二話
「明里---! 昼休み終わるよ―――起きて―――!」
机の上で畳んだ肘から頭を持ち上げる。 爆睡してたせいか机に涎があることに気づき、シャツの袖で隠して振り向くと、クラスメートの優子と紫帆が立っていた。
「なに?」
「さっき廊下で聞いたんだけどさ、ウチの高校でも失踪した生徒出たらしいよ? 先生たちは言わないけど結構騒ぎになってるっぽい」
「マジ⁈ てか昨日ワタシの家の近くにグレーのスウェット男いたよ⁈」
「ちょー怖いんだけど! 明里もウチらと一緒に帰ろうよ」
「うん。いいけど……」
今日、アタシは風花を守ると決めた。何ができるのか分からないけど、とにかく風花に悪いことをする奴をボコボコにしたい。
ただ風花はアタシに会うのを多分嫌がっている。だけど……
「ちょっと駅前の方寄ってかない?」
アタシは決めたんだ。
「ねーなんで寄り道するのー?」
「先生にダメって言われてたじゃ―ん」
「く、クレープ食べたくて! 最近新しいお店出たって聞いたから」
風花のお母さんから駅の近くにアパートを借りているという話は聞いていた。
だから多分、駅の近くで待っていれば風花が来るハズ。
「これメチャクチャ美味いんだけど!」
「マジ⁈ ウチのもめっっちゃ美味いから食べてみ!」
「……」
アタシは女刑事のごとく、クレープを頬張りながら駅から出てくる人たちを見張る。
「ねーあかりはなんで駅の方ばっか見てんの?」
「ウチのクレープ食べて機嫌直せってさ~」
「別に機嫌悪いわけじゃないけど……」
ぱくっ
「あっうんまっ……」
「でしょでしょ!」
「ってこんな事してる場合じゃなくて!」
ハッとなって駅の方を振り帰ると、水仙高校の制服を着た4,5人のグループがぞろぞろと現れた。
その中に一際小さい女の子が見える。
「ごめん! やっぱりアタシ一人で帰るから! 今日はありがとう! また明日ね!」
クレープを口の中に放り込むと、一目散に走った。
「……アイツほんとどうしたの?」
「カレシじゃない?」
「ふーかっ!ふーかっ!」
アタシが駆け寄ると、水仙高校のグループは風花の方に振り向いた。
風花はアタシと目を合わせたあと、申し訳なさそうに小さい声で呟いた。
「わたし今日はこの人と帰るので……みんな先に帰ってください」
二人っきりになったあと、数秒間の沈黙が続き、それから風花が口を開いた。
「お茶でも飲む?」
「ここよく来るんだ。雰囲気が好きで」
アタシと風花は駅から少し離れた喫茶店に行った。
「確かにいいお店だね……」
ストローを指でつまみながらアイスコーヒーを飲む風花。いつからそんな苦い飲み物飲めるようになったんだろう。
「急にどうしたの?」
「急にって、ずっーと連絡くれなかったふうが悪いんだよ⁈」
「確かにそうだね……でもわたしなりの理由があったの」
「理由?」
「わたし今までずっーと明里ちゃんに頼ってばっかだったから。高校落ちた時に決心したの。『もう一人でなんでも出来るようになるぞ』って」
「だからメールも無視しちゃったの。明里ちゃんに弱音ばっか吐いちゃいそうで」
「今は学校でも友達が出来て、楽しく過ごせてるよ。わたし、明里ちゃんがいるとダメ人間になっちゃうの」
風花はニコッと微笑んだ。それはアタシが見てきた風花の表情とは微妙に違ってみえた。
手元のミルクティーをガバッと飲むと例の失踪事件の話を思い出した。
「てか水仙高校で失踪事件起きたじゃん! 風花大丈夫なの?」
「あー。あれね。本当に怖い……」
「アタシはそれが心配で来たの! 風花を守ろうと思って……」
「守る?」
「今日から風花を家まで送り迎えしようと思って! 風花の家の場所知らないし……」
「そんな事しなくていいよ……わたしの家汚いから、片付くまで明里ちゃんに来てもらいたくないの」
「で、でもっ心配だし、アタシは風花が事件に巻き込まれないか本気で心配してるんだよ?」
「明里ちゃん」
冷たく、落ち着ききった風花の声が耳に響く。
「わたし達同い年だよ? それなのになんで『守る』とか言ってくるの?」
「わたしは明里ちゃんの妹じゃないよ」
風花は少しため息をつくと、財布から千円札を出して椅子から立ち上がった。
「これで払っといて。じゃあね」
声を出そうとしたが口が開かず、引き留めようと思ったが体が動かなかった。
スマホの時計は六時二十分を指し、陽は徐々に沈みかけていた。
『わたしは明里ちゃんの妹じゃない』
喫茶店を出てからも、この言葉がグルグルと頭を回っていた。
風花は今までずっとあんな事を考えていたのだろうか。アタシは風花にとって邪魔な存在だったのだろうか。
自然と涙がポロポロとこぼれていた。
でも同時に、「風花にアタシの良いトコを見せたい」という感情が湧いた。
風花が怖がっている失踪事件の原因を突き止めれば、風花はアタシを認めてくれて仲直りしてくれるはず。
頬に伝う涙を手のひらで拭い、決意を固める。
アタシは家の帰り道に護身用具専門店へ立ち寄った。
スタンガンを手に取ると自然と笑顔が込み上げてきた。
そっか。これがアタシが求めていた″イベント"なんだ。
アタシのルーティーンが変わる、そう考えると体が震えているのが分かった。
意気揚々とスタンガンをレジに持っていく。
「お会計が八千五百円になりまーす」
……値段には目をつぶろう。