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Juliana Cornet...?


 久々の何もない休日。小鳥のさえずりを聞きながら、『ユリアナ』に宛がわれたアパートの一室でベッドに寝転がる。日当たり良好な室内は明るく、のどかに過ぎる平和な時間を楽しむ。


(最近はちょっと多忙だったなあ)


 任務が始まってひと月経った。私の周囲に大きな変化はない。メアリースは相変わらず男を引っかけているし、『暗月』からの指示は現状維持で待機。『静月』と『華月』がちょっと忙しそうにしているが、これに関しては実働部隊のお仕事とのことで、本来裏方の『月光』には割り当てられない。


(【念写】し放題のあの日々が恋しい)


 文化財団での仕事は、ギフトを使い放題だったので結構楽しかったのだが、大学にいる間――――『ユリアナ』である間はギフトが使えない。ギフトホルダーではないと書類に記載されているから当然だ。『宵闇』だけの空間であっても、『華月』の【密室】に邪魔されて使えない。となると『静月』と二人で研究室にいるときが一番のチャンスだが、彼も証拠を残されると困ってしまうだろうから、結局使えないのだ。


(こういうとき、『静月』が地味~に低すぎるマウント取ってくるのちょっと面白いんだあ…)


 彼はギフトホルダーではない。なのでちょっぴり不思議なことが出来る私たちを羨ましいと思うことが時々あるそうなのだが、任務遂行上の問題でギフト使用が禁じられると若干悦に入るらしい。普段できることができなくなる私たちを見て、「俺はいつも通りだぜ?」と本人曰く低みの見物をしてくる。


(『ヨセフカ教授』のキャラが崩れない程度に楽しんでほしい)


 そんなことを思いながら、ごろりとベッド上を転がる。『月光』に宛がわれた私室なら、まだ読み終わっていない本がたくさん積まれ、ティーセットも完備されているため時間を潰すには最高の空間なのだが、流石に24時間『ユリアナ』を演じている以上は帰宅不可だ。


 つまるところ、暇なのである。


(外に出るか)


 『暗月』に指示された『ユリアナ』休日用のメイクを顔に施し、『ユリアナ』休日用のワンピースを着て、鏡を見る。髪は寝相が良かったのか落ち着いているので、今日は束ねないで行こう。ちょっぴり近所を徘徊するだけだし、問題ない。


 ポーチを持って外へ出る。穏やかな陽光は気持ちがいい。


 さて、と目的地も定めずに歩き始めた私は、


「っ――――む、………!」


数歩も歩かぬうちに口に布を当てられ、建物の陰へ引きずり込まれる。


 そのことに気付く者は、誰もいない。



 ***



(当主の部屋は二階中央)


 『ホズコック』こと『華月』は、とある貴族の屋敷にいた。その姿は普段の男子大学生らしいカジュアルな服装ではなく、頭に長い髪のウィッグとホワイトブリムを装着し、顔は薄くも効果的なメイクを施し、丈が少し長めの黒ワンピースの上、白いエプロンを合わせている。簡単に言えば、メイドの姿をしている。


(結構いい生地の制服着せてもらってんじゃん)


 長いスカートと女性ものの編み上げブーツを難なく扱い、掃除道具を持って階段を素早く駆け上がる。


(『メアリース』の留学決定時、王国側での不正評価に賄賂で1枚噛んでるから送金先把握してこいってさあ)


「無茶言いますわね」


 一人で掃除するには広い書斎に立ち入り、掃除道具を置いて扉を閉める。【密室】にしてもよかったが、万が一ギフト使用を感知できる人間が存在したら困るので、極力こういう場では使わないよう教育された。なので使わない。


 とりあえず、分かりやすいところから捜索をするべく机へ近づく。手袋をはめて慎重に引き出しを開け、施錠や罠の類いが無いことを確認して中を確認する。


 すべての引き出しを確認して、二重底などの細工もないことから机での捜索をやめ、棚を漁り始めた。


 視界の端に捉えられる窓の下、茶会が開かれている庭にいるのは10人の男女。注目するのは、標的の『メアリース』、彼女に肩入れする政府高官、国王陛下に扮した『静月』。


 『静月』は『メアリース』に話しかけられ、紳士そのものな応対をして見せる。元々そういう女性の扱いには慣れている男なので適役だ。


 実際うまくやり過ぎて、あたかも国王が自分を気に入ったと勘違いしたらしい『メアリース』が頬を染めているのが見え、こちらの気分が下降する。


(全部自分に都合よく捉えられるそのスキル、お姉ちゃんにも分けてやれよ…)


