第一話 なんの特典もなしに小役人の娘に転生したのだけど
わたしの名前はサピエンティア。十五歳。王立初等科官仕育成学問所を先日卒業致しました。
実はわたし、前世で日本人だった記憶があります。ただ一般的な知識があるだけで、自分が誰でどんな死に方したのかも判りません。
転生特典とか何もないのですが。まあ、四則演算は出来ましたし、文字もかなり早くから読めました。それだけですね。
生まれた国は中世的な封建主義国家で、公務員は行政も全員身分は軍人です。
階級は番卒、番長、番頭、兵士、兵長、兵頭、少尉補で後は尉官、佐官、将官です。
気候は亜熱帯くらいです。人間は日本人より掘りは深いけど肌は浅黒くヨーロッパではなく、古代エジプトやアラビアみたいなところです。
建物も錬成術で作った薄茶色の煉瓦か、直方体に整形した石造りで、だいたい直方体か円筒です。
両親は市役所の民生課みたいな庶民の相談事に対処する小役人をしております。兵頭なので、下士官でしょうか。
呪文を唱えるような魔法はないのですが、所謂属性があり、人間が適性のある属性は地水火風光雷心です。
霊気を硬質の闘気弾として撃ち出したり、属性を乗せて撃ったり出来る、ファンタジー寄りの武侠小説みたいな世界です。
わたしは光属性に特級の適性がありまして、在学中からレプティス国国土省王都建設管理局道路管理部道路保全課街灯保全係のお仕事をさせて頂いて、現在は発光石補充役番長です。番卒の次なので、一等兵くらいでしょうか。
街灯などのエネルギー源になる光属性の畜霊石に自分の霊気を充填するお仕事です。
光は属性弾にはならないので、戦闘用には向きません。強力なサーチライトみたいに目晦ましには使えますが。
それしか適性の無い単属性でも、攻撃に使える特級なら、一級三つより貴重なんですけど。
この歳ですでに雑兵より上の階級なので、小役人の娘にしては出来が良い方なのですが、光属性特級以外の取り柄がありません。
このままだと将来はずっと発光石補充役で、兵頭の下の兵長止まりです。何十年か勤めると忠勤昇進で兵頭にしてもらえます。
江戸時代の同心の子はいくら頑張っても同心だったわけで、ちょっとでも昇進できるだけ有り難いと思わないといけないのですが。
でも、折角の異世界転生なのに、一生光源用充電池の充電役をして過ごすのは如何なものかと。
幸いお金はあるので、王立大学院中等霊法強化講座の聴講生になりました。もしかしたら、別の属性が生えてくるかもしれませんから。
普通は十歳の適性検査で出てこなかった属性は生えないのですが、わたしは転生者ですので。この五年何も無かったわけですけども。
雷くらいは可能性があるんじゃないでしょうか。中世封建主義国家の現地人と違って、電気に付いては知識がありますから。
そんなわけで、今わたしは王立大学院中等科の入学式を後ろの見学者席から見ています。
前にいる入学生の中には、先日まで一緒に学んでいた子もいるのですが、もう会うことはないでしょう。
彼らは文官のエリートを目指しているので、同学ではない子供の時の知り合いに構っている暇はないはずです。
学院長先生の有り難いお言葉をぼうっと聴いている内に式は終わりました。
学院長先生は日本人だと三十代後半くらいに見えるのですが、百歳近かったはずです。能力の高い人は男性でも見た目は老けにくくて、霊気を感じられるくらいに近寄ると、偉大なお方なのが判るのです。
学院の中を見学させてもらえるので、係りの人に付いて行こうとしたら、別の職員の女性に呼び止められました。
「サピエンンティア発光石補充役番長ですね」
「はい、さようですが」
「学院長先生からお話があります。付いて来て下さい」
「はい」
他に答えようがありませんね。
見学者の群れから独り離されて、だだっ広い薄暗い石造りの廊下をどこかに連れて行かれます。悲しい子牛の歌が思い出されます。
どんどん状況が悪化するかの如くに奥に向かい、何度か階段を登った挙句、立派としか言い様の無い立派で大きな扉の前に着きました。「全ての望みを捨てよ」とか書かれてないだけが救いです。、
「よいですか、失礼のないように」
「はい」
「サピエンティア発光石補充役番長を連れてまいりました」
案内の人が言うと、一枚板に見えた彫刻入りの扉が真ん中から割れて開きました。
学院長先生が大きな机の前に座っていらっしゃるのですが、なにか妙です。
「それは鏡だ」
左側から声がして、案内の人に促されてそちらに行きます。正面は手品のトリックのように少し斜めの壁一面の鏡でした。
「入って来るなり物を投げ付ける奴がいるのでな」
「そんなことをして、よいのですか」
つい、勝手に発言してしまいました。
「そなたには信じ難かろうが、そのような連中を一々首にしていたら、人手不足になる。ここはそのような処だ」
「はあ?」
「王国最高学府の虚像と実態の差はどうでもよい。そなたを呼んだのは、第二錬成科長のトーアベヒターに協力してもらいたいからだ。あれが、強力な光を必要とする、れいざあと言うものを研究している」
錬成師は自分の霊気を物質に流して変形させられる能力を持つ人です。金属を手で捏ねて製品を作れちゃったりします。
「レーザー、ですか?」
「そなた、名を聞いただけで理解しているのか!」
ここで隠すと、下手すると国外追放じゃすまない事になるかもしれないので、白状します。
「はい、実は、前世でそのようなものがある世界で生きていた記憶があります」
「なんと! なぜ黙っていた。有力な情報を得られたであろうに」
「それが、もう一昨昨日見た夢のようなもので、レーザーについても、光を収束して位相を揃えて撃ち出すくらいの事しか判りません。作り方などはまったく知らないのです」
「それだけ判っていれば十分だ。光が攻撃法術になるのを理解させるだけでも一苦労だと言っていた。トーアベヒターの一番弟子が、異界の集団記憶を読み取る特異な感応力を持っている。仔細はそちらから聞けばよい。すぐに向かえ」
学院長先生のお言葉に従って、今度は中央講堂の外をどこまでも歩かされます。わたしが協力するかしないかなんて事は、すっ飛ばされてしまいました。断れるはずもありませんが。
たしか地球の地平線は五キロなかったかな。意外に近いのよね。そんな事を考えながら歩いていると、円形校舎なのか砦なのか、結構がっちりした石造りの平たい円柱型の建物が見えて来ました。入り口の前に、若い男の人と十歳未満と思われる女の子が立っています。
「ワイサイト助教授、トーアベヒター科長はどちらですか」
案内の人が、学生かと思った青年に聞きます。助教授なのね。准教授よりそちらが馴染むような。死んだのが幾つだったのかも判らないけど、それなりの歳だったのでしょう。
「教授会に呼び出されました。セルビアーナさんが入学式が終わってから新型の爆音雷の実験をしたのが気に食わなかったようです」
「今日一日くらい大きな音を出さなくてもよさそうなものですが」
「それ言うと真夜中にやりますよ。そう言う人だから、他国が買いに来るほどの物が作れるんです。式が終わるまで我慢しただけ偉い」
ここはどこ。お家帰りたい。