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Juliana Cornet ― 1




 国立王都大学――――新学期初日。


 『月光』もとい『ユリアナ・コルネイト』はセミロングの髪を束ね、『暗月』仕込みの化粧を施し、普段より圧倒的にキラキラした姿になっていた。目の周りまでがっつり化粧をすることが非日常なのでちょっと違和感があるが、それも慣れれば日常になるだろう。


「ヨセフカ教授、お久しぶりです」


 王国近代史研究室内、目前に立つ長身の男。彼こそ『ヨセフカ教授』であり、『静月』その人だ。見た目は『ヨセフカ教授』らしく、良く言えば落ち着いた、悪く言えば地味な男性の姿をしている。


「今日からよろしく頼むよ、ユリアナ君」

「はい。慣れぬ故ご迷惑をおかけしますが、頑張ります」


 結局、自白剤訓練もきっちりやってから任務は開始された。経験不足を補うためと、私がきちんとユリアナ・コルネイトをカバーできたか、日頃の仕事内容と現行の任務内容を意識の奥底に刷り込んで自白しないよう隠すことができているかの確認を兼ねていたのだと思う。信用ならないなら私をあの部屋に戻してほしい。


「しかし、見違えたよ。化粧は得意ではなかっただろう?」

「『先の職場の上司』に散々仕込まれまして」


 『静月』がくつくつと笑う。瞳に悪戯心が滲んでいるのを見て、私はげんなりする。


 気持ちは分からなくもない。時折本部に帰ってきて、顔を合わせれば会話をするくらいの知り合いなので、『静月』は私の顔をよく知っている。実働要員を務めるくらいには頭脳明晰で人心掌握に長けているこの男なら、私がどういう人間かも分析済みだろう。化粧っ気のない女がガッツリ化粧をキメて現れれば、からかいたくもなる。


「学生からもきっと、注目の的だな」

「勘弁してください」


 そうだった。これから学生が登校して来れば、標的にもこの姿を見られるのだ。…ちょっと嫌になってきた。


「どんな子たちがいるのか、登校風景だけでも窓から眺めておくといいよ。そうそう、くれぐれも王弟殿下には失礼のないように」


 王弟殿下周辺の登校風景を見るだけで現状が分かるという。とっても嫌な予感がするが、今回の任務に関わるので見ないという選択肢は無い。


 締めきられていたカーテンを開け、換気をするべく窓を開ける。途端によく聞こえるようになった学生たちの声につられるかのように、窓の外を眺めた。


(うわぁ…)


 窓の下、ひと際注目を集める一団がいる。思わず眉根を寄せそうになって、寸で抑えた。


 中心にいるのは一人の女子学生、メアリース・コルネイト。標的すなわち監視対象だ。


 傍目から見ても分かる可愛らしさ、コロコロ笑う高すぎない声音、周囲一帯に花を咲かせるかのような笑顔。服装はそれなりに上等なものを纏い、連合国の国費留学生としてやってきたド田舎娘とは思えない垢抜けた姿だった。


(いや、田舎にいるときから都会で通用しそうな姿はしてたか…)


 元々良い素材だったところに、王国の大都会デザインが合わされば完成する想定内ではあるかもしれない。私は今だに着こなせないが、メアリースには余裕だろう。


 そんな輝かしい彼女の周辺にいる人物を確認していく。王弟、宰相の息子、国内屈指の富豪の息子、その他エトセトラ。まるで国内政治の縮図のようだ。


「凄い光景だろう?」


 音もなく隣に立った男に驚きはしない。ヨセフカ教授の表情は穏やかだが、瞳の奥には鋭さが見え隠れしている。


「あれがそのまま、国王陛下の周囲に立つ予定だ」


 読唇術は得意でないので、彼らが何を話しているのかは分からない。だが、素人の私でもわかるほど、彼らは彼女を取り巻き、崇拝し、入れ込んでいるのが分かる。それが聖女と腰巾着ならいいが、実情は他国の女と婚約者持ち(一部除く)の国政重要人物。


(どうしてみんな、メアリースばかり!)

