第七景 大はずれ【アメリカンドッグ】
たまに食べます。
※noteにも転載しております。
べつに、コンビニに寄るのが好きなわけではない。
けれども、学校から駅への5分ほどの道。ちょうどなかごろ、まさに絶好の位置にこの店があるのだからしかたないだろう。
夏のひと涼みや、ほんの気まぐれにドアをくぐって。ペットボトルの飲料やグミをなんとなく、レジへと持っていくのは日常茶飯事だった。
「あ、おまえなに食ってんだよ?」
授業がおわっての、同級生との帰り道。
声をかけてきた今日の連れであるこいつ、模吹屋 楽太は。癖もないが害もない、クラスメイトとしては無難なやつである。
おれはいつものコンビニで、アメリカンドッグを買うと。店外に出るやいなや、そいつにむしゃぶりついていたのだが。
この表面の、ホットケーキのような甘い生地。こいつが好きなおれだから、ケチャップやマスタードなどかけはしない。
それどころか。
中のソーセージをかじらないように気をつけながら、丁寧に、外側の甘い生地だけを剥がすように食べていたのだった。
「てか、なんだよ、その食いかた?
ちゃんとかじれって!」
うるさい、余計なお世話だ。
おまえこそ、そのマスカット味のかき氷バーを、黙ってしゃぶってやがれ。
おれは楽太のことばを無視して、生地をかじりすすめていく。むきだしになったソーセージが、照れ臭そうな色をして、 1/4ほど露わになったころ。
そいつが見えはじめた。
中華まんの上に種類を焼き印するような、焦茶色をした文字。
あれがこのソーセージにも、入れられているようなのだ。
そして、見えはじめた、そのひと文字めは、どうやら『あ』。
「おっ、やった!
アイスあたったぞ、もう一本もらいっ!」
楽太のやつが、頬張りおわったアイスの棒を、見せつけるようにしてくる。
そこに書かれているのは『あたり もう一本』。
おいおい、だとするとおれのほうも……。
その予感をたしかめるべく、ふたたび、アメリカンドッグの生地をかじりすすめにかかることにした。
さっきにも増して、不思議そうな顔をこちらにむける楽太。
その横で、おれは不穏な予感を確信へと変えながら、ついに生地をすべて食べきったのだった。
棒にのこるのは、剥き出しとなったソーセージのみ。
そして、そのうえには、やはり焼き印状の文字で、楽太のアイスの棒と同じ文字が入れられていた。
『あたり もう一本』
やった! ——のか?
予感はすれども、そもそも予想などしなかったその表記に、喜んでいいのか微妙な表情をしていると。
「いや、それ嬉しいのか?」
楽太がつっこみをいれてくる。
「てか、『あたり』だとしてもアメリカンドッグなんて、一度に何本も食うもんじゃないだろ?
つぎに交換するときまで、そのソーセージとっとくつもりかよ?」
いや、そいつはいくらなんでも。
だったら、いいさ。アメリカンドッグのもう一本くらい、たいらげてやるよ。男子高校生の食欲なめんじゃねえ、と意気ごもうとしたおれに。
つっこみ気質の楽太は、さらにたたみかけるのだった。
「そもそも、おれのアイスの棒もそうだけどさ。
何回も使いまわされないように、そのもう一本と交換で、『あたり』ってお店に渡しちゃうわけじゃん?
そしたら、おまえの『あたり』は、棒じゃなくてソーセージなわけだろ?
それを引き換えちゃったら、一本めは皮しか食えてないから、あんまり得してなくねえ?」
そうだ!
おれは、べつにアメリカンドッグの皮だけが好きで、こんな食べかたをしているわけじゃない。焼け・茹で感のあまりない、このソーセージのこともちゃんと好きなのだ。
いっしょに食べられるものを、あえてべつべつに食べているだけであって。皮だけ食べて、ソーセージをとりあげられ、また新しいアメリカンドッグを与えられるだなんて。いったい、どんな顔をして二本目にかじりつけばいいのだろう?
「もし、引き換えじゃなかったとしても、食いかけのソーセージを見せに行かなきゃなんないわけだろ?
それってどうよ?
そこまでして、おまえ『あたり』を引き換えたいと思うか?」
そこまでまくしたてられて。おれはこれ以上なにも反論できずに、ソーセージをしばし見つめていた。
しかしそれは、しばしにすぎない。
おれは意を決すると、『あたり』の焼き印されたソーセージにかじりついたのだ。
これでもう、引き換えはできないな。
いいんだ。目のまえの一本を、きちんと食べてもやれないで。つぎの一本を手に入れて喜ぶような不義理を、愛するアメリカンドッグにしたくなどないんだ。
おれは、『あたり』の一本をふいにした悔しさをスパイスのようにきかせながら、ソーセージを食べきった。
となりではいつのまにか、あたり棒を交換してきた楽太が、うまそうに二本目のアイスを頬張っている。
ちくしょう。同級生のご満悦の顔を見ながら、おれは下唇を噛んだが、後悔はない。
損得感情より、アメリカンドッグへの愛情は深いものなのだから。
後悔はない。
だが当然のことながら、文句と、それについての疑問は残る。
なぜ、アイスのように棒に『あたり』の文字を入れてくれなかったのか?
そして、おれとおなじ想いをした人間たちは、店へとクレームを入れることだろうに。そしたら、コンビニチェーン全体のイメージを悪くする、おおきな問題となるのではないか?
そんなことを想い巡らせていたおれに、楽太は呆れ顔で言う。
「いや、『あたり』を手にしたやつが、たまたまおまえみたいな食いかたしてるなんて、どんな確率だよ?
ふつうは、生地とソーセージをいっしょにかじるから、あたってても気づかずに完食しちまうって」
そしてもし、『あたり』に気づかなければ、こんなもやもやした気持ちにならずに済んだはずだ。
つまりは『あたり』に気づいてしまったことじたいが、『大はずれ』だったのかもしれない。
そんなふうに考えると、とてもじゃないけれど、やりきれない気持ちになってしまい。。
おれは悔しいまぎれに、手に残ったアメリカンドッグの棒をへし折るのだった。