないんだな……」
「殺さないよ、言ったでしょ最初から兄さんと私は家族なんだもん」
アップはロードの隣に腰を下ろし、しゃがんで改めてロードを見る。
「今、兄さんが目の前に居ます」
「良かったですな~~アップ様、やっと兄妹仲良く暮らせますね」
隠れていたラジルバフアが姿を現して言う。
「そのことで質問がある……」
ロードが訊く。
「何?」
「本当にお前はオレの家族なのか?」
「そう」
「母さんから聞いたのか?」
「お母さんは私たちを産み落とした時に死んだから聞けるはずない」
「じゃあどうやって兄がいるってわかったんだ?」
「協力してくれた魔王のおかげ、でもさっき話した兄妹の話憶えてる?」
「殺すのを見逃した兄妹か? 覚えているぞ」
「あのときのかばい合いの時、実は頭が痛くなったの……そしたら不意にお母さんのお腹の中にいた頃を思い出した」
「そんなことがあるのか?」
「あった。そこで初めてお腹をさすりながら私の名前を呼ぶ声がした。兄さんもいつから名前を知っていたの?」
「オレの方は二人の大人に名前を聞かされた。誰が付けたかは聞いてない」
「そう」
「それで、祭りに行くんだろ?」
「うん」
「どこの祭りだ?」
「出見世界・東風赤明」
「異世界の名前か?」
「うん、ここの本で読んで前に一度行ってみたかったの……一緒に来てくれる?」
妹にせがまれる。
「一人で行くより二人で言った方が楽しいだろ……それに負けたら付いていくって約束だし行くよ」
兄は観念した。
「それでそのお金なんだけど……城に金貨が何枚かあったからそれを使おうと思うんだけどいいかな?」
「9年間誰かここに来たか?」
「私の知る限りだと誰も来ていない」
「そうか……だったら城の住居者として許すよ」
「ありがとう兄さん」
アップが寝そべるロードに抱きつく。そして思いっきり甘えていた。
「なぁ、お前は本当にオレの妹なんだよな? 嘘をついてないんだよな?」
「うん」
「でも魔王なんだよな?」
「うん」
「オレも勇者なんだ……」
「お祭りが終わったらお互い会わなかったことにしないか?」
「嫌! 兄さんと暮らしたい!」
強く抱きしめるアップ。ロードは兄として何とか解決策を探る。そして、
「じゃあこうしよう。お祭りの屋台の売り物をどちらがより多く食べるかっていう勝負。さっきお前が駆け引きしてきたように今度はオレの言うルールに従ってもらうぞ」
「それで兄さんが納得してくれるならやるよ。私負けないから、勝って兄さんと一緒に暮らすの」
「それでお兄様の方が勝ったらどうなるのですか?」
ラジルバフアが訊いてきた。
「オレと一緒にオレの仲間たちと旅をしよう」
ロードがしがみつくアップの頭を撫でながら言う。
「「――――――!?」」
「オレの願いは最魔の元凶を目指すこと、ここでただあらゆる異世界で苦しむ人を放っておくことじゃない……オレは勇者なんだ。行かなくちゃいけないところがたくさんある」
「…………私が兄さんの仲間と一緒に旅を?」
「気のいい奴らだ。すぐにアップも慣れるさ」
「わかった。その大食い対決に私が負けたら兄さんのいうことを聞くよ」
「あのーーその場合私はどうなるのでしょう」
アップの眷属使魔ラジルバフアが訊いてきた。
「ついて来るに決まってるでしょ」
アップが言う。
ロードは色とりどりの混ざり合った色合界特有の空を見た。
(オレの妹アップ)
(皆は受け入れてくれるだろうか)
(ハズレは反対するだろうな)
(スワンは優しいから受け入れてくれるかもしれない)
(グラスはきっと誰が来ても興味ないだろう)
(ドノミさんは一緒に今後のことを考えてくれるかもしれない)
(ブケンはその強さに稽古をつけてもらうかもしれない)
(そして何よりオレは妹を守りたい)
(本当の家族だからじゃない)
(兄さん兄さんと呼び慕うこの子に魔王になって欲しくはない)
「アップ……」
「何兄さん?」
「今度勝つのはオレだからな」
ロードはその時、初めてアップの前で笑顔を作った。
「うん、頑張って」
同じく仰向けに寝そべるアップ。
兄と妹が心の底から打ち解け合った瞬間だった。
その時、空は緑色に変わった。
「「「――――――!?」」」
それは色合界・ガークスボッテンの空ではなかった。