(ユリアナも、ユリアナもみて!)


 脳裏に浮かぶ幼い日の記憶。何をやっても、皆の目線はメアリースにある――――周囲にいる者を虜にしているのは相変わらずのようだ。


「このままだと、国よりもメアリースを崇拝して生きていきそうですね」

「ははっ」


 私の言葉を笑いつつも否定の言葉を返さない。そういうことだ。それは、この任務に関わる『宵闇』、ひいては国王に共有された認識でもある。


 『月光』は任務前に『暗月』の部屋で交わした会話内容を思い返す。



「メアリース・コルネイトを連合国へ帰還させろ」


 私に課された任務だ。最短で今すぐ、最長でも彼女の大学卒業で、彼女を故郷へ戻せ。絶対に彼女をこちらに永住させないという意思が見える。


「…ですが、彼女は国費留学です。連合国の公金を得ている以上、彼女には連合国で就職し、国のために尽くす義務がある」

「連合国のスパイとして王国の中枢に潜られればどうなる」

「そもそも国王陛下がお許しにならないはずです」

「神に愛されたと言わんばかりの幸運を持つ彼女が、『運よく』政治中枢に堂々と就職しない保証はあるか?」


 全くもって否定する言葉が見つからない。だが、その仕事を私がする必要性が一体どこにあるというのか。


「お前は私費留学生だったな?こちらの高校と大学から奨学金をもらって生活してきた」

「ええ、そうです」

「こちらに実力を認められて自力で留学してきたお前が、御膳立てされて他力で留学してきた彼女に劣るわけがないからな」


 何を言いたいのか理解が出来ない。しかし、首を傾げればその瞬間に首が飛ぶ気がする。ただ沈黙して続きを待てば、『暗月』は静かに笑う。


「王国のエリート水準を満たしているお前の方が、王国においてはメアリースより評価に値する」


 今度こそ理解が出来た。国費留学生はある程度国の力で融通を利かせられるが、私費留学生は本当に実力勝負となる。私はこの国で試験を受けて高等部・大学に特待生として入学したから、王国としては比較的信用のおける経歴を持っているということだ。何より他国の公金をつぎ込まれていない。


 そしてメアリースには、私を比較対象として見せつけるつもり――――


「ぬわあああああ!」


 嫌すぎて発狂する。逃げ出したい衝動のままに部屋の扉を開けようとして、背後から投擲されたペーパーナイフが目前の扉に刺さった。びいいいん、と振動しながら不穏な音を立てている。


「ひぇやぁ………」

「逃げられると思うなよ?」


 逃げられない!


「貴様の義務だ。やれ」

「ハイ」


 『暗月』は、その美しいかんばせをやはり美しい微笑みで彩りながら、どす黒いオーラを隠さずにこちらを見ていた。流石ボス…いや、魔王である。やめて、私が死んでしまう。


(………!)


 ぶるり、と背筋を震わせつつ過去から頭を切り替える。真剣に王弟殿下とメアリース、その周辺を観察していく。


 目立つ集団だが、それにしては何かがおかしい。やけに周囲が静かなのだ。王弟殿下や宰相の息子なんかは婚約者が同じ学内で学生として所属しているはずだが、揉めたりはしないのだろうか。


「宰相の息子は今、婚約破棄の危機だ」

「?!」

「王弟殿下は婚約者を捨ててメアリースを認めさせるべく陛下と喧嘩する腹積もりだし、他もメアリースのためなら云々状態。ヤバイよね」

「私の心を読むな…」


 どうやら、愛想を尽かされて解約寸前というところらしい。おそらく女側は本気で破談にするだろう。もう興味はないと言わんばかりの静穏だったか。とにかくそうなれば、王室周辺と貴族に亀裂が入るのは間違いないし、『宵闇』の仕事も増える。国王陛下は優秀だが、現状の平穏な国内を維持するには苦労が増えるはずだ。


