第552話 大人な二人の先生
そんな世界に金色の湖がある。湖の真ん中には大きな白い城があって、いくつもの塔をまとめ積み上げたように高く建っている。その城から湖を五等分にするように、城と湖のほとりの高低差を考えた橋が架けられている。
そんな美しくそびえ建った城は、――勇卵の城――と呼ばれている。
城の一角のバルコニーに少年がいる。
「ん~~」
その両手で何かを包み混んで唸っている。
十歳くらいに見える、凛々しい顔つきに、ほどよい長さの輝く金髪は、風がなくても逆立ち、一部の右前髪が飛び出し、しかし、それでいて気品を感じさせる。袖が肘下までの、動き易やすそうな服を着ていた。
その少年の名は、
「ロード」
不意に、そう声をかけられたロードは、階段からバルコニーに降りて来た声の主の方を見て、
「おはようございます、ガリョウ先生……」
「ああ……」
低い声を吐いた大男のガリョウは、掠れたような色をした荒い赤髪を、乱暴に後ろに掻き上げて、肩まで伸びていた。竜のような目をした厳つい顔は、傷のせいで左目が閉じられ、顎に薄く髭が伸び、硬い表情だ。鍛え抜かれた肉体に太い首、肩を出した薄い服と長いスボンを着て首元に赤い布を掛けている。その大きい身体のせいで小さく見える赤い剣を背負っていた。
そして全身に古傷がいくつも見え、何より、右腕がなくなっていた。
(この人、見た覚えがある。確か……今オレが言っていたガリョウ先生。凄く厳しかった先生だ)
(うん? ガリョウ先生の背負っている剣が竜封じの剣と似ているけど)
青年ロードが思う。
「こんなに朝早くからどうした……」
ロードに近づきながら聞く。
「えっと……起きて……喉が渇いて……水を飲んで……窓の外を見てたら……小鳥が怪我をしてて……ここに来て……」
言いながら、両手で包んでいた白い小鳥を見せる。ピーピー鳴いている。
「先生!……アレ……どうやってやればいいんだっけ!」
思いだしたように顔を上げる。
「前に教えただろ……そのとおりにやれ」
「……忘れました」
思い出したように顔を下げる。
「……ったく……これっきりにしろよ」
そう言ってロードに教える為に正面に立つ。
「まずは目を閉じて深呼吸して、気を落ち着かせる」
ロードは言われた通り、目を閉じ深呼吸をする。
「いいか、何をするにしても、自分が生きていることを感じろ、全てはそこからだ」
ロードは小鳥を包んだまま聞いて、次の言葉を待つ。
「全身に意識を巡らせろ、全ての五感を研ぎ澄ませ、心を静めてを集中しろ……心臓の鼓動を、脈の動きを、血の流れを、身体の重さを……そうして、自分の全身にある生命力を実感しろ」
ロードは目を閉じた暗闇の中、言われたとおりのことを順番に意識し、全身の生命力を実感する。
それを見極めたガリョウは、次の指示を出す。
「その状態を維持し続けたままにしろ」
ロードは自分の生命力を感じたまま、ガリョウの次の言葉を待つ。十秒程して、十分と判断したガリョウは、
「そして全身に力を限界まで入れろ!」
――瞬間!! 言われたままのことをしたロードは、全身から光を放出させる。鋭く眩しいその光は、優しさと温かさを感じさせる輝きがあった。
「それがオマエの生命力だ」
光を見てガリョウは続けて言う。
(この時からオレは生命の力を使えていたのか……)
青年ロードが思う。
「そいつを意識して抑え込み、できるだけゆっくりと与えたいものに流せ……」
そうして、ロードは放出させる生命力を感覚で捉え身体の内に集めていく、光は頭と足のつま先からゆっくり両腕に向い、そのまま小鳥を包んでいた両手へ集まる。小鳥に自分の生命力を流しているのだ。
つい、中を見てみようと手を開く。――と、
「あっ!」
小鳥が飛んでいってしまった。
その、上に行く様を見えなくなるまで目で追った。とりあえず、怪我は完治したようだ。
「籠に入れてから治すんだったな」
見るまでもなく、感想を漏らすガリョウだったが、
「ハハハ……元気になって良かった」
ロードは素直に喜んだ。
「……ありがとうガリョウ先生」
ガリョウに向き直りお礼を言う。
「……やったのはオマエだろーが」
こちらは素っ気ない返事をした。
カツン、カツン、と靴音がした。
「やぁ……ロードおはよう」
優しい口調のしっかりとした声の男が開いていた扉からバルコニーに踏み込んだ。後ろから白い布も続く。
「おはようございますヴィンセント先生」
声のした方を見て言った。
(この人も見覚えがある。確か今言った通りのヴィンセント先生)
青年ロードが思う。
そのヴィンセントと呼ばれた長身の男は、短い白髪の頭に帽子を乗せ、細く整った顔つきに知的な眼鏡を掛け、とてもキレイなローブを何枚か重ね着していた。何処かの聖職者とも賢者とも見える格好だ。
「うん……それからガリョウ、夜の見回りご苦労様」
ガリョウは鼻を鳴らすだけの返事をした。
「ロード……まだ朝だ、この世界はよく冷えるだろう、城の中に入って身体を暖めなさい」
ヴィンセントの後ろにいたパイトと呼ばれる白い布が、ロードに短いマントを掛ける。
ちなみに白い布のパイトさんは、この城で働く召使いと呼ばれる存在である。
「少し早いが、朝食にするかい? パイトさん達がパンを焼き上げたところだ。温かいミルクもあるはずだよ」
「うん」
頷いて、ヴィンセントが手で差し示した部屋へと戻っていった。
(オレを追いかけた方がいいか)
青年ロードは少年の自分を追いかける。
ロードがさっき怪我を治した小鳥が、その場に戻って来る。正確には、ヴィンセントの指に止まるために戻って来る。
「回りくどいやり方だ」
止まった小鳥を見ずにガリョウは言った。
「こうでもしないとロードはためらって、力を使えないだろう?……生命の力……傷ついたものに吹き込んでその傷を癒す……少しずつでも力の使い方に慣れてもらわないと今後、困るだろうからね……」
言い終わると、小鳥が光りだして消えた。生物ではなかったのだ。
これは、ヴィンセントがよく使う不思議な力、聖法と言うもので、ロードの力とは根本的に違う。
「それじゃ、ガリョウおやすみ……キミの番になったらパイトさんに起こしに行かせるよ」
「そんときは、数十体に木剣持たせて叩き起こさせろ! アイツらはそれくらいしなけりゃオレを起こせん!」
「わかった」
そう聞き覚えたヴィンセントは、出てきた部屋へ戻って行く。
風がバルコニーを吹き抜ける、ガリョウも全身で感じる冷えた風だが、その立ち姿は揺るがない。
景色に目をやる。組み合わせのバラバラな景色は相変わらずの違和感をもたらす。特に執着することなくバルコニーから歩き去るため、通り道だった階段を降りて行く。
(……ロードいつまでも甘えてる暇はないぞ……オマエは、勇者にならなきゃいけねーんだからな……)
彼等のいるその城が、各所の塔の屋根に金色の火を灯し、朝が来たことを誰に見られることもなく密かに教えていた。




