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Juliana Cornet ― 2


 閲覧ありがとうございます。

 同時に2話投稿しています。こちらは1話目です。





 勤務時間が始まってそう日を跨ぐことなくその瞬間はやってきた。


 研究室にやって来た学生たちの中でもひときわ目立つ女学生、メアリース・コルネイト。長髪の毛先を巻いて、ふわふわした格好はまさしく年頃の女の子。この授業には攻略対象とおぼしき男はいないらしく、先日垣間見た登校時のような輝きは控えめだ。


 そんな彼女がこちらを見て、驚きの表情に変わる。そのまま駆け寄ってきて、私の手をとった。


「お姉ちゃん!?今までどこにいたの?!連絡もなしに――――」


 体が震える。表情に出したつもりはないが、矢継ぎ早な言葉に返事は詰まった。…私は、相変わらず妹から逃げたい。


「今日も元気だね、コルネイトさん」


 ヨセフカ教授が間に入ってくれる。さらっとメアリースの手を私から剥がしてくれるところまで、気の利く男だ。


「ありがとうございます?じゃなくて、あの、何故、姉がここに?もうとっくに卒業してますよね?」

「ユリアナさんは僕の研究助手だよ。今日が初出勤なんだ」


 皆に挨拶を、と促され、ようやく私は口を開く。


「ユリアナ・コルネイトです。よろしくお願いします」

「ユリアナくんはここを首席で卒業した才媛だ。きっと君たちの力になる」


 そう言って微笑んだ教授は、皆を座らせる。すぐに授業内容を扱い始めたのは私に対する配慮だ。


(授業の間に平常心を取り戻さねば…)


 学生たちの中に紛れるホズコックと視線が合う。呆れた表情をされたあたり、私は相当みっともない様子だったらしい。


(仕事と割りきっても苦手なものは苦手だ…)


 しかし、何とかしなくてはなるまい。そう考える私に、次のチャンスはすぐにやって来た。


 学生たちに誘われて、研究室のみんなで昼食をとることになったのだ。第二回戦開始といったところか。


 食堂へ移動し、弁当持参の人たちに席の確保をお願いして、食堂の配膳列に並ぶ。何があるかな、とわくわくしていれば隣り合った女学生がメニューを共有してくれる。…麺類が食べたい。


「コルネイト先生、苦手なものはありますか?」

「王国の料理はどれも好きよ」


 パスタを受け取って席につき、食前の祈りを捧げる。食事が始まってからは、それはもう大変だ。


「王国料理で好きなものは?」

「どこか観光行った?」

「国王陛下の新年の挨拶、直接聞きに行ったことある?」


 アラビアータを食べながら、色々な質問を裁いていく。こんなに質問が飛んでくるなんて、若い子達はすごいな…と年寄りじみた感想を得ながら答えていたとき、遂に待っていた質問が来た。


「コルネイト先生は、妹さんと同じように留学してきたんですか?」


 好条件、そう認識したとたんに自分の中で冷静な部分が出来上がる。


「…いえ、私は私費留学です。高校から王国にいて、大学、就職もご縁があって王国に」

「先生おいくつ?…あ、女性にこの質問はダメですかね?でもお若そうなんでつい気になって」

「23歳です。19歳でここを卒業しました」

「マジの才媛じゃないっすか!」


 学生の質問攻めに照れたふりをしつつ、任務に合った言葉を選んで答えていく。


(『彼女は大学だけ公費留学、彼女は19歳で在学。一方私は高校から自力でここにいて、19歳には大学を卒業した優秀な人間なんだぜ!』…ふふ…キャラに合わないわ…絶対に言えない…)


 本当は高校から私費留学してることや飛び級の話なんてしなくたっていいのだが、あくまでも『メアリースとの対比』を強調しなくてはいけない。


 実際、ちらりとメアリースを見やれば、彼女は放置されて不貞腐れている。そりゃあ気分は良くないだろう。彼女の対面、斜め前に座るホズコックは何事もないようにハンバーガーに噛みつく。


「ユリアナくんは首席でここを出ているよ」

「凄い!」「ええ?!」

「学科研究室にある卒論を読んでみるといい。とてもよくできているからね」


 ここでヨセフカ教授の追撃。ちょっと胃が痛くなってきた。表情を努めて無にして彼を見れば、野暮ったい眼鏡の奥からウインクを飛ばしてくる。地味男キャラ崩壊の危険はないのか。


「そんなことよりお姉ちゃん!ずっと手紙も連絡もなしってどういうことなの?」


 耐えきれなくなったのか、メアリースがこちらに割り込んでくる。かわいらしいふくれ面を見せているのは果たして無意識なのか…どうあっても、さっきまでこちらを見ていた学生は彼女を見て反応が割れた。男と一部の女は笑顔になり、先の一部を除いた女は表情を消す。


(研究室内の彼女の評判は6割良好4割不良、性別により偏り有)


