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Juliana Cornet ― 6



 初等部の終わりに『妹から逃げること』を目標にした私は、それから必死に努力を重ねていく。


 中等部に入学し、必死に勉強した。課外活動では王国語を学ぶ。両親に頼み込んで、連合国ではなく王国の私立高等部数ヵ所に願書提出をする。


「奨学金が貰えるところにしか進学するつもりはないの。でも、渡航費や生活費とかはどうしてもかかっちゃう…」

「ユリアナ、その事なら気にしなくていいんだよ」

「そうだぞ。お前のしたいようにすればいい」


 その話は、もちろんメアリースのいないところで話すようにした。彼女の影響を受けない状況では、両親は私の希望を受け入れ、背中を押してくれる。学費も自分達が出すと言ってくれたが、メアリースの学費とかち合ったときに私が優先されるとは思わなかったので――――


「やった!奨学生として入学できる!」


入試で特待生の権利を勝ち取って、1年目の学費を確実に免除された状態に整えた。2年目以降は、学校から奨学金等を受け取れなければ別の活用できる制度に頼れる…といいなあ。どうにもならなくなったら親に頼るが、そのような場合、メアリースの進路がどこであれ私は王国で大学生にはなれないだろう。


(とりあえず今は、目の前のことを)


 メアリースに海外進学の報告をし、泣き出した彼女に付きっきりになった両親も置いて家を出た。なけなしの荷物を持って港行きの列車に飛び乗り、港からは船に乗り換えて、住み慣れた大地とおさらばする。


 陸を離れる船から、平行四辺形のような大陸の一部を眺める。住居がひしめく海沿いの住宅街の向こう、畑や森があるだだっ広い平野。


(家は…あの森の横か。意外と見えないもんなんだなあ)


 故郷というのであろうそこを離れるのに、悲しいとか、辛いとか、そういう感想が無かったのは、きっとそういうことだ。


 数日の船旅を終え、次に踏んだ大地は王国語が飛び交う賑やかな港町だった。西日に輝く海を眺めながら、駅へ向かう。


「ユリアナ・コルネイトさんですね?」

「はい。これからお世話になります」


 異国から入学するのは私だけなのに、わざわざ山を降りて迎えに来てくれた寮母さん。彼女と一緒に、寝台列車に乗って首都へ向かう。私たちだけの二人部屋だ。


「ひとりで海を越えてきたの?」

「はい。列車も、船も、チケットだけはとってあったので問題ありませんでした」

「まあ………頑張りましたね、コルネイトさん」


 寮母さんに驚かれ、感心された。彼女のような反応はこの旅で駅員、船乗り、乗船客等からも多く見てきたが、感心と共に贈られる労いの言葉にはまだ慣れない。


「これから何かあれば、私や先生に相談してくださいね。あなたはこの年で異国へ来た勇気ある女の子です。ならば、私たちもその勇気に応えなくては」

「…ありがとうございます」


 寮母さんの笑顔に頬を緩ませる。それが現時点でできる私の最大限の感謝だ。


 遠い昔から山を削り続けている川の横を列車は走る。連合国の居住地域は平野ばかりで山とは縁遠い生活をしていたので、窓の向こう、目前に迫る壁のような山々には驚きの連発だ。


「すごい…」

「これを含めた連なる山々に囲まれた場所が、これからあなたの学び舎となるのですよ」

「標高も高いですね。ちょっと空気が薄く感じます」

「数日もすれば慣れるでしょう。いつしか山を登って、もっと標高が高いところでキャンプを楽しんだりするようになりますよ」

「山の上」

「星空が綺麗なんです」

「お星さま」


 標高が高いと、見える星も輝きが違ってくるのだろうか。気になることはたくさんある。興味は尽きない。


 そうしている間に日が沈み、私たちは食事を済ませて寝支度を整える。


「到着は明日の朝です。おやすみなさい、コルネイトさん」

「おやすみなさい、寮母さん」


 ベッドに潜る。寝台列車なので狭いが、小さい体には十分だ。


(不安は…あるけれど、選んだのは私だ)


