第120話 無限大に広がる異世界でおいしい水と出会えた奇跡
二人は夕食を食べていた。
ロードはミカンを食べ、スワンは梨を食べている。生で、
「これ何て食べものなんだ? 淡い酸味があって、そしてどこか甘酸っぱさの残る果物は……」
「それはミカンって言うの」
「スワンが食べているモノは何なんだ?」
「知らない? 梨っていう食べものなんだけど……」
「いや聞いたことが無い。どんな味がするんだ?」
「リンゴの親戚みたいな味」
「少しくれないか?」
「いやだ、食べかけなんだもの。ほら梨ならここにもう一つあるでしょっと」
手に持っていた梨を引っ込める。それも警戒心が強いように、そして別の梨をロードに向かって投げる。
「はいっと」
地面に落とさないように無事キャッチすることが出来た。
「なぁ、飲料店はやっていて楽しいか?」
唐突にロードが訊いてみる。
「えっ? まぁ……まぁまぁ」
スワンは下を向いてしまう。
「何だその歯切れの悪い言い回しは……まるでやっていても何も感じていないみたいじゃないか……?」
「別に何も感じないって訳じゃない、、、ただちょっと売れ行きが怪しくて困っているだけ……楽しいには楽しいけど、やっぱり売れてくれないとこちらのモチベーションも下がっちゃう」
「モチベーション?」
「やる気ってこと」
「まさか、諦めたりしないよな?」
「実はちょっと諦めかけてる」
「せっかくおいしい水を売っているんだ。オレも応援するからまだ飲んだことのない人に届けてくれ」
「どうしてあなたにそんなこと言われないといけないの?」
「諦めかけているからだ……スワンの出す水はどうやって作っているのかは知らないがおいしかった。これからも続けて、飲んだことのない人にオレが味わったその感動を分け与えてくれ」
「感動したの?」
「ああ、感動したこんなにおいしい水があるんだって感動した。これは奇跡の巡り合わせだと思ったよ」
「奇跡?」
「そう、この無限大に広がる異世界でおいしい水と出会えた奇跡だ」
「そう」
俯いた表情のスワンは口角を吊り上げた。言われた言葉が嬉しかったのだろう。
「原点回帰しよう」
「原点回帰?」
「まず何故、スワンは飲料店を始めたんだ? そのきっかけは何だったんだ?」
「わたしの飲料店のきっかけか~~」
「それを思い出せば、そのモチベーションとやらも維持できるんじゃないか?」
「長くなるけど話を聞いてくれる?」
「ああ」
「ある男の子が泣いていたの……」
「その子はね、わたしの故郷で出会った最初の男の子」
「その子は何時も泣いていた」
「何を話しかけても、どんな遊びに付き合わせても、、、」
「どんな勉強をしても、どんな食事をしていてもいつも泣いているような子だった」
「そういう心の弱い子だった」
「あるときわたしがその子を叱ったの」
「いつまでも泣いていると女の子にわたしに嫌われちゃうよっって」
「その時、男の子は余計に泣きだしちゃったの」
「わたしは見るに堪えかねてママとパパに相談したの」
「どうしたら男の子は元気になってくれるかって」
「そしたら愛情の水を飲ませてあげなさいって言われたの」
「それはわたしたちのいる異世界では常識だったけど」
「その男の子は異世界からやって来たから貴重な体験だったと思う」
「おいしい水を愛情いっぱい注いで作って見せた」
「そしてそれを飲ませた」
「すると男の子は顔を上げて笑顔でこう言ったの」
「おいしい水だねって」
「へ~~」
「その時の顔が忘れられなくて将来の夢が決まったの。いつの日か異世界に転移してたくさんの人においしい水を飲ませて、有名になってたくさんのチェーン店を作れるような飲料店を目指そうって」
「だから異世界を飛び回っていたわけだ」
「そう言うこと……」
スワンが焚火に薪を加える。
「じゃあ今の旅は楽しいものになっている訳だ」
「そうかもね、あなたの旅はどういうもの? 何か目指しているモノはある?」
「ある。最強の存在になることだ」
ロードは腰に掛けた赤い剣に誓って言い放った。
「ああ、昼間聞いた話しね。どうして最強になるの?」
「最魔の元凶がいるって話だったよな」
「ええ、ただの噂話だけど……それを無くしたいって訳?」
「そう」
「あなたの方が大それた夢ね」
スワンが夜空を見上げて星々を探す。
「いや、実現して見せる。この異世界に魔王が来てもオレはこの剣を持って戦うぞ」
「そう」
スワンは前髪をスルスルと弄りだした。
「どうした?」
スワンの顔色を窺うロード。
「いや、ちょっと不安になっていることがあって……」
「何だ?」
「もしかしたら、魔王はこの異世界にもやって来るかもしれない」