第191話 ディホースの覚悟
ディホースの下半身がフレアザーズ弟によって食われていた。
「ガツガツ……ガツガツ……」
くちゃくちゃとした生々しい咀嚼音が夜の街に響く。
「――――――」
ハズレは絶句していた。
「弟よ!! 後はこの俺の食事だぞ!!」
フレアザーズ兄は不敵に笑いながら、弟に声を掛ける。
「デ、ディホース……」
ロードが腰から後ろが無くなって倒れ伏す馬に、何もできずただただ見守った。
横たわる馬の側に歩み寄るロードはもう何の音も聞こえていない。
(ディホース)
(嘘だろ……何かの幻か?)
(下半身が無くなっているじゃないか)
「いただきまーーす!!」
フレアザーズ兄がロード諸共、ディホースに食い付かん勢いで飛び出していた。
「来るぞ!! ロードォ!!」
ハズレは事態の深刻さを理解していた。
ハズレの呼びかけに気が付いたロードは、ハッと我に返り竜封じの剣でフレアザーズ兄の牙に対応していく。
「――――くっ!?」
もはや体力の限界にあったロードはその牙を抑えきられなかった。牙が肩を掠めた。
その時、
(考えろこの状況を打開する策を……)
(もはやロードは疲れ切って戦力外)
(オレが一人で戦うにしても、炎系の攻撃は通用しない)
(たとえ酒を差し出して命乞いをしたところで今さらやすやすと返す気はないだろう)
(ならば、どうする奴らをロードから引き離して少しでも体力の回復をさせるか?)
(出来なくもない、ただオレへのリスクが高すぎる)
(でも、やってみなければオレもロードも死ぬことになる)
(やるしかないか……)
そうハズレが思案する。
「はっはーーーーさっきの力はどこへ行ったのやら!! 次は腕ごと噛みちぎってやろうか勇者とやら……」
もはや勝利を確信していたフレアザーズ兄。その声はロードに届かない。
「ヘイ!! こっちを見なよ!!」
その時、ハズレが無謀な賭けに出た。
「お兄ちゃん!! アイツがヤバいことしようとしてるよ!!」
「――――ん!?」
フレアザーズ兄弟が見たモノは、ハズレが酒の入った樽を破壊するところであった。
「な、せっかく手に入れた酒を!!」
フレアザーズ兄は顔を真っ赤にして吠えた。
「さぁ、次の分の酒樽を破壊されたくなければ今度はオレと遊んでもらおうか!!」
容赦なく酒の入った樽を破壊して中身を路上にぶちまけるハズレ。
(ロード、この隙にキミは回復に専念してくれ、5分くらいなら持たせてやるから)
「魔王様への献上品を!! 貴様よくも!!」
フレアザーズ兄がハズレに向かって炎を放とうとしていた。
「いいのかい? 残された樽はあと3つ、炎を吐く攻撃では樽は破壊されてしまうぞ」
ハズレはカモンと手招きをし、フレアザーズ兄弟を挑発していた。
「いいだろう!! まずはお前から食い殺してやる!! 行くぞ弟!!」
「うん!! お兄ちゃん!!」
フレアザーズ兄弟はハズレの元へと向かって行った。
ハズレは炎の剣アカユリヒメを構える。
そしてロードはというと、
(ディホースどうしてこんなことに……)
(駆けだして助けてくれたまでは良かった)
(けど、お前のこんな姿を見るために頑張ったんじゃない)
(下半身が無くなっているじゃないか)
(仕方がない犠牲だったのか?)
(オレが一刻も早く一方のフレアザーズを片付けていれば、二体同時の攻撃はなかったかもしれないのに……)
(いやそれ以前に豚さんや牛さんを食べていたら体力はまだ持ったのに)
自分の無力感に打ち砕かれようとしていた。
「ヒ、ヒーン」
横たわるディホースは弱々しくロードに何かを伝えようとしていた。
「助けてやるだって?」
ロードはディホースが何を言っているのか分かった。
「ヒ、ヒーン」
「――――馬鹿!! そんなことできるわけがないだろ!!」
「ヒ、ヒーン」
弱々しく鳴くディホースはロードを説得した。
「後ろを見てみろだって?」
ロードは後ろを振り返ってみた。見ればハズレがフレアザーズの猛攻をしのぎ切っていた決して有利な状況でもなかったが、
「ヒ、ヒーン」
「こんなところでうじうじしてたらハズレまでやられるって?」
「ヒ、ヒーン」
「――だったら、今すぐ助けに!!」
ロードは立ち上がろうとして目の前が真っ暗になり気絶しかけた。
「ヒ、ヒーン」
「もう、それしか方法はないのか?」
「ヒ、ヒーン」
「もう間に合わないのか?」
「ヒ、ヒーン」
弱々しくも覚悟を秘めた泣き声だった。
「分かった」
ロードはディホースの提案を飲むことにした。そうすれば確実に体力の回復が見込めるからだ。
「ヒ、ヒーン」
「いい主人じゃない。オレはこれからお前を――――」
ロードは涙ぐみながら答えた。
「食べなくちゃいけないんだから……」
ロードは決断した。