三話
アタシのバッグには今、スタンガンが入っている。
もし今、授業中のこの教室に暴漢が入ってこようモンならアタシがスタンガンをビリビリっとさせてパタッと倒せるってワケ。
武器がバッグに入っているという事がアタシのハートをブルブルと震わせていた。
フゥゥゥゥ‼
……風花は今何してるんだろ。
中学の時みたいに真面目にノート取って授業受けてるのかな。
それとも友達と放課後どこに遊びに行くかコソコソ話でもしてる?
もう、アタシの知らない風花になったのかな。
――小学校三年の時、風花は虐められていた。
あまりクラスの子とも話をせず、休み時間は黙々とノートに絵を描いていた風花は、『変わってるヤツ』とみなされ、イジメの格好の的だった。
アタシは休み時間には男子に混じってサッカーをするような子供だったから、風花がイジメられてると知るのに遅れてしまった。
気づいたのはそろそろ四年生に進級しようかという二月の雪の降る日だった。
放課後、積もる雪をザクッ、ザクッと踏みしめて歩いている時、風花は自分から告白してきた。
「わたし、いじめられてたんだ」
「えっ?」
「あかりちゃんは外で遊んでたから気づかなかったかもしれないけど、わたし休み時間にいつも図工室に連れてかれてたの」
「クラスの女の子に、『アタシらの似顔絵描け』って言われて。初めは頑張って描いたんだ。そしたら『ブスに書きやがって』って殴られちゃって。酷いときは鉛筆で頭刺されたりもしたよ」
アタシは全身が凍ったように固まり、それと同時に風花に怒りの感情が湧いた。
絶対に湧いてはいけない感情だった。
「そんなさ! 大事なコトなんでアタシに言ってくれなかったの⁈」
「わたしがみんなを可愛く描くようにしたらね? キゲンも良くなってすっかり収まったの。そのおかげで絵も上手くなったし。無駄じゃなかったなーって思ってるんだ」
「バカ言わないでよ!」
「なんでイジメられてたのにそんな事が言えるの? おかしいよ風花! そもそも先生には言ったの? てかクラスの誰? 明日そいつらボコボコにしてやるから!」
「ふふっ」
風花は下に俯きながら笑うと、顔を上げてアタシの眼をじっと見つめた。
「わたしがあかりちゃんにして欲しいのはね、そんな事じゃないの」
「ただ『気づかなかった』って言って欲しいだけ」
「先生にも言ったよ? そしたら『気づかなかった』って言って泣いてた。『ごめんなさい』ってわたしの腕をつかみながら何度も謝ってた。わたしはそれで十分満足だった」
「あかりちゃんはいつも『困ったコトがあったらアタシが何とかするから』ってわたしに言ってたよね。わたし、ずっと困ってた」
言葉が出なかった。謝ろうとも思っても言葉がどうしても思い浮かばない。
それからはアタシは常に風花の傍にいた。風花の変化に気づけるように。それからは今までよりずっーと仲も良くなったし、風花の笑顔も増えた気がした。
アタシは風花を誰よりも知っている。きっと昨日の事もアタシが風花をより理解できるようになるためのチャンスなんだ。
「来ないなぁ……」
陽もすっかり沈んだ七時十分。駅前の広場が見渡せるカフェの窓際に座り、外を眺めていた。
アタシがここにいる理由は二つある。
一つは風花に直接会って昨日の事を謝りたい、ということ。
二つ目は風花の周りに怪しい奴がいないか見張るため。
二時間前に頼んだミルクティーは氷も溶けきって水っぽい白茶色の液体に変わっている。
「今日はもういいか……」
バッグを持って立ち上がったとき、広場を照らす街灯の下を通る独りの小さい女の子が見えた。
「風花だ!」
「……!」
風花の存在に気づくとともに、後ろを歩く男の存在に気が付いた。
スウェット姿の男だった。