第551話 目覚めの朝
(ここが事実の世界)
(周り一面銀世界だぞ。一体どこなんだ?)
(本当に記憶をなくした日なのか)
青年のロードが口にはせず思う。
◇ ◇ ◇ ◇
ぼんやりとした銀の景色が目に映る。
周りからは木の棒を打ち合うような音がする。
手に意識を向けると、何かを握っている感覚がある。木の棒だ。
そして正面に銀の人影が立っていて、その手にも木の棒が握り込まれている。
すると、銀の人影がこっちに向かって駆け出し、握っている木の棒を振り回してくる。
それをこっちは身体に当たらないように、握っていた木の棒で受け止める。
上、右斜め上、左、上、右、左斜め上、右斜め下、正面、それら全てを受け止め、あるいは受け流す。
しかし、受けても受けても、休む暇もなく振り回してくる。でも、こっちも受けるだけで終わらない。
この流れを変える。
銀の人影が木の棒を上から振り下ろす。こっちは思いっきり力を込めて、木の棒を下から振り上げて弾く。すると、銀の人影は大きく体勢を崩す。
一瞬の隙が出来た。
そして、振り上げていた木の棒を、隙を逃がさないよう、素早く構え直して振り下ろす。
木の棒が銀の人影に打ち込まれた。
一面が赤に染まった。
銀の人影も、ぼやけた銀の景色も、握っていた木の棒も。
そして、自分の両手も赤に染まった。
(――――この赤い手どこかで見た覚えが――)
青年ロードが頭を抱える。
「……ハァ……ハァ」
真っ暗な部屋の中、ベッドの上で大量の汗をかいた少年は、隣のベッドで眠っている人影の方を見た。
「……夢か……」
少年はそう確認すると、荒くなっていた息を整え、ベッドから降りる。
(何だ……今の景色は夢か)
青年ロードが思う。
(……着替えよう……それから喉も渇いたな)
少年は棚に置いてあった普段着に着替えると、脱いだ寝巻きを持って、真っ暗な部屋の中、隣で眠っているもう一人を、起こさないようにゆっくり歩いて扉の前まで行く。
そこで一度、深呼吸をして、扉を開け部屋を出る。
(きっとあの少年がオレのはず、行ってしまう前に追いかけなければ……)
青年ロードも部屋を出る。
薄暗い廊下に出る。窓の外は全く見えず、小さな明かりが、かろうじて他の部屋の扉だけわかるように、点々と光っている。
その廊下を左へ歩いて行く。
すると、前から明かりが揺れながら近づいて来る。
その明かりはただの棒に吊られたランタンであったが、それを持っていたのは、宙に浮く白い布だ。
どことなく顔や手とわかる形はあるものの白い布だ。薄暗い中、幽霊にも見えるそれは、しかも一体ではなく三体。
(なんだアレは?)
青年ロードが思う。
しかし、それを見た少年はいたって平常心、むしろ、
「パイトさん達……これ洗濯お願い」
そう話しかけ、洗濯カゴを持っていた白い布に、さっき脱いだ寝巻きを渡す。そして白い布達は、少年が歩いてきた方へ去って行く。
途中、重たかったのか、洗濯カゴを落としてしまい、中の洗濯物が散らばり、慌ててランタンを持っていない方と片付けている。ランタンを持った方は気にせず先へ進む。明かりが進むので暗くなって、片付けしづらくなると、引っ張って連れ戻していた。
少年の方は、また廊下を歩いて行く。
そしたら、壁際に少しくつろぐ為の空間があり、机や椅子があって、水差しやコップが置いてある。椅子の一つには、また白い布がいる。
少年が水をコップに注いで飲む。
「……ふぅ」
飲み干すと、側にいた白い布が両手を差し出し、コップを受け取って、その場にあった濡れた布で拭き始める。
少年は、近くにあった窓から外を見る。外は暗い。
が、しだいにその暗さは薄れ、明るさに変わっていく。夜明けだ。
眩しく差す白い光が窓の外一面を照らし、その世界の在りようを暴いていく。
その世界を少年は見渡して、ある一点に気づき、すかさずその場から立ち去った。
少年が立ち去っても、白い布はまだ一生懸命にコップを拭いていた。
(この異世界オレは来たことがある)
青年ロードが驚く。
そこは、白く眩しい光が天から降り注がれていて、混沌としたその地を露あらわにしていた。
いくつもの川が宙を流れて作る立体的な芸術がある。塔のような溶岩の列がある。葉っぱの代わりに緑の炎が萌える森がある。蛇がのたうち回るような嵐の海がある。鉄で出来た岩肌のような地がある。雪を噴き出す山がある。こういうものが他にもある。
それらの地は連続性がないものの、たしかに隣同士で繋がっている。規則性なく組み合わさっている。
そんなめちゃくちゃな世界がここにある、――色合界・ガークスボッデン――と呼ばれる所だ。
(そうだ……ミハニーツの言う通り確かにオレはここガークスボッテンに住んでいた)
青年ロードが思い出す。




