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第十一話 そう簡単にはお家に帰れない

「咆哮が空撃ちになったのは、良い誤算であった」

 

 普段あんまり表情から感情が判らないトーアベヒター錬成科長ですが、あからさまに嬉しそうです。


「次も同じであれば、カマス頭猟の危険度が変わる」

「次っていつですか」

「五日以降だろう。奴らにも縄張りがある。入れ替わるのに三日は掛かるからな。小船が様子見に行くのでそちらからの知らせ待ちだ」

「一匹獲れたら帰るんじゃないんですか」

「こちらの損害がまったくなかったからな。大筏も傷一つ無い。同行した漁師の能力も上がり、士気も高い。この機を逃すのは愚かだ」


 愚か者でいいから帰りたいのですが、帰ったら国に居る場所がなくなりますね。

 ラメール様にも三日は休めますから、と気休めを言ってもらいました。

 夕食の大宴会はめちゃくちゃでした。巻き込まれないように食事をしたらさっさと部屋に行きます。

 明日のご飯は漁師鍋みたいのが大量に用意してあって、好きな時間に食べられるそうです。一日中寝ててもいい。

 明日になると商人が貿易港から来て屋台なんかも出るので、三日はまったくお休みです。


 ご飯を食べに食堂に行くのも面倒なので、収納の中の携帯食で済ませて、昼過ぎまでだらだらしました。

 漁師鍋を一杯だけ貰って、屋台を見に行きます。小さい店が多いので、バザールより縁日に近い感じです。

 漁港では採れない果物を色々売っています。

 森の果物は美味しいけど、乳脂肪二十%以上のアイスクリームみたいのばっかりです。ちょっと軽くて美味しいのも食べたい。

 ロンタノはちゃんと付いて来てくれるのだけど、ムーたんは欲しい物があると、そっちに行きます。

 ラメール様は行くのは止めません。


「ムーたんおいで、それは買わないよ」

「めえ」


 弱目に抗議して戻ってきます。


「呼べば戻ってくるので、問題はありません」

「騎乗者を置いて行くこと自体問題なのでは」

「状況判断を自分で出来ないと、拙の乗騎には向かないのです。ここは安全だと判断しているのです」


 戻ってきたムーたんをよしよしされます。

 固定砲台のわたしと違って、ラメール様は接近戦をしなければならないので、砲手の他に運転手が必要なのですね。

 ちょっと変わった子なので、なかなか騎乗者が見付からなかったのだそうです。子供達に好かれているので、悪い子ではないはずですが。


「山羊ちゃん、食べる?」


 なんだかくたびれた感じの女の人が、拳大の黄色いジャガイモみたいなのを差し出しました。

 ムーたんはラメール様を見ますよ。


「や、それはいらない」


 美味しくないものでも、乗騎に食べさせてお金取るんですね。一般人でも乗騎をもっている人はいますから、この手の商売のやり方もあるんでしょう。ムーたんは引っ掛かりませんでした。

 ちょっと見直したので、ムーたんが欲しがる果物を買ってみました。橙色で大き目のプラムの見た目。

 いい匂い。でもすっぱい。完熟した梅みたい。匂い詐欺。


「山羊ってすっぱい物好きなんですか」

「ムーたんが好きなだけです。だからムーたんの好きな物は買わないんです」

「なんでおっしゃって下さらなかったの」

「女の人はすっぱい物好きな人いますから」

「そうですね、心当たりはあります」


 薬学科長と女子若干名がスダチだかライムだかみたいのをかじっているのを見たことがあります。あの人達味覚がムーたんと同じなんだわ。

 自分の通った同じ道を歩かせたいとか、被害者を増やしたかった気がしないのでもないのですが。そう言う事すると女の子は一生覚えてますよ。

 品行方正なだけのつまらない人ではないんだと、良い様に取っておきましょう。


 食べ残しはムーたんが食べてくれました。ロンタノに甘そうなのを頼んだら、ちょっとしっかりしたスイカみたいのでした。まあ、無難。

 貿易港から持って来ているので、見たことのない果物が沢山あります。大きくてもロンタノとムーたんが食べてくれるので、少しずつ味見が出来ました。

 わりと楽しいお休みでしたよ。

 ちなみに匂い詐欺を買って薬学科に上げたら、群がって来ました。酔香果と言うのだそうです。名は体を表す。


 四日目に、同じ場所からカマス頭が見えると報告が入りました。

 一応、以前からやっている咆哮の衝撃を二人掛かりの衝撃波で打ち消すつもりで行きます。

 口を開いたらわたしとセネアチータ殿が口に撃ってから衝撃波、打消しても一方的な攻撃になっても直後に一斉攻撃。

 一回目は安全のためにわたし達二人は下げられましたが、射線を開けておいてくれれば、後ろからでも撃てるんです。


 相手の居る事なので予定通りにはいかず、わたしが胴を撃っただけでこっちに向かって来ました。


「六属性の嬢ちゃんも撃っとくれ、嬢ちゃんも、もう一発じゃ」

 

 こんな時は百戦錬磨の人がいると安心です。

 わたしが撃ったら口を開きました。


「六属性の嬢ちゃん、弱くていいが撃てるか」

「はい」


 セネアチータ殿の攻撃が口の中に当たって湯気が出ました。衝撃波ではレーザーは押し返せませんからね。

 口を閉じて突っ込んできたところに衝撃波の十字砲火に合わせたレーザーを二発、後はまったく同じでした。


「なんとか、殺す前に血が手に入りませんか」


 薬学科長が変なことを言い出します。


「断末魔の一撃が残っとるもんから血は抜けんじゃろ」


 老師様が至極当然のお答えをなさいます。


「走り鎌を獲りに行きますよね?」

「其の内行くじゃろ」

「落とし穴を掘ったところに誘導出来ませんか」

「やってみねば判らんな」


 何言ってんの? 走り鎌ってなに?

 もう怖いからって聞かないのは止めて、現実と向き合うことにしました。走り鎌ってなんなのか、ラメール様に聞きましたよ。


「二本足で走る亜竜です。前傾姿勢で走るので、正面から見たよりかなり大きくて、前足は一本で片手剣になる爪が三本生えています。それが鎌に見えるんですね」


 魔獣化した肉食恐竜でした。前足はそれなりに太くて長いそうです。恐竜そのものなはずがありませんよね。

 棲んでいる森の前の平原に大きな牛がいて、それを狙うのですが、牛は自分より強い者に襲われたら霊気の薄い方に逃げます。

 深追いしてきたのを、上手くすれば両方獲れるのだそうです。ほとんど深追いになる前に牛が捕まるそうなんですが。


「走り鎌を獲るとしたら遠征になります。普通は広原牛を獲る時に襲われて、強い人が居れば返り討ちにするもので、あれを獲りに行くのではありません」

「色々と急に決まって、何も判らずに着いて来ていたのですけど、カマス頭はどうやって獲っていたのですか」

「今までは漁師が襲われて人間の味を覚えたのが、港の近くまで来て討伐されていたのです」


 大イノシシと同じで普通に狩ってるんだと思ってた。

 わたし、騙されたんだわ。


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