 母語とは違う響きの言葉に囲まれた寂しさは、これから慣れていくしかない。そう割りきって、ベッドの中で目を閉じた。



 次に目を開ければ、私は国立王都大学の学生になっていた。ひとり異国にやってきて、早7年といったところか。


(胃痛が止まらない生活)


 毎日のように研究データとにらめっこする傍ら、就職活動に精を出す。ユリアナ・コルネイトの成績は上々…どころか上から数えて最速にいたのは幸運だったが、異国の人間であることはどこへ行ってもついて回る。更に女ということも『リスク』とカウントされてお断りをされることがしばしばあった。


(卒業してから早めに就労ビザに切り替えられないと、状況によっては帰国になってしまう…)


 頭を抱える。教授に進学を勧められるような状況だが、院に進学を決める学費のアテはない。メアリースが私立高校に進学を希望したあたりから親との手紙のやりとりは無くなった。『メアリース人生初の受験』に両親は付きっきりになり、案の定私は忘れ去られたのである。


(分かっていたけれどね)


 メアリースが初等部を卒業する前から連絡が途絶えがちになっていたが、バイトが解禁される大学進学を期に送金が止まった。私が高等部と大学の学費を給付型奨学金で賄っていることを忘れたようだ。特待生制度に感謝しかない。生活費は自分で稼いできたが、もう限界だろう。


 そんな状況なので進学はあり得ないが就職先がない、しかし王国から出たくない、矛盾しかない自己中心的思考にのたうち回っている。決断の期限は今月末。


 そんな時、私は出会ってしまった。


「――――此方側に興味はないか?」


 背後につかれた気配もなくかけられた中性的な声。驚き振り返って、しかし何度見ても男とも女ともとれぬ姿。その人は私に採用試験の案内をした。


「もしも試験に通れば、お前の望みは叶う」


 誰よりも威圧感や存在感があるのに、案内を終えて背を向けたその人は違和感無く街中へ溶け込んでしまう。いてもいなくても変わらない、闇に溶け込む影のように。


(…私も、存在はそんなようなものか)


 ビザがなければこの国には受け入れられず、血縁があっても両親には忘れ去られる。私の存在はどこにいても宙ぶらりんだ。


(………私は、この国にいたい。この国で存在を認められたい)


「やろう」


 そうして私は死ぬまで口外できぬ、秘密の試験を受けた。運良く問題を解決し、試験を突破した私に、その人は言った。


「貴様は今日から『月光』だ」


 ユリアナ・コルネイトを、連合国の籍を、私の過去全てを捨てる。いよいよ何者でもない私になった。


「はい、『暗月』」


 名も無き私は、秘匿された王国の諜報機関『宵闇』に所属する機関員『月光』として存在を得る。【念写】のギフトが発覚したのは想定外だったが、機関員として私の存在はここに許される。


(幻影に幻影を認めてもらうなんて、おかしな話だけれどね)


「でも、文句はない」


 これが、『月光』だ。



 ***



「――――………」


 目を開ける前に、自分は『ユリアナ』だと念じてから目を開ける。明るい室内で、手元には読みかけの学術書があった。そういえば、大学図書館で海向こうの大陸の資料を読んでいたのだった。


(懐かしい夢だ)


 ちょうど開いている頁は連合国と王国の近代史外交。本の内容と、エルザ嬢とのやりとりで『ユリアナ』の記憶が呼び起こされたらしい。懐かしいとは言ったものの、もう捨てたものだ。取り戻すつもりは一切ない。


(まあ、今は『ユリアナ』だから覚えていないとコピー元から外れてしまう)


 そういって覚えていようと努力する必要があるのも『月光』に戻るまでの期間だけの話。この任務が終われば、私はまた名前も存在も無い『月光』に戻るのだ。


 本を閉じて立ち上がり、書架に本を戻す。荷物を持って図書館を出ようとした時、司書のお姉さんに声を掛けられる。


「コルネイト先生」

「はい」

「来客の方からこちらを預かっています」


 メモ書きのようなものを渡され、内容を読む。


(もしよければ、18時に正門前で。朔の空)