 姉の自己肯定感の低さは凄まじい。あまりにも低すぎて、本当なら見て気づけることにも気づけず余計な心配をしているのだから、気力の無駄遣いも甚だしい。あれだけ優秀なのに「自分にできて当然」という自負すらなけなし程度。何がどうなったらそうなる。


 そこに問題がなければ、『暗月』は彼女を間違いなく実働部隊でこき使っただろうに。


(あと、『静月』が今日出張ってくることも、俺が女装することも無かったよな…!)


 棚も目ぼしいものがなかったので、本棚に移行。ざっと見渡して、一見綺麗だが背表紙の上部が擦れている本から確認していく。


 もうじき茶会が終わるが、それと同時刻にこの姿を無断拝借した本人が出勤してきてしまうので、急いで仕事を終わらせなければならない。


(まじ覚えてろ)


 いつか似合わぬ女装を『静月』にさせると誓いつつ、七冊目の本に手紙が挟まっているのを確認する。


(…ブローカーの名前、数字の羅列、日付…連合国のお偉いさんに依頼されたのか…ほう…)


 そのメモがちょうど目的のものだったので、適当な紙を拝借し、他人のペンで内容を模写する。幸い文字数が少ないので時間はかからない。そうして、筆跡までうまいこと複製した偽物とすり替えた。


 難易度は高いかもしれないが、『宵闇』の地獄の試験と訓練を乗り越えた俺にはできて当然だ。


(『暗月』からの任務達成っと)


 『華月』は情報を抜き取ると後始末を誰に見られるでもなく完璧にこなし、茶会が終わるよりも早く屋敷を後にした。



 ***



 一方、建物の陰に引きずり込まれた『ユリアナ』。


「静かにして…っ?!」


 男の声がそう言いきる前に、自分の口を塞ぐ手の小指を掴み、従来の方向とは逆に曲げた。


 悲鳴をあげさせる間もなく拘束からすり抜ける。掴んでいた小指からその手首へと手を滑らせ、内側へと捻ったところで、『月光』は衝撃の事実に気づく。


「国王へい…か………?」


 なんと、自分がねじ伏せた相手は不審者ではなく、自分の上司どころかもっと上、『月光』の雇用主ではないか。慌てて手を離し、やってしまったことに対して血の気が引く。


「ご!ごめ、すみま、せ――――」

「大丈夫だから一回止まろう」


 『月光』がとりあえず土下座に移行しようと膝を折るところを国王に止められ、中途半端な姿勢で固まる。その間に、痛みゆえ目に涙の滲む国王は落としたハンカチを拾い、指先で目尻の涙を拭き、何とか平静を取り戻した。立てた人差し指を口元に持ってきてジェスチャーを送りながら、指示を飛ばす。


「君の名前は?――――へえ、『リシュテア・ブライト』」

「?!」

「じゃあ『リシュテア』。ちょっと街歩きに付き合ってくれるかい?お時間ある?」


 やらかした自分に対する国王からの有無を言わせぬ命令に、『月光』がとれる選択肢は一つのみ。


「………はい、構いません」

「やった!行こうか!美味しい紅茶専門店があるって聞いてるんだ!」


 自分が捻らなかったほうの手に腕を引かれ、『月光』もとい『リシュテア』は半泣きで陽射しの元へ戻ることになった。



 町の中心部から離れるように二人でさくさくと歩を進めていく。先に口を開いたのは結果における被害者。


「事務仕事にまさかこんなことまで含まれてるとは思わなんだ」

「ほ、本当に…申し訳ありません…!かくなるうえは…っ!首を…!」

「もう気にしなくていいよ。2撃目からはギフトを使わないでされるがままになったのも俺の判断だし」

「ぴえ…!」


 被害者(仮)は立ち止まり、今にも斬首へ移行しそうな加害者(仮)の腕から手へと握るところを変え、連行のような状態から世間一般に通ずる状態にする。


「【防護】は便利だけど、不意打ちに弱いのが困るね」


 図らずも、自分のギフトの不完全さを実感させられた。通常攻撃からギフトによる攻撃まで、あらゆる危害から自分を護る【防護】。国民に内緒にしている機能はあるが、それを使っても『自分』を護りきることはできないだろう。…いや、今はそれは良い。


