第548話 墓石に刻まれた名前
最後の砦・ホーウッド。
大魔王ボランデスカールを倒してから、全部隊の生き残り総勢約800人をホーウッドに召喚した。
生き残った者たちはシルベから何があったかを説明され、戦いが終わったことに歓喜していた。
ただ死者も多数出たためとても歓喜を続けるような心情にはなれなかった。
そしてシルベは息絶えたロードを抱えたまま、ロードの仲間に何があったか説明する。
「嘘でしょ」
スワンが膝から崩れ落ちた。
「ロードが死んだ」
ハズレが呟く。
「かかしヤロー」
グラスも珍しく声が小さかった。
「お顔が冷たいですね」
ドノミが死者の肌に触れる。
「まさしく最強に相応しい最後だったぞ」
ブケンが褒めたたえる。
そして人込みをかき分けてやって来るミハニーツがいた。
「地面に寝かせて……」
ミハニーツの声には怒りがこもっていた。
「何かする気か? 言っておくけど心臓は停止している。あれから10分以上も経過している。息は吹き返さないぞ」
シルベが遠回しにあきらめろという。
「私たち勇者をその辺の人と同じにしないで、ロードは疲れて寝ているだけ、今からそれを証明する」
ミハニーツがシルベに刺すような口調で告げる。
「どうやって証明するの?」
スワンが訊いていた。
「私は蜜の秘宝玉の使い手、そして蜜で戦うだけの勇者じゃない。蜜で人の身体を治すことだってできる」
ミハニーツが言う。
「無理だ……人工呼吸を何度も試した……もうロードが生き返る術はない」
ハズレも諦めて現実を実感させようとする。
「約束がある」
ミハニーツが唐突に言う。
「約束?」
ドノミが訊く。
「いつの日か一緒に精霊界へ行こうって約束をした。だからロードはまだ死んでない。必ず約束を果たす」
ミハニーツは肯定する。
「はっ、どこかの誰かさんはそいつを死んでたと勘違いしてたみたいだが?」
グラスが突く。
「いいから見てなさい」
ミハニーツの威圧感はすさまじかった。それに答えなければ命すら危ういほどの威圧感。シルベはそっとロードを地面に置いていた。
「何をする気だ?」
ブケンが訊いていた。
「私には五種類の蜜を使う能力がある。一つは黄蜜、都市を丸ごと包むドームを作り、その内側にいる者に鉄をも貫通する蜜の雨を降らせる能力と……もう一つ緑蜜、これは傷口や捻挫の患部に塗ることで治す能力。飲ませれば体内にある毒や病気も一掃できる」
ミハニーツの隣に緑色の蜜が入った壺が現れた。
そしてゆっくりとロードの口元に壺を付け飲ませていくが、蜜が喉を通らない。
「――――――!?」
ミハニーツはその時知った。
(ああ、ロードせっかくまた出会えたのに思いも告げられず死んでしまうなんて……)
ミハニーツは声も出さずに涙を流していた。
この時、
(ミハニーツさん)
スワンはミハニーツの思いを知った。
◆ ◆ ◆ ◆
最後の砦・ホーウッド・墓場。
総勢約800人の死者をシルベが召喚し、集団墓地という大きな穴に一人づつ入れていく。
墓地に入る者の名前をクレアが墓石に刻む。
ハズレ、スワン、グラス、ドノミ、ブケンと約800名の生き残りはその様子を見ていた。
誰一人その顔に輝きはなかった。
「次で最後だ」
シルベが言う。
「誰ですか?」
クレアが訊く。
「名前はロード、ロード・ストンヒュー」
ロードの遺体をシルベが大穴に入れた。そしてシスター・クレアがその名を刻む。
「さてみんなで埋葬しよう」
各自スコップを持って死んでいった仲間たちを埋めていく。
その時、死んだはずのロードの心臓の鼓動が再生した。
「うっ……うう……ここは」
ロードは目を覚ました。
「「「ロード!!」」」
みんなその名前を呼んだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「どうして生きてるんだ? 心臓は止まってたぞ? その前にも心臓は大魔王が貫いたし」
シルベが訊いてみる。
「たぶん心臓を再生させたときに起きたリスクだろう。心肺停止が続いてたのはそのせいだと思う」
ロードが自分の能力の説明をする。
「なるほど、自分の体を治すにはそれなりのリスクがいるのか……」
ハズレが納得する。
「けれど、10分は心臓が止まってたって……もうどこにも異常はないの?」
スワンが意見を言う。
「大丈夫、問題はない」
「そもそも私たちは普通の訓練を受けてない。ロードが10分間、心肺停止でも助かったのはそのせいだと思う」
ミハニーツが代わりに説明する。
「何にしても終わったんだな」
グラスが言う。
「これでまた皆さんで旅が続けられますね」
ドノミが言う。
「やはりそうやすやすと最強が死んでしまってはならない。無事で何よりだ」
ブケンが腕を組んで納得する。
「ロードさん。こちらへ」
その時、シスター・クレアに声を掛けられた。
▼ ▼ ▼
墓石の目の前。
「共に、皆が安心して眠られるように祈りましょう」
シスター・クレアが墓参りを進めてくる。
「このゼンワ語は?」
「亡くなった者たちの名前です」
(モンカミ、ゴンガ、マグマン、フィルス、ネバーロング、セイジ、ビートル、デモン、グレイ、イロヨ、ノモケバ、トニー、ターカウス、メタール、ジンジュ、シーリアン、カザナ、パトラ、グルン、モエール、シロト、カミージ、ガララ、ブパイ、ヤセヤセ、ギネ、マーマル、カナミ、皆、大魔王は倒した。どうか安らかに眠ってくれ)
黙とうを終えた二人は立ち上がる。そしてロードは不可解なものを見る。
「アレ、オレの名前まであるのか?」
「先ほどまで死んでましたから」
「そうだったな……うん?」
その時、最後の砦・ホーウッドを覆っていた結界が解かれた。
「これでこの異世界は救われました。ロードさん本当にありがとうございました」
深々とお礼を言うシスター・クレア。
「青空か。これがこの異世界の本当の空か……」
ロードは紫色の曇りで埋め尽くされていた空ではなく、雲一つない空を見ていた。
この異世界での問題は解決された。
次はロードの記憶を取り戻す番だった。