 む…とそのメモを凝視してしまう。平文で記されたこれは間違いなく指令書でも何でもないただのお手紙だ。朔の空。そんな名前の友人はいないので、新月の空ということか。新月は別名を暗月、暗月の空というなら、『暗月』の上司…国王陛下ということでいいだろうか。難しい、面倒くさい。


 メモを睨んでうんうんと考えていたせいか、司書のお姉さんが心配そうな声音で話しかけてくる。


「あの…次からは受け取らない方がよろしいでしょうか?」

「え?あ!いえ、大丈夫です。問題のあるようなことでは一切ないので」


 いらぬ心配と誤解を生んでしまった、申し訳ない。司書のお姉さんにお礼を言い、時計を確認すると17時50分。あと少ししかないではないか。


(私が18時以降まで本を読んでいたらどうするつもりだったんだろう…)


 半ば駆け足になりながら正門へ向かう。相手が相手だ、遅れてしまうわけにはいかないし、何より待たせるという行為が許されない気がする。もしも職務の一環だったら遅刻厳禁。


 なんとか息が上がる前にたどり着いた正門前。誰もいないことを確認し、遅刻は無いと安心する――――が、背後からつんつん、と肩を突かれた。


「リシュテア」

「うわあっ」


 本気で驚いて振り返れば、やはり想像通りの人がちょっぴり口を不満そうに歪めている。


「こ、こんばんは…失礼しました」

「ちょっと傷ついた」

「悪気はないです!」


 お忍びの姿で現れたこの国の王。彼は私の弁明に一通り笑ってから、私に紙袋を押し付ける。


「ちょっと着替えておいでよ。気分変えたいだろ?」


 そう言われて中身を確認すれば、『月光』の私服に似た地味セットが入っている。薄手のカーディガン、つまらないカットソー、ミモレ丈のシンプルなフレアスカート。藍色のリボンのバンスクリップまで入っている。


「?!」

「魔女から『あいつはこんなのを着る』って預かって来た」

「上司…」

「まあまあ」


 どれも新品なので、私のためにわざわざ準備してくれたことは分かった。部屋に不法侵入されたかもしれないが、そんなことをせずとも魔女もとい『暗月』は私の私服を把握済みだろう。


(凄い職場だよなあ…本物だろうよ、いろんな意味で)


 ちょっとドン引きつつも背中を押されるままに適当なバーへ入り、トイレでさくっと着替えを済ませる。業務上変装から何まで仕込まれた私に早着替えは難しいことではなく、国王陛下が注文した酒を一杯飲み終える前にトイレを出る。


「はっや」

「私にも一杯飲ませて下さい」


 甘口の白ワインを注文し、乾杯をして飲む。


 おそらく、これを目的に呼び出したわけではないだろう。


「何かご用事ですか?」

「うん。『リシュテア』と美味しい晩御飯が食べたいなって」


 …大した用件ではなかった。まあ、服を受け取った時点でそうだろうとは思ったが。


「いいお店知ってる?」

「…ご案内します」


 『いいお店』の定義を逡巡すること一秒。私個人の活動範囲はわりと奇行の部類に入りそうだが、美味しいから問題ないだろう。ワインを飲み干し、代金とチップを置いた。



 幸い、ここから目的地は遠くないのですぐたどり着いた。何の店だと外付けのメニューを見ようとした国王陛下の背中を押して店へ入り、適当な席に二人で座る。


「おススメを注文しても?」

「任せた」


 我が国の王の快諾を得たので、ウェイターに「これとこれ」とメニューを指し示して雑に注文。取り皿も要求。そう時をかけずに料理がやって来るので、忙しい機関員にとってありがたい。


 幾年ぶりかに食事を他人の分まで取り分けて、彼に渡す。


「「いただきます」」


 二人で食前の祈りを済ませて、食事にありついた。本当は私は連合国方式で神に感謝するべきなのだが、今は『リシュテア』なので王国民としての祈りを捧げる。『宵闇』の機関員たるもの、こういう細かいところも配慮が重要だ。


