第八景 トルティーヤの冒険【タコス】[4コマ漫画つき]
海賊は出てきません。
※noteにも転載しております。
むかしと言えば、むかし。
あるところに、トルティーヤの少年がいました。
少年は、世界一のタコスになるために、じぶんに巻かれる最高の具たちを集めに、旅立つことにしました。
テキーラをあおる酒場で。
カスタネットのリズムで踊る、フラメンコダンサーのサルサソースと、ギターをかき鳴らす、マリアッチのチリビーンズ。
かぁんと晴れた空よりもまだ青い、ターコイズブルーのビーチで、こんがり肌を焼いたスパイシーなチキン。
奥深い山脈で、仙人のように暮らしていた、赤いポンチョをかぶったチェダーチーズ。
広大な砂漠に迷い込みそうになった、みずみずしいレタスとアボカド。
さあ、ついに最高の具たちがそろいました。
じゃあ、ぼくがきみたちを巻いて、世界一のタコスがうまれるんだ。
念願叶うと勇むトルティーヤの少年でしたが、そこに待ったがかかります。
「ちょいとぼうや。たしかにあたいたちを巻けば、世界一のタコスになるのかもしれないけどさ」
と、サルサソース。
「ぼうず。おまえに、おれたちを巻ききれるのか?」
チリビーンズも言います。
「なかみがだいじなのはわかるけど、そとがわだって大事っしょ?
おまえのことだぜ、少年!」
チキンがあおってやれば。
「はたして、おぬしの器量で。
このわしらを巻ききることができるのかのう?」
チェダーチーズが諭すように語りますし。
「てゆうかぁ。具だけじゃなくてぇ。
皮までイケてないと、だいなしじゃね?」
「世界一のタコスのまえに、あんたがまず、世界一のトルティーヤになりなよ」
レタスとアボカドは容赦がありません。
ですが、少年には返す言葉が見つかりませんでした。
みんなの言うことは、紅茶が沸くほど正論だったからです。
ここに集まった具たちとくらべて。
じぶんは、うすっぺらくて、面積も狭く、味や食感だって、とても世界一とは呼ばない平凡か、それ以下のトルティーヤ。
この個性的な具たちを巻ききる自信などありませんし。たとえ巻ききれたとしても、その良さを。平凡か、それ以下のじぶんがだいなしにしてしまいかねない。
涙目になった少年は、集まった最高の具たちに背を向けて、駆け出しました。
何処へかと問われれば、何処へともなく。
置き去りにされた具たちは、しばらくあっけにとられていましたが。誰から言い出すわけでもなく、それぞれの棲む地へと帰って行きました。
けれども、具たちは知ってもいたのです。
近い将来、あの少年は、いまと見ちがえるすがたになって戻ってくるはずだと。
厚みをまして、面積をひろくして、ゆたかな味と食感を身につけて——世界一のトルティーヤと呼ばれるほどのすがたになって、戻ってくるはずなのだと!
そのとき、具たちはまた。
この場所に、誰から言い出すでもなく、ふたたび集うことになるでしょう。
そして、ついに世界一のタコスがうまれるのです。
それまでは、少年の帰りを待とう。
具たちは信じて——それどころか、疑いのかけらもなく、待つことをえらびました。
疑いのかけら。そんなものを挟むのは、世界一のタコスの具としてふさわしくないからです。
そして、少年も。自分の帰りを、具たちが待ってくれているはずと、ちゃんとわかっているはず。
帰ってきた世界一のトルティーヤの少年が。待ってくれていた最高の具たち、それとおたがいを信じる心を巻きあげれば。
かならずや、世界一のタコスがうまれます。
そのためにも。
少年の冒険。
トルティーヤの冒険は、まだつづくようです。
真の冒険はこれからだ!!