第169話 ディホースとの駆け引き
ヤマダシオ・近隣の森。
夕暮れはもう過ぎて真夜中となった森。
逃げ去った黒馬ディホースを追って行ったロードは完全にその姿を見失っていた。
(まだだ、まだ諦めるな! ディホースだって動物だ疲れは必ずやって来る)
(どこかで必ず休むはずだ。とにかくこの蹄鉄の足跡を辿って行けば行けるはず)
(それまで全力疾走だ諦めるなオレ! あの黒馬ディホースと一緒にレースに出るんだ)
足跡を手掛かりに逃げて行った黒馬を探すロードだった。
その時、森を抜け大きな湖の前に出た。
そうして見つけた黒馬ディホースが水を飲んでいるところを……
(いた! 見つけたぞディホース!)
(オレがついてきたことを悟らせないように慎重に近づいて……)
(ディホースの注意は、今水を飲むことに集中している。今度は手綱を握っても油断しない)
ロードなりに足音と気配を消しながらディホースに近づいていく。
(今だ!!)
そして隙に乗じて手綱を握った。
ディホースは手綱を握られた感触を知り、暴れて逃げようとした。が――
(さっきのような油断はしない、オレを誰だと思っているあの尻尾の魔王フォッテイルを止めた男だぞ)
ディホースはバランス感覚が狂い倒れ込んだ。
「――ディホース!?」
一瞬――気を抜きかけたが、さっきの不意打ちを食らってか腕に宿した力は一切緩めない。
「ヒヒーン!!」
暴れまわるディホース、しかしロードは腰をしっかり落とし全身で手綱を引き、走り去ろうとするディホースを止めていた。
「落ち着けまずは話をしようゼンワ語だ! 動物のお前にもこの声は届いているはずだ!」
しかし、なかなか収まりの利かないディホースだった。
それでもロードは微動だにしない。
「そんなに走りたいか?」
「ヒヒ―ン!!」
「そうか、お前は逃げたがっているんだな。人間から……」
ゼンワ語を取得したロードの前では馬の鳴き声だけで何が言いたいのかわかってしまう。
「ヒヒ―ン!!」
「そうか毎日鞭うたれ過酷な競争訓練に疲れたんだな」
「ヒヒ―ン!!」
「わかっている逃がしてあげるためにお前が悲しそうに鳴いているから逃がしてやろうと思ったんだ」
「ヒヒ―ン!!」
「じゃあなぜ手綱を離さないかだって!? 決まっているこれはオレのわがままさ」
「ヒヒ―ン!!」
「曲がりなりにもストンヒュー王国の国税を旅の資金にしているんだ。馬を一頭買ってはい逃がしてあげますよなんて話が合ってたまるか! 一度ぐらいレース馬になってもらうぞ」
「ヒヒ―ン!!」
「そんなにレースに参加したいのならオレを乗りこなしてみろか……いいぞ、その話乗った」
その時ロードは手綱をしっかり握り、タンとその場からジャンプしてディホースに飛び乗った。しっかりと跨り上半身を前に倒し振り落とされないようにしっかり踏ん張る。
「ヒヒ―ン!!」
「レースの日までにオレを振り落として見せろ! そうすればお前は自由の身にしてやる! ただしレースの日までにお前を乗り込ませて見せたらオレと一緒にレースに出てもらう! いいな!」
「ヒヒ―ン!!」
「上等か! わかったスタートだ!!」
その場でバンバン跳びまわるディホース。その脚力を持って振り落とそうとするディホース。グルグル回ってロードの目を回して落とそうとするディホース。
「何だ何だそんなものか! こっちはまだまだ落ちそうにないぞ!」
「ヒヒ―ン!!」
何とかしてロードを振り落とそうと必死になるディホースだった。
「どうしてそんなにレースに出たくないんだ?」
「ヒヒ―ン!!」
「そうか! もっと自由に野原や森を駆け巡りたいのか!?」
「ヒヒ―ン!!」
「だからオレは邪魔だと? そいつは違うな! お前はラッキーだオレみたいな飼い主に恵まれて、レースにさえ出場すればオレはお前を自然に返すと言っているんだ! こんな好条件はないだろう?」
「ヒヒ―ン」
「ああ本当だ。優勝が目的じゃない。あくまで参加したいだけだ。お前の走りたいように走らせてやる。それでいいじゃないか」
「ヒヒ―ン」
「だったら?」
「ヒヒ―ン!!」
「勝負だか!! 面白い振り落とせるなら振り落として見せろ」
ロードとディホースは2日間に賭けて壮絶な勝負を見せるのだった。