第576話 自分の信じる道を勇ましく進め
色合界・ガークスボッデン・毒泉地帯から勇卵の城が爆発したのを見た二人が居た。
「うわぁぁぁぁぁ! 皆あぁぁ!」
「落ち着けぇ! ロードォ!」
ガリョウが毒の泉の水面を駆け抜けながら、左腕に抱えたロードを正気に戻す為に叫ぶ。そこに、
「――!――」
毒の泉の上を駆け抜けるガリョウの眼前に、魔王の少女が立ちはだかるように降りてくる。が、ガリョウは魔王の少女に向かって真っ直ぐ進み、頭を反そらせ、少女の頭に頭突を打ち込んでぶっ飛ばした。
その後、毒の泉を抜けたガリョウは勇卵の城がある方向ではなく、別の方向を進み始め、ある地帯に入る。そこはクモの巣のようにあちこちに糸を引かせた景色が広がっていたが、それら全ては霜によって固められたものだった。ガリョウは足で霜の糸を蹴り砕きながらその上を進んで行く。
「先生! 城から遠くなってる! 早く戻らないと! 皆が! 爆発が!」
「アイツらは、もう城には居ない」
「えっ?」
「安心しろ、死んだ訳わけじゃない。向こうにはヴィンセントが居た。爆発の直前にこの世界から脱出した筈だ」
「……………………」
ロードが名残り惜しそうに城を見た。もうあの勇卵の城には戻れない。友人達も居ない。少し寂しくなる。
「先生、さっきの魔王と戦うの?……」
「そうだ……人の形をしていても魔王は魔王だ。だが、戦うにはオマエが邪魔だ、またどこか別の場所に隠れて……」
色合界・ガークスボッデン・油山地帯、ガリョウが油の山を滑ってロードの隠れられそうなところを探して行く。
「先生、あの魔王はオレを狙ってるの?」
「何? どうしてそう思う」
「一つ目の魔物と一つ目の魔王がオレを見て、見つけたって言ってた」
「…………そういうことか……あのスモルパフア、ただ迷い込んだ訳じゃなかったのか。なら、オマエに隠れてもらうのは無しだ」
「どういうこと先生」
「アイツらはオマエを殺しには来たんだ」
「えっ、オレを? どうして?」
「オマエの秘められた力を手に入れる為だ」
「――!?――オレのこの力を手に入れる? ど、どうやって」
「ロード良く聞け、オマエの力は秘宝玉というものだ」
「ひほうぎょく?」
「その力はオマエが死ぬ事で奴らの手に渡る。だから殺しに来たんだ。奴らがオマエを狙っている以上、その辺りに置いておくのは危険だ」
「先生、オレはどうすれば」
「ロード覚悟を決めろ……こことは異なる世界に行く覚悟を」
ガリョウが油の山を滑り降りて行く途中、反り返ったところを滑ると勢いよく空中に飛び出して、数百メートル先にあった別の地に滑り込むように着地した。
色合界・ガークスボッデン・歪空地帯。
そこは広々とした空間が数キロ先まで続く黒光りした結晶の大地、空間の周囲は、捻れたりよじれたりしている黒光りした結晶の塔が取り囲んでいた。そして、その地は全体的にとても重い空気と押さえられるような圧迫感があった。
「先生、ここって確か」
「そうだ、ここは立ち入りを禁じていた歪空地帯、異空間に放り出される恐れもあって、色合界では最も危険な場所だ……だから事故を防ぐ為にオマエ達には決して近づくなと言って来たが、今はここが必要だ。ここを利用して異なる世界への道を開く」
「せ、先生、異なる世界って皆の居るところ?」
「違う……アイツらがどこへ行ったかもわからんし、わかっていたとしてもそこへは行けないだろう……もう二度と会えんかもしれんが、誰一人、奴らには触れさせん。十人の勇者の卵は一つも割らせはしない……このオレの手で守り通す」
ガリョウが自分に残された左手を見て力を込める。左手を振る為に構えると腕が赤く変色し、熱気を発して竜の爪のような形になる。ガリョウはその赤い竜の爪を、前に、歪空地帯の空間を切り裂くように左から右に振る。すると、
歪空地帯に異空間への道が開いた。
まるで空間そのものに傷が出来たように広がった穴の奥には、景色と景色が渦巻いて荒波が蠢めく。
「これを持て、ロード」
そう言ってガリョウは背負っていた赤い剣を鞘ごとロードに放ほおる。
「!?」
ロードは赤い剣を受け取ったが、ガリョウがいつも肌身離さず背負っていたその剣を持たされたことに意外そうな顔をした。
「この先はあらゆる異世界が波打つようにせめぎ合い、ぶつかり合っている。人が何の準備もせず中に入れば、世界に引き裂かれるか、潰されるか、どんな事故が起きるかはわからん……だが、その剣を持っていれば、この中に入っても生き残ることが出来る」
ガリョウが真剣な眼差しで異空間の穴を見つめて言う。
「だから、その剣を絶対に手離すな……どこかに辿り着くまで、何があろうとその剣を絶対に手離すな……それがオマエの命綱だ」
「…………じゃあ、先生は? 先生はどうやってここから脱出を……」
異空間の穴の中を見て、ロードが聞く。
「オレの心配はいらん。剣の必要もないくらい身体は頑丈だ」
