1-1 アンドロイドは記憶喪失で夢を見ない
一面に広がる荒野。
まるで地表を、薄皮一枚めくって剥がしてしまったかのように何も無いその場所をふらふらと歩く一つの影があった。
まあ、オレな訳だが。
「……腹が減った」
変な夢を見たあの日から更に3日。
飲まず食わずで歩き続けてなお、まだ何も見えない。
酷い話だ。
オレの身体が頑丈でなかったら、もうとっくの昔に仏様になっていただろう。
というか虫一匹出て来ないってどうなってんだ。
この地平で動くものはオレだけになってしまったのだろうか。
「もし死んだのなら、オレに食われてから死んでくれ……」
誰に聞かせるでもないボヤキが口から漏れ出る。
こうでもしないと前に進む気力も出てこない。
そもそもどうしてこんな事になったのか。
小高い丘のような場所を登りながら考える。
もちろん自身のせいではない、と思う。
準備無しで無謀な旅をしたかったわけじゃない。
そもそも持ち物がなかったわけで……。
「って、あれ?」
小高い丘を上った先、原型を残した建物が散見できた。
今まで見てきた建物は、土台の部分しかなかったりロックなほどに開放的な天井をしていたりと、建物と言うよりは残骸というのが正しいものばかりだったのだ。
しかし、あれなら人が居るかもしれない。
多少テンションが上り、小走りで建物に向かっていった。
■
かつてはガソリンスタンドだったのだろうか。
そんな一角で数人の男が1人の少女を囲んでいた。
「嬢ちゃん、いいから言うことを聞きな」
「ああ、俺たちが守ってやっからよ」
「その代わり俺たちの下の世話をしてもらうけどな」
その言葉を境にガハハと男たちが声を揃えて笑い始める。
思ってた以上に下世話な話だった。
髪型はそれぞれだが、心にモヒカンと肩パット生えてそうだなこいつら。
飯と飲み物を期待してたが、これは望み薄かもしれないなぁ。
「必要ないし。そもそもあんたらより私のほうが強いんじゃない?」
囲まれている少女が気丈に振る舞う。
だが―――
「おお、可愛いねぇ。ぷるぷる震えてるのに強がっちゃって」
「身体は怖いよぉって言ってるよぉ?」
離れた場所から見ても少女の恐怖は明らかだった。
まあ、無理もない。
こんな人気のない場所で大の男たちに囲まれているのだから。
その気になればすぐに襲われるだろう。
そうなっていないのは運が良かったとしか言いようがない。
……まったく、仕方ない。
「―――あの~、すみません」
腹を抑え、ふらふらと声をかけながら近づく。
まったく、オレも何をやっているのだか。
「あぁ?なんだテメ……何だお前!」
「なん何だコイツ!?」
「いや~もしよろしければ、飲み物と食べ物をですね……」
男たちがこちらを見てザワつくが、とりあえずは無視して要件を告げる。
そう、元々要件があるのだから声をかける事自体は仕方ないのだ。
結果的に割り込むことになっただけ。
「おい、それ以上近づくんじゃねえ」
「……銃なんて物騒なもの、やめません?」
……流石に武装は予想してなかったが。
さて、どうしたものか。
男たちは全部で5人。
リーダー格と思われる男が拳銃を所持し、他は鉄パイプやナイフなどの思い思いの近接武器を持っている。
もう少し近寄りたいが……。
「おい、お前たち。やれ」
リーダー格が他の面々に指示を出す。
男たちはその言葉を合図に殴りかかってくるが――
それを待っていた。
殴りかかってきた男の顎に掌底を食らわせ、鉄パイプを奪い取る。
その勢いのまま次の男の腹に鉄パイプを叩き込み、足をかけ地面に叩きつける。
あと二人の男は息を合わせて襲いかかってくるが、片方には蹴りを、もう片方にはパイプを叩き込みついでにナイフを没収する。
……喧嘩は得意だった気はしないが、この身体だからだろうか。
イメージした通りにすべて伸してしまえた。
リーダー格は呆然とこちらを眺め、はっと気が付き引き金を引こうとするが、次の瞬間オレが投げたナイフが肩から生え、痛みからか拳銃を落とした。
「なんなんだよお前!?」
「―――こっちが聞きてえよ」
ふと本音が漏れる。
相手としたらこちらが得体の知れない化け物に見えるだろうが、それはオレ自身も変わらない。
本当に何なんだろうな、オレは。
っと、そういう感傷はあとにしよう。
相手から見て化け物に見えるのなら、こういう趣向も悪くないだろう。
「早く散れ。さもないと食っちまうぞ」
「―――ひぃ、死神だぁ!」
「化け物ー!」
オレの芝居がかった台詞に、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
ふざけて言ったのに、ここまで大げさにとられると割とショック。
いやまあ、オレがそっちの立場だったら同じ反応するかもしれんが。
はぁとため息を付き、少女に向き直る。
するとさっきの男が落としていった拳銃を少女は拾い、こちらへ構えていた。
「なんなの、あんた。何が目的?」
「目的ならさっき言ったろうに。5日も飲まず食わずなんだよ」
「嘘言わないで! 本当だったとして何を食べるつもり!? 人間?」
「好みは麺類かな。ラーメンとか食べたい」
淡々と質問に答えていく。
ひどく警戒されているらしい。
「一応助けたつもりなんだが、なんでそんな警戒されてるの?」
「自分の姿を見ればわかるでしょ」
少女は顎でガソリンスタンドに取り付けられたミラーを指す。
そこには、ボロボロのローブのような布を頭から被った、白い肌だか骨だかを剥き出しにして目玉の代わりに赤い光を眼窩に宿した、まるで骸骨のようなロボットというかアンドロイドの姿があった。
普通にホラー。
こんなもの出会ったら悲鳴を上げるところだ。
まあ、これオレなんだが。
「――――だよなぁ」
自身の姿をみればわかるという少女の言葉に同意する。
こんなヤツ、腹が減ってるって言われても訳わからんし、人を食うって言われたら納得する。
そもそも今の自分自身腹が減ってる事自体意味がわからん。
物食えるの? 機械なのに?
ある程度は食わずに過ごせたが空腹感がすごい。
なら食う必要があるんだろうが、理屈がわからない。
というか、空腹を意識したら――――
ぐうという間の抜けた音が響き渡る。
腹が鳴った。
それと同時に全身から力が抜ける。
さっきの戦闘が最後の力だったらしい。
「腹が減った……」
「……なんなのよ、もう」
少女が空を仰ぎぼやくが、その言葉も虚空に消えていった。