「仕事が忙しくて…」

「せめて年に一度は帰ってきてよ、寂しいもん!」

「あー…研究って、やり始めると止まらないのよね」


 本当は自宅での読書が止まらないのだが、モノは言いようである。流石に「帰りたくない」と本音は言えない。


「まあ落ち着けよ、メアリース」

「そうだよ。優秀なお姉さんだ、仕事が忙しいってのもあるんだろうよ」

「ま、誰にも事情はあるさ」


 彼女の周囲にいる男たちが宥めにかかる。最後のそつのない言葉はホズコックだ。彼は続ける。


「そう言えば、王弟殿下に呼ばれてたよね?いいの?」

「忘れてた!」


 ふてくされた顔から一転、キャピキャピの女の子になったメアリースが、荷物を持って立ち上がった。


「教授、すみません!お先に失礼します!」

「はい。お疲れ様」


 会話に割り込んでおきながらこちらに一声もかけずに立ち去っていった彼女の後ろ姿を眺める。その視線の先、彼女に声をかけて一緒に歩き始めたのは政府が青田買いした将来の文官候補。朝の様子だと、王弟殿下の元へたどり着くまでに何人も引っかけて行くのだろう。


(………)


 正直これはかなり不味いのではないか。あの国権ハーレム状態を見て、全く喜べない。海向こう、連合国からの客人として来ているのなら、せめてその肩書きに恥じない行動をとらせなければ。


 姉の振りをする私として、説教のひとつでもしないといけない。嫌だなあ…とため息が漏れた。



 それからタイミングを測り続け、研究室のみんなと学食を共にしてから数日後の夕方。


 研究助手としての職務の合間、帰路についたメアリースを呼び止める。その側にいるのは王弟殿下、宰相の息子、護衛一人。振り向いた彼らには非礼を詫びた。


「なあに、お姉ちゃん」


 自分の友人に対する姉の態度に何の疑問も持たないらしい妹は、幼さの残る声で言った。こういうところは昔から変わらない――――苦手意識を飲み込みつつ、大人として言うべきことを言う。


「コルネイトさん、今この場所での私はあなたの姉ではなく指導者です。そのような呼び方は適しません」

「でも、お姉ちゃんはお姉ちゃんだし」

「連合国以上に王国は礼儀を重んじます。あなたは連合国の代表としてここにいるのです、やるべきことはわかるでしょう」

「………」


 黙りこんだ妹に追撃を重ねる。


「王国との関係を崩すような行動など、論外ですよ」

「別にそんなことしてないわ」

「王弟殿下の婚約者を差し置いて仲良く歩いていながら、良く言えますね」

「それは、仲の良い友達だもの!」

「周りはそう受け取っているかしら」

「あの人がお高く止まりすぎて、声すらかけないのがいけないのよ」


 そうじゃないのだ。何故、周囲の尺度と自分の尺度がずれていることに気付けない。…こんな娘を公的な留学生として送り出した連合国の品位が問われるなあ、と『ユリアナ』らしく心配をしてみる。


「コルネイト先生。いや、メアリースのお姉様」


 王弟殿下に呼ばれる。臣下の礼を取れば、楽にして良いと告げられた。顔を上げると、王弟殿下はメアリースの肩を抱いた。


「私はメアリースをかけがえのない相手として認識しています。もし何か関係に進展があるとしたら、私はきちんと順を踏んで行うつもりです」

「…ですが、殿下はご婚約を、」

「その時は、微力ながらもメアリースの幸せのために力を尽くさせていただきます」


 ご安心を。宰相の息子にまでそう言われて、静かにため息をつく。


「かしこまりました」

「では、またの機会に。行こうか、メアリース」

「はい!」


 心に広がる苦いものを飲み込み、努めて無を保って彼らを見送る。


(婚約破棄も、国王陛下との殴り合いも、全部やってのけるってことか)


 王族に嫁入りするために少なからず努力してきた婚約者はどうでもいい、ましてや異国の国籍を持つどこの馬の骨とも知らぬ娘を王族に迎えることに何にも抵抗がないという。将来の宰相候補も、それに同意している。


(厄介この上ない)


 この国は王族と貴族の結びつきが強く、国王陛下は私欲の強い彼らを御するのに苦労している。強い貴族に対し、『宵闇』が秘密裏に掴んだ情報で首枷を着けたことも少なくない。


 それだけではない。メアリースは連合国の公金をつぎ込まれている女だ。そんな女を王族に引き入れれば、連合国に忖度する必要性が出てくる場面が増える。王国の方が連合国よりも上位を保っている以上、漬け込む隙は可能な限り少ない方がいい――――彼女のことだ、単に自分の故郷の願いだからと王弟に「おねだり」して要求を飲ませるかもしれない。


(国王陛下も『まだ』自発的に弟殺しをしたいわけでもないだろうに)


 『宵闇』に王弟の暗殺指令は出ていない。そうある以上、『暗月』でもメアリースを連合国に帰す以上の手は打てない。だから私が召喚されてしまった。


 ため息を吐く。面倒なことになっているものだ。


 そう言えば、国王陛下はまだ結婚していない。婚約者はいた。あまり詳しくないが、婚約者含めその家が汚職にまみれていたのをすっぱ抜いて全員投獄したのは彼自身だったはず。その行動力を恐れてか、後釜は今日に至るまで埋まっていない。


(王侯貴族ってのは大変だなあ)


 戸籍上は平等な連合国生まれだと、いまいちそこら辺に理解が及びにくいのは仕方がないだろう。しかし、手を出していいこととダメなことの分別くらいはつく。


(ま、『月光』には関係ない話だ)


 この話は終わり。今晩はグラタンが食べたい。買って帰ろう。




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