ガリョウが言うと異空間から背を向けて離れて行く。
「先生は一緒に来ないの」
その背にロードが問いかける。
「オレは異空間への道を開けても、閉じる事は出来ん。オマエが飛び込んだ後、世界が空間を自然修復するまで魔王の足を止める……だからオマエは一人で行くんだ」
ある程度の距離まで離れたガリョウが背中越しに答えた。
「……ま、待って先生、オレ一人じゃどうすればいいのかわからないよ。別の世界に行ったって何をすればいいかわからないよ。一人じゃきっと生きて行けない」
「ロード、オマエはさっき何がしたいと言った」
ガリョウは近いて来るロードを、振り返り目を合わせることで動きを止めた。
「…………オレは、」
「――発声!」
ガリョウの大きな声が重苦しい歪空地帯の空気を震わす。
「オレはたくさんの人を助けたい!」
負けずロードがはっきりと大きな声で答えた。
「ならば迷まような! オマエの後ろにあるその荒波の向こうでは、未だ人々が、魔王達の力によって脅やかされている」
ガリョウは厳しい口調でロードを突き離す。
「自分の進むべき道があるのなら勇ましく突き進め! それを忘れなければ例えどんな道を歩んでもオマエは必ず勇者になれる!」
「はい!」
ロードがはっきりとした声で返事をした。
そのとき、魔王の少女が歪空地帯に飛んできてガリョウとロードを発見し、一直線に降下する。
それに対するようにガリョウは地面を蹴り、その場の空気の重さを感じさせない程、勢い良く飛ぶと、魔王の少女に接近、左腕を右から左に振って黒光りする結晶の塔の群れに向けて叩き落した。
ガリョウが地面に着地すると、ロードの方に向かって身体を返し走って戻る。
叩き落とされた魔王の少女は黒光りする結晶の塔を破壊しながら真っ直ぐロードに向かって行く。その前にガリョウが立ちはだかり魔王の少女を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた魔王の少女が宙で体勢を整えて、右腕をガリョウに向けて、朱色の衣の袖口から細く鋭い剣のような尾羽を数本、勢い良く飛び出させガリョウを貫こうとするが、
「ふん!」
ガリョウが迫り来る尾羽を左手で全て掴つかみ取り、振り回すと、
「――!?――」
尾羽に繋がれた魔王の少女もそれに引かれて円を描くように振り回され、黒光りする結晶の塔に激突させられた。
「ロード行け、行ってオレにオマエの歩む道を見せてみろ」
「はい!」
目の前で起きた激しい戦いに驚いて、尻餅をついたロードが起き上がる。
「ロード最後に教えておく、オマエ達が勇者になる本当の目的は魔王達を世に蔓延らせた真の敵を倒すことだ」
「えっ先生、それって?」
ロードが異空間に向かおうとしたときだった、突然、今までに聞いたこともないことがガリョウの口から出た。
「オマエならいつか最魔の元凶に辿り着ける」
「最魔の元凶?」
始めて聞いた言葉をロードは記憶した。
(この時すでにオレは知っていたんだ)
青年ロードが思う。
「今はそれだけ覚おぼえていればいい、行け!」
「はい!」
ロードは走って、異空間の穴の前に着くとガリョウに振り返って、
「先生お世話になりました」
言い忘れそうになったことを早口気味に言った。
「……ああ」
素っ気なくガリョウは返した。
ロードはしっかりと赤い剣を両手で抱え込んで、深く深呼吸、覚悟を決めて、異空間の穴に飛び込み、歪空地帯の重い空気から解放されたロードの身体が浮き上がり、ゆっくりと穴の奥へと引き寄せられる。
「ロード!」
異空間に入り込んだ途端、ガリョウが声を掛ける。
「――先生!」
ロードが声のした方に振り返るが、もう戻ることは出来ない。異空間に身体を捉えられてしまった為に自力で色合界には戻れない。
「……いい発声だった!」
背中越しにその大男が褒た。その言葉には多くの意味が詰っていただろう。別れの言葉でもあったのだろう。
「っ!?」
ロードは驚いた。始めてその大男に褒められたのだから。その目にガリョウの後ろ姿を焼き付けていると異空間の奥へと一気に引き寄せられ、ガリョウの背中が遠くなり見えなくなって、異空間に開いた色合界の地も見えなくなって、下に落ちる。
ロードが渦巻く異空間の中に深く深く落ちて行く。
ロードが色合界・ガークスボッデンから脱出した。
「行ったか……」
背後の異空間の穴を見ずにガリョウが呟いた。
すると、黒光りする五メートル程の結晶がガリョウに向かって飛んで来るが、彼は左腕を振って破壊! そして眼前に浮いた結晶を飛ばして来た魔王の少女を睨み付けた。
魔王の少女もガリョウを睨み付けている。少女の身体はやはり無傷で汚れ一つない。少女が両手の袖口から細い剣を突き出している。
「……アイツにはもう会えんぞ」
ガリョウが魔王の少女に言い放った瞬間、
魔王の少女が殺意を持って、目の前の邪魔者を始末する為に勢い良く飛び出した。
ガリョウは魔王の少女を迎え撃つ為に構える。




