第443話 ハオストラ兄弟の伝説
ブケンは食事をやめる。
「ハオストラ兄弟の伝説?」
ロードはドノミの方を見る。
「私は知らないです。この異世界の名称ならラントウ界だと思いますけど……」
ドノミが答える。
「この世界、ラントウ界と呼ばれているのか?」
今度はブケンが訊く。
「はい、数多の異世界人が名誉と賞品を求めてハオストラ武闘大会に参加すると存じてます。けどハオストラ兄弟というものは始めて聞きました」
ドノミが興味深げに聞く。
「失礼しまーす。山盛りサラダをご注文の方ーー」
店員が個室に入ってくる。
「ああ、その人です」
ドノミがグラスの方に店員を促す。
グラスはフォークなんてものを使わず手で食べ始めた。
「で、そのハオストラ兄弟の伝説と言うのは?」
「武闘大会の発端となった戦いだ。長いからよく聞いてくれ」
「昔々、あるところに二心同体で生まれた赤子がおりました」
「頭が2つ、腕が4本、足が4本の変わった体質の赤子でした」
「2つの鳴き声が聞こえてきました。兄も弟の区別もなく名前をハオストラとしました」
「しかし、成長するにつれ、ハオストラにはある能力が備わりました」
「それが、兄と弟に身体を分かつ能力でした。兄はバオストラという名前を、弟はパオストらという名前を授かりました」
「そして、兄のバオストラの方は暴食の限りを尽くしました」
「そして、弟のパオストラの方は暴飲の限りを尽くしました」
「そして、飲食を追い求めた兄弟は動物の肉を貪り、血をすすっていきました」
「ちょっと、食事中に気持ちの悪い話はやめてよ」
その時、スワンが文句を言う。
「じゃあ食事の手を止めればいいじゃねーか」
グラスがうんざりしたように言う。
「ロードが肉を食べられなかった理由がよくわかるな」
ハズレが言う。
「そ、そうだね」
スワンが我慢して聞くことにした。
「続けるぞ?」
ブケンが訊く。
「ああ」
「二人の兄弟は人々に恐れられました」
「ハオストラ兄弟は武闘の神髄を極め、あらゆる人間を超越しました」
「誰が挑んでもその兄弟には勝てなかったのです」
「兄のバオストラは動物や野菜や魚を食し、弟のパオストラは川の水やフルーツの果汁や植物の蜜を飲み干し、生きていきました」
「次第にハオストラ兄弟の食欲は人間たちにまで及びました」
「兄弟は人間たちを食い、飲み、暴食と暴飲の亡者となったのです」
「しかしそんな二人は暴食と暴飲の限りを尽くすと、あることに気が付きました」
「動物も野菜も魚も川の水もフルーツの果汁も植物の蜜もなくなっていったのです」
「そしてとうとう、食べるものがなくなった二人は、お互いを狙うようになりました」
「つまり、ハオストラ兄弟はお互いを食べたり、飲み干してやろうと考えたわけです」
「そして二人の武闘を極めた兄弟の戦いが長きにわたって続きました」
「弟の肉を食べる兄のバオストラ、兄の血を飲み干す弟のパオストラ」
「長きにわたったハオストラ兄弟の戦いは次第に体力を削り、空腹のあまり動けなくして行ったのです」
「そこで、動けない二人の元にある子供が現れました」
「その子供はどこで見つけたのか知らないリンゴを、行き倒れていたハオストラ兄弟に差し出しました」
「バオストラもパオストラもその子供を襲おうとはせず、リンゴをかけて最後の勝負に挑みました」
「そしてその結果、バオストラもパオストラも戦いの果て共倒れしました」
「兄弟は相打ちになったのです。動けなくなったハオストラ兄弟は諦めました」
「そして子供が言いました」
「二人で分ければいいんじゃない」
「その言葉を受け取ったハオストラ兄弟はリンゴを2つに分けて食べました」
「そして仲たがいしてきた二人は初めてわかり合いました」
「こうして、二人の兄弟は食べ物も、飲み物も独占せず皆に分け与えながら生きていきましたとさ」
「おしまい」
ブケンの長い伝説語りが終わった。
「結構怖い話だな……」
ロードが言う。
「そうだろうな。異世界の住人は怖がるかもしれないが、この世界の子供たちはこの話を聞いて育っている。そして今では、その二人の対決を習って武闘大会まで開かれるようになった伝説の戦いだ。皆の憧れでもある」
ブケンが箸を右手に焼けていた肉を食べ始める。
「おい、それオレが焼いていた肉だぞ」
ハズレが睨む。
「この様に食べ物の恨みは恐ろしいという話でもある」
「今の話のどこに、食べ物の恨み要素があったんだ?」
ハズレが肉を焼き始める。
「何年前の話なの?」
スワンが訊く。
「もう10万年前以上もの話だ」
モグモグとライスを掻き込むブケン。
「ブケン、お前はそのハオストラ武闘大会に出るんだよな?」
ロードが自分の肉を焼き始める。
「ああ、そこで優勝して賞金でこの一飯の代金を返すつもりだ。だからついて来てほしい」
「それはいいが、その大会はあらゆる異世界から来た選手たちが集まるんだな?」
「そうだが……まさか」
「ああ、その武闘大会オレも出てみようと思う」
ロードの決断は固かった。




