第165話 足の折れた黒馬
スワンがドルちゃんに乗り、ロードとハズレが荷船にいるその時だった。
「ヒヒ―ン!!」
遠くの方から馬の声がして来たのをロードは気が付いた。
「――スワンストップ!」
「――ドルちゃんストップ! 何どうしたのロード?」
スワンが不思議そうに振り向いた。
「声が聞こえた気がしたんだが……」
「何の声だい? 別に何も聞こえなかったような気がするけど?」
ハズレが荷船でくつろぎながら訊いてくる。
「ヒヒ―ン!!」
「馬の声か!?」
ロードはその声を頼りに馬の方へ荷船から乗り出した。
「さぁ買った買った!!」
馬を籠に入れた商人の声が聞こえて来た。
「足が折れてレースにも出られなくなった馬だ!! 値段は交渉次第、高いもん勝ちの金銭勝負だよ!!」
(足が折れた馬?)
「では1枚金貨からスタートだよ!!」
「オレオレ、オレが1枚金貨で買う!」「じゃあ2枚金貨で……」「いやオレは5枚金貨」
人々が金銭で競り合う。
「いったいこれは何の騒ぎだ?」
ロードが見知らぬ通行人に尋ねていた。
「何だい兄さん分からないのかい?」
見知らぬ通行人が答えてくれた。
「ああ、何か知っているなら教えてくれ」
「いいよ、何でもあの馬レースに出場するはずだったんだが、足を折ったみたいでねそれでレースに出られなくなってこうして競売にせり出されているのさ」
「せり出された馬はどうなる?」
「次の世代に勝負をかけるんじゃないか? まぁあの馬はオスだからメスを一頭飼っていたらの話だけど……」
「金貨7枚」「金貨10枚だこっちは!」「何だとそれならこっちは金貨15枚だ!」
次から次へと値段が上がっていく。
「――金貨20枚」
「兄さんも馬を買いに来たのかい?」
「いやオレは……」
「買いたければ気をつけな、この中には火付け役がいるはずだからな」
「火付け役?」
「そうさ、聞いてみな」
そう言われたので真剣に訊いてみる。
「21枚金貨でどうだ!」「こっちは24枚金貨出すぞ!」「苦しいが27枚金貨だ!」
「30枚金貨」
ロードは直感したこいつがジェントルマンな格好をした男が火付け役であろうと、
「ああやって商売人にあらかじめ客に混じらせて値段を吊り上げていくのさ」
「今のが火付け役?」
「そうだ。多分この競り争い金貨50枚以上と見た」
(金貨50枚か……懐に手を置くロード)
「まあ、馬の相場は3000枚金貨と決まっているからなぁ、未来に託すなら買うのも有りだ」
(皆、動物の命を何だと思っているんだ)
「おい兄さんどうした」
その男の声はロードには届かなかった。届いていたのは、
「ヒヒ―ン」
必死に鳴く馬の声の方だった。
「34枚金貨で……」「もうこれ以上はない36枚金貨だ」「貰った! 38枚金貨だ!」
「40枚金貨でお願いします」
火付け役は静かに宣言したそれからたむろしていた連中はざわついた。
「40枚だってよ」「いくら未来に託せるからって」「くそう金がない」
「さぁ、さぁ、誰でもいいですよ! 遠慮なく買ってください!」
その時ロードが静かに手を上げた。
「45枚金貨!!」
おおっと辺りにいた人たちから一気に注目を集めた。
「兄さん買う気かい!?」
「50枚金貨……」
ジェントルマンな男は引き下がらなかった。
「金貨51枚(これ以上の競り合いはないってさっき聞いたぞ)」
「金貨55枚」
火付け役が金額を吊り上げた。
「――何ぃ!?」
ロードは声を出して驚いた。
「――兄さんがいきなり出て来たから競りを上乗せしたんだろう。どれくらい持っているかって、ここは引いておいた方がいい」
しかしロードの耳に男の声は聞こえなかった。
「ヒヒ―ン」
聞こえて来たのは悲しそうになく馬の声だけ。
「金貨60枚」
遠慮なく持って行けという感じで宣言した。
その時火付け役は頷き、商人もそれを確認した。
「さぁ60枚だ! もういないかい! 金貨を出せるひとはいないかい」
「足の故障した馬を金貨60枚で買うやつはいないだろう」「そんなに金持ってない」「くっそ60枚か」
「いませんか? いませんよね?」
カランカランと鐘の音を鳴らす商人。
「落札! 黒馬60枚金貨で落札でーす!!」
「よかったな兄さん」
男が拍手を送って来た。その他大勢も拍手を送って来た。
「何? ロードどうしたの?」
人ごみをかき分けて進んでくるスワン。
「競売なんかに走って行って何のつもりだ?」
それについて来て不思議そうな顔で見つめてくるハズレ。
「金貨60枚で黒馬を手に入れた」
ロードは競り合いに勝った。