第二景 いらないポジション【野球】
ベンチメンバーまでの、全員野球!
※noteにも転載しております。
「ちょっと、相談いいか?」
あしたの試合も、応援にいくからと声をかけたぼくに。
クラスメイトの有渡部くんは、深刻そうな表情を見せた。
いつもの、試合中のまじめな顔とはまたちがう、おもいつめたかんじの。
あの顔は、きんってとんがってるかんじはしても、どこかきらきらしているんだけど。
いまのかれの顔は、なんだかどんよりしている。
なんか、あったのかな?
クラスでも、友達の多い有渡部くん。
勉強は苦手で、背も低いしスポーツもそこそこなのに。活発で元気をくれて。女子からは悪口も言われるけど、意外にモテることも、ぼくは知っている。
かれは草野球チームをやっていて。
他校のチームと、リーグ戦までやっているのだ。
市営のグラウンドを、お金を出して借りる。市民は安い値段で借りられるので、チームのひとりあたま、たいした額にはならないらしい。それを聞いて、なんかおとながやるみたいだなって、興味をもったぼくは。いつのまにか、応援がてら試合をみにいくようになった。
かれは野球が好きらしい。
だけど部活にはいって、うまくなるための野球をしたいのではなくて。
ただ楽しむための野球をしたくて、草野球リーグをつくった。
野球は好きだが部活をやる気はないネット友達が、市内の他校に何人かいることを知ったかれは、じぶんをふくめたその4人で委員会(!)をつくり。
学校ごとで4チーム——ただし、うちふたつは二校連合——で、総あたりのリーグ戦を企画・実行したんだ。
監督とは名ばかりの大人を、責任者に用意して。そのたび、つごうのつく大人を連れてくるのだから。毎試合、監督のちがうチームもあるらしい。
そこまでするなら、部活にはいればいいじゃないかって声にも。かたくなに、かれは言うんだ。
「おれは、野球を楽しみたいだけなんだって。
苦しさも、つらさも、ぜんぶうけとめたさきにある、喜びとかがほしくて、がんばってるあいつらとはちがうんだ。
いっしょにしちゃ、失礼ってもんだろ?」
うん、ぼくにはそれはわかる気がする。
ぼくだって、へたっぴだけど。イラストや、漫画の下書きみたいなの(ネーム、というらしい)をかいてるんだもん。うまくはなりたいけど、プロをめざして努力を重ねてるひとたちとは、やっぱりちがうよね。
でも、こっそりかいているだけのぼくとはちがって、その「好き」のためにここまでする有渡部くんのこと。部活動でがんばっているひとたちとはおなじじゃなくても、ぼくはかれのことをかっこいいっておもう。
その有渡部くんから、ぼくに相談なんて。
ちょっとかしこまった顔をして、姿勢をただすと。ぼくは、かれに話のつづきをうながす。
「あしたの試合なんだけど、うちの選手がひとり来れなくなっちゃって。
ふだんなら、対戦相手の選手をひとり借りるんだけど、あっちも人数ぎりぎりでさ。
グラウンド料金、払っちゃったし日程もあるんで。だったら、こっちは8人でもかまわないってことになったんだよな。
どこの守備位置なら、けずっていいとおもう?
おまえも野球好きなんだろ」
うん、好きなことは好きだ。
やるのはぜんぜんでも、野球ゲームや野球漫画は大好きで。だから、かれらの野球の試合だって、楽しんで応援しているんだ。7回あたりになると、声を出しすぎて、もうがらがらになっているくらい。
こんなぼくでよかったら相談にのるよって、こたえると。有渡部くんの表情は、ちょっとだけ明るくなった気がした。
まず、投手と捕手は削れないよね。
結局、内野手か外野手をひとり減らすってことになるんだろう。
内野手だと、各ベースを守る一塁手、二塁手、三塁手も必要だ。そしたら、削るのは遊撃手になるけど。一・二塁間も二・三塁間も、おおきくひらいてしまうため、ゴロが外野までころがってしまう。
かといって、外野手を削るとなると。
中堅手を減らして、右翼手左翼手のふたりで守るには、外野は広すぎる。守備シフトと、打球の方向・強さによっては、ランニング・ホームランなんてことにもなりかねない。
「そっか、やっぱり遊撃手か。
でも、それだと併殺とれないんだよな」
投手をやれる選手は、3人いるらしいが。球数が増えてしまうことを気にしているらしい。
有渡部くんは、ほんとに困っているようだ。
——よし!
意を決したぼくは、彼にもうひとつの考えを告げることにした。
「ねえ、もうひとつ。
削ってもかまわないポジションがあるよね。
ほんとは、有渡部くんも気づいてたから、ぼくに声かけてきたんでしょ?」
たずねるぼくに、かれはちょっと気まずそうな、だけどそれ以上に嬉しそうな表情をかえす。
そして、ぼくにかけてくれたひとこと。
そのひとことを聞けただけで、ぼくはこの馬鹿げた考えをかれに告げてよかったって、心からおもえた。
「ツーアウト!
ここ、点やらないで、守りきろう!」
ぼくは声をはりあげる。まだ6回だっていうのに、いつもに増してのどはからからだ。
それでも、ぼくは声をはりあげる。
グラウンドの横から、ではなく。
グラウンドのなかからだ。
借りものの、古いクラブをつけて。
ぼくは左翼手の守備位置についていた。右翼手よりは、守備機会が多いが。あちらほどの肩は必要ないし、遊撃手の選手がこまかに中継にはいってくれるおかげで、なんとかやれている——すくなくとも、チームメイトはそうはげましてくれていた。
「どうせ、削るんなら、応援をひとり削って。
そいつを、9人めの選手にしちゃえばいいんだよね?」
おずおずと言うぼくに。有渡部くんは、今まで見たことのないような笑顔をしたっけ。
「じゃあ、試合に出てくれるんだな?
ありがとう。おれたちもできるかぎりのフォローはするし、エラーや失敗なんて、いくらしたってかまわないから!
……でもさ」
ぎゅっと抱きしめられて、チークダンスでも踊らされそうないきおい。それにおされて、ちょっとだけ苦笑いを浮かべたぼくに。
有渡部くんは急にあらたまったかんじで、そのひとことをかけてくれたんだ。
「オーライ!」
そうは叫んでいたものの、なにがオーライなんだかわからないへっぴり腰で、なんとかフライを捕球できた。
スリーアウトで、グラウンドを出ていこうとするぼくに、チームメイトが声をかけてくれる。
有渡部くんの笑顔も、そのなかにあった。
「……でもさ。
おまえは、削ってもかまわないポジションだなんていうけど。おれたちは、おまえの応援に、これまですっごく助けてもらってたんだぜ。
それを、いらないものみたいに言うなよ」
ちょっとだけ、むっとしたように言うかれに、ぼくは一瞬だけことばを失ったけど。すぐに、ふふっと笑って台詞をひっぱりだす。
「足をひっぱるだろうけど、よろしく」
4点ビハインドの、7回表の攻撃。
まだ、勝てる! あきらめず、バット振っていこう!
ネクスト・バッターズ・サークルからかける応援も。グラウンドの外からかけるものとは、やっぱりちょっとちがう気がした。
これはこれで悪くない。
やっぱり有渡部くんの言うように、ぼくも野球が好きみたい。
有渡部くんたちといっしょにやる野球なら、もっと大好きになれるかもしれない。