「悪意はありませんでした…」

「知ってるよ。むしろこっちが悪いことをした」


 驚かせてごめん、慣れない謝罪の言葉に対してリシュテアが頷く。こちらから手を引いて再度歩き始めれば、今度は普通に隣を歩き始めた。


「あの…今日はお休みですか?」

「ん、突然時間が空いたんだ。だからこうしてリシュテアに会いに来た」

「そうなのですか」


 何の疑問も抱かず返された返事に、国王は内心笑ってしまう。自分がどうやって時間を作り、どういう目的で来たかを知ったら、また執務室の時のように百面相を始めるのだろうか。しかしネタバレはしない。脚本は半ば、彼女にはまだまだ演じてもらわねばならない。


 そんなことを考えていれば、目的地に到着する。


「ここだよ」


 国王が指し示すのは一見何ともない庭付き一軒家。しかし、花や植物に彩られた庭を横切り、扉を開ければ吹き抜けの空間が広がる。


「わ…!」


 リシュテアの目が輝く。想像以上の好評にこちらの頬が緩む。


「いらっしゃいませ」


 やってきた店員に「二名様ですね」と座席を案内される。レジやカウンターからは離れ、階段を上った二階席へ。陽光差し込む窓からは、庭だけでなく、町並みや王宮が良く見えた。


「こんなところがあったんだ…」

「本番は紅茶と甘味ですよ、お嬢さん」

「!」


 先に席に着き、広げたメニューを示せば面白いようにリシュテアが窓から離れて席に座る。文字だらけのメニューを眺めて目を輝かせる様はなかなか普通。表向きは存在しない諜報機関に所属する、戸籍も名前も無い存在とは誰も気づかないだろう。


 紅茶は複数種類を楽しめるサービスを選択。菓子は、リシュテアがベリーケーキ、国王がカヌレを注文する。注文してすぐに紅茶と菓子がやって来るのは優秀だ。


「いただきます…!」


 喜びを爆発させながら、リシュテアが真っ先にケーキを食べる。とても気に入ったらしく、一人歓喜に打ち震えて満面の笑みを浮かべた。


「予想をはるかに上回る喜び様」

「…好物なんです、ベリーケーキ。特に甘いといい…です」


 正気に返ったらしいリシュテアの表情がいつもの冷静な表情へ戻る…が、口の端が上がることを防げない。執務室で会った女と同一人物とはとても思えないが、こちらとしては『リシュテア』と『ユリアナ』の区別がつきやすくて助かるのが何とも言い難い。


 そんな『リシュテア』に、自分の話をする。


「実は俺もね、甘いもの大好きなんだ。チョコレートとかキャンディ、あとはグミが手離せないんだよ」

「作業のお供なら、コンフェイトもいいですよ」

「コンフェイト…?」

「砂糖の結晶です。大きめの粒を核にして、濃い糖蜜につけて粒をさらに大きくするんです」

「へえ、面白い。どこで買える?」

「輸入菓子店の連合国エリアに大体は置いてありますね。自分でも作れなくはないですが…」

「面倒そうだ。子供の頃、塩で結晶を作ったことがあったけれど、かなり大変だった」


 止まらない会話が楽しい。深く気にする内容の無い会話を楽しむのは久々だ。


「そうですね。砂糖なら、塩の約13倍溶けますよ」

「………絶対にやらないぞ」


 そこまで話して、笑う。リシュテアも笑っている。


 両親も、婚約者もいないし、頼れる兄弟もいないこの身としては、こういう会話をできる人間は非常に貴重だ。


(なおさら、彼女のトラウマ治して終わり!ってだけじゃあもったいない)


 紅茶も菓子も会話も散々楽しんで、店を後にする頃には陽が沈みかけていた。


「いやー、楽しかった。リシュテアはどう?」

「美味しく、かつ楽しく過ごせました」


 別れ際、前と同じように彼女の肩に触れる。


「また遊ぼうね、リシュテア」

「はい。私でよろしければ、ぜひ」


 自分の脚本の仕込みをして、何も気づかぬ彼女と手を振って別れた。




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