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第577話 異世界の狭間を通った結果

 あらゆる世界から来る現象が波打つ、異空間の中をロードが深く深く物凄い速さで落ちて行く。




「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」




 異空間の中では、ロードの絶叫が歪んで聞こえる。




「うぁぁっ!? がっ!? ごほっ!?」




 熱い何かがロードを襲おそう。硬い何かがロードを襲う。流れる何かがロードを襲う。しかし、これくらいならばロードは耐えられないこともない。


 しかし、真横からの振動が風のように扇がれて、ロードの身体が飛ばされる。




「あっ!?」




 今の衝撃で、ロードは抱えていた赤い剣を手離してしまった。


 その瞬間、




「う、うぶっ!?」




 激しい酔い、いわゆる異空間酔いを引き起こした。




 更に異空間がさっきよりも激しくロードを襲う。




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」




 身体全体から悲鳴が上がる。




(あぁぁ、あ、頭が千切れ、く、口から肺が、飛び出そう)




 目が眩む中、手離してしまった赤い剣を視界に捉えるも、異空間が激しくロードを襲う。




(ダ、ダメだ、死んじゃ、こんな所で死んじゃダメだ、人を助けるんだ、苦しむ人をたくさん、たくさん助けるんだ、これから道に進むんだ)




 がむしゃらに前へ、異空間に溺れながらも、ひたすら赤い剣の方へ、苦しみと痛みでもがきながらも、手を伸ばす。




「勇者とは!」




 ロードが叫ぶ、それを口にするだけで自分にありったけの力が、勇気が、生命力が湧わいて来る。必死になって赤い剣に手を伸ばす。手を伸ばす。手を伸ばす。




「どんな恐ろしい魔物を前にしても、道を切り開く勇ましき者!」




 ロードの手が、赤い剣に、




「とどい――」






 ――――ゴン! ロードの頭に物凄い硬い何かがぶつかった。その勢いで身体は反れて赤い剣を掴み損ねた。更に異空間は容赦なくロードに襲い掛かる。






「うぅっ!?」




 ロードの頭から血が吹き出していた。スモルパフアとの戦いの最中に頭をぶつけたときよりも更に強く打っていた。手で頭を押さえ付けながらもう片方の手が再び赤い剣に伸びて行く。






(……皆)




 そのとき、何故だかわからないがロードの脳裏に九人の友達の姿が過った。その姿が次第に薄くなるように消えて行く。


 構わず赤い剣に手を伸ばす。




(……先生)




 そのとき、何故だかわからないがロードの脳裏に二人の大人の姿が過った。その姿が次第に遠く薄くなるように消えて行く。


 構わず赤い剣に手を伸ばす。




 薄れゆく意識の中、眩む視界の中、それでもロードは手を伸ばし、




 ――パシッ! 赤い剣に手が届いた。




「……取った」




 ロードが再び赤い剣を両手で抱え込む。もう何があっても離すことがないようにしっかりと。そうすると身体に掛かっていた異空間の影響が軽くなる。




「…………………………」




 しかし、頭を強く打った為に意識が朦朧としていたロードは、




「……あれ?……なんだここ……」




 何かを失った。




「あれ?……オレは……誰だっけ……」


(そうか、こうやってオレは記憶を失ったのか)


 青年のロードが思う。




 色合界・ガークスボッデンに、もう勇者の卵たる子供達は居ない。しかし、まだ残っていたガリョウと魔王の少女はその地で戦っていた。


 あれから何時間、あるいは何日か経ったのだろう。既すでに二人の雌雄は決していたようで、各地に戦いの傷跡や黒煙が立ち込めて、静寂が支配している。


 魔王の少女が宙を浮いて、風に髪と衣をはためかせる。何時間、何日も戦っていた筈はずなのに、彼女は無傷を貫いて、やはり汚れ一つない、加えて息切れさえしていない。


 そんな恐ろしい彼女が、眼下にある歪空地帯の一点を見下ろしている。歪空地帯は戦いのせいで地盤が割れ、黒光りする結晶の塔が倒れている。


 少女の見る一点に大男のガリョウが仰向けで倒れて気絶している。瀕死の重傷だが辛うじて息はある。


 魔王の少女が左手をガリョウに向けると、その袖口から朱色の光が漏れ出して、光線となって放たれた。


 止どめの一撃。


 朱色の光線が確実にガリョウに向かって、その命を狙う。


 ガリョウは気絶したままその一撃を知るよしもなく、向かって来る朱色の光線の輝きに身体が照らされて、




 そして、ガリョウの命は、










 真っ暗な景色だった。


 自分の周りが暗いからじゃない目蓋が重くて閉じられていたせいだからだ。




(ここは……誰か……オレは……どこか……)




 まだ意識がはっきりとしない。自分でも今、何を考えているのかわからない




 ロード!




 誰かわからないが聞き覚えのあるような大きな声がそう言うと、自分が誰かを思い出した。




(そうだ……オレは……ロード……ロードだ


 …………何か……しないと……確か……何だっけ)




 辿り着け!




(そうだ……オレは辿たどり着かなくちゃ……いけない……そう言われて…………けど……何を……誰に……わからない……何も……思い出せない)




 朦朧とした意識の中、身体を動かそうとしたが力が入らない。




「おい、だいじょぶチュウ?」


「だ、誰かー、来てチー来てチー」




 そのとき、耳に小さな声が聞こえてきて、身体に小さな何かが登って来る感覚があった。




「だ、れ」




 重い目蓋を薄っすらと開いて見ると眩しい光が差し込んで来て、視界がはっきりしない。




「どうした!?」


「こいつ、怪我してるチャア」




「――!?――これはいけないぞ! 重傷だ!」「直ぐに手当てしないと」




 小さな何かが身体にいくつか乗っかって、二人の男が騒さわいでる姿が、ぼやけて見えて、また目が閉じた。




(誰か、わからないけど……教えてくれ……)




 声にならない。力が出ない。目が開かない。




「オ、レは、何すれば、いいん、だっけ……」




 それだけ言って意識が途切れた。






「キミ! しっかり!」


「死んだチュウ!?」


「待ってろ! 今、医者を呼んで来るから!」


「早くチー早くチー」




 怪我をした少年を前に、誰かと小さな何かが騒さわぐ。


(そうか、これがオレの失われた記憶か)


 青年ロードの意識もここで途切れた。






 色合界から脱出したロードだったが異空間の道を行く中で、一時的に赤い剣を手離した為に、頭に強いショックを受けたことで、名前以外の殆どの記憶を失ってしまった。勇者の使命も、自分に秘められた力も、辿り着かなくてはならないものも、過ごしてきた世界と共に暮らした人達も、そして、




 自分の進みたかった人を助けて行く道も。




 それでもきっと、彼はいつの日か動き出す。




 無限大に広がる世界に歩み出て、無限大に存在する人々を助けて、彼は伝説となり輝かしい王道を歩んだ勇ましき者となるだろう。




 いつの日か必ず。彼は羽ばたく。


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