「これ美味しいね」

「む、鹿肉に興味をお持ちで?」

「鹿なんだ?!」


 私が案内した料理店は山の幸を専門に扱う店だ。私が選んだ料理は猪肉だが、陛下の料理は鹿肉が入っている。


 私はもう片方の皿を指し示す。


「こっちは猪です。もし嫌でなければ、是非食感の違いにハマっていただけると幸いです」

「…面白いもの知ってるんだね、リシュテア」


 彼は呆れたように言いつつも、その顔は愉快そうな笑顔だ。


(この人は、よく笑う)


 その双肩に載る責任の重みはとんでもないだろうに、それを感じさせない笑顔。私より1つ年下だが、誰よりも頼り甲斐ある安心感は、彼がどんな困難に対しても誠実に頑張ってきた証だと思う。


(私は、こんな人を支える仕事をしているのか)


 所詮裏世界でも裏方業務で、大した貢献はしていないが…それでも、『宵闇』の『月光』として働いている。その成果は実働部隊の糧となり、『暗月』の刃となってこの人を守ってきた。そう思うと、ちょっと嬉しい。


 追加注文をしたいのか、メニューを眺める彼に告げる。


「他の珍しいものだと、馬肉が食べられますよ」

「オススメどれ?」

「生ですね」

「注文でーす」


 あとは、よく食べる男だ。初めての物に対して恐怖心はないのだろうか。いや、それよりも好奇心が勝るタイプかもしれない。


 食べる量に対して太っていないのは、もしかしたら何か運動をしているのかも。ううむ、この国王は多忙を極めすぎではなかろうか…。


「リシュテアも食べる?」

「!」


 馬刺は好物なのだ。美味しい。美味しすぎる。


 先ほどまでの思考を吹っ飛ばして当人比で激しく頷けば、彼はキョトンとするも、次の瞬間には吹き出す。


「生の馬肉?好きなんだね」

「馬刺って言います。独特の食感、味、まさにこれでしか味わえない唯一無二なのですっごく好きです」

「すっごく好き」

「月一で食べたいレベルですが、他の料理も食べたいので悩ましいです」


 そんな会話をしている間にやって来た馬刺。取り分けてもらった分をタレと絡めて食べると思わず頬が緩む。陛下はどうだろう、と彼の顔を伺えば、


「やべえ…マジで唯一無二だ…」


驚愕と歓喜をもって馬肉を噛みしめている。その姿は巷の男子大学生と変わらない。自分が飛び級出身なので忘れがちだが、22歳は大学生をしている人がそこそこいるのだ。


「………」


 私は、そんな彼をぼんやりと見つめる。


 よく笑い、よく食べる。本来ならまだ若いと言われる年齢だ、国王に即位していなければ、こうやって巷で遊びまわっていたかもしれない。


『あの方のなさることは嫌いではありませんし、上から下まで階級を問わず支持を得ることの出来る国王なんて滅多におりません』


 そんな子供みたいな男が、貴族の娘にそう言わせる程度には優秀な国王であるという。不思議だ。同じ人なのに違う人のようで、でも確実にこの人はこの国の王だ。


 こんなに敬愛できる王を戴いて、何故あんな女に渡さねばならないのか。


(私はこのお方を、メアリースに渡したくはない)


 誰の為でもない。私は私のために、仕える相手の幸せに貢献したい。その彼が望むなら、私は何としても、メアリースをこの国から追い出す。


『私ね、あの人と一緒になりたくて頑張ってるの』


 その願いを踏みにじることに、躊躇などない。




 たくさん食べて、明日の仕事に備えて早めの時間に店を出る。


「ありがとう、リシュテア」

「こちらこそ、いろいろ得るものがありました」

「?」


 別れ際、肩に手が置かれる。その手に触れて感じるのは、血の通った温かみ。


「また会おう」

「はい。御都合の良い日をお待ちしています」


 彼の顔を見上げる。満点の星空を背景に、屈託ない笑顔を見た。




 うおおお…と勢いのままに書いているのでミスが無いかとっても不安ですわよ!


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