(参ったな…)


 突然の王室情勢悪化危機と来た。ぶっちゃけこれだけでも敵対行為としてしょっ引かれたって文句言えない。問題の男たちに「メアリースのためなら死ねる」とか言われたら最悪だ。国政に表から関わるのなら、国民と国王陛下のために死んでくれという話である。


 裏から関わる私たちは「人の死ほど周囲の目線を集めるものはない」、故に「義務だ。死ぬな」と『暗月』から命令されている。私は実働じゃないのでよく分からないが、この説明だと実働組は「殺すな」もセットかもしれない。


「おはよーございまーす」

「?!」

「ああ。いらっしゃい」


 物騒なことを考えていたので、急にドアが開いて驚く羽目になった。ヨセフカ教授がのんきな挨拶をかましたので、敵襲でないことだけは確か。


「ホズコック君、調子はどうだい?」

「上々っすよ」


 ホズコックと呼ばれた彼が扉の鍵を閉めた。次いでヨセフカ教授が窓を閉め、施錠する。密室になった研究室で、最初に口を開いたのは教授だ。


「彼女は今日から働く僕の助手だ」

「ユリアナ・コルネイトです」

「ギリアム・ホズコック。二年生です」


 よろしく、と差し出された手を握る。


「魔女から薄化粧って聞いたけど、濃いね」

「やめてくださいお願いだから」


 ホズコックがくつくつ笑う――――彼が『華月』だ。読み込んできた機密書類にあった情報と一致する。

ここでようやく私は、先程の施錠は『華月』のギフト発動条件だということをようやく理解した。彼のギフトは、【密室】。施錠さえ行えば、その部屋は内からも外からもギフト発動を一切受け付けなくなるもので、まさにこのギフトにしてこの職だ。


 余談だが、ギフトホルダーの存在はそこまで珍しいものではないものの、この職に的確となるとかなり限られる。実際『宵闇』勤務者はノーマルが多く、『静月』もその一人だ。


「…カーテンはいいのですか?」

「この周囲で部屋を覗き込める角度の山や建物、望遠装置は存在しないからね。ギフトは絶対拒否するし」


 ホズコックが教授用の棚を漁り、コーヒーを淹れながら言う。


 ふと思いついて手頃な紙を掴み、裏に【念写】を発動する。結果、紙はうんともすんとも言わず、想像した図柄が浮かび上がることもない。驚いてしまう。


 ブラックコーヒーが男性陣に、砂糖ドバドバミルクコーヒーが私にサーブされたところで、本題が始まる。


「さて、何から話せばいい?お前の妹の学業成績?プライベートの過ごし方?王宮重要人物の攻略度情報?」

「王宮…って、まさかあの子政府機関にまで入り込んでるわけ?!」


 私が聞いた情報では、まだ大学とその周辺程度だったのだが、何が起きたらそうなるのだ。


「先日“偶然”近衛騎士団長とお知り合いになったぞ。迷子になっていたところを助けてもらっていたねぇ」

「見てたなら止めなさいよ!」

「ステイステイ。俺が受けた命令、監視とユリアナの補佐だから」

「私の補佐は?」

「ユリアナの着任をもって開始、ってね」


 頭を抱える。間違ってはいない。だが、時には命令を飛び越えてでも介入して欲しい。


「無理無理、『暗月』の筋書崩れちゃうから」

「心を読むな!」


 分かってはいるのだ、あくまで『ユリアナ・コルネイトによってメアリース・コルネイトの目的を破綻させ、ついでにユリアナの優秀さを見せつけて、メアリースには彼女の国へとお帰りいただく』必要があることくらい。それが暗月の筋書であり、国王の望みだ。『宵闇』の『月光』が果たすべき任務で、『静月』や『華月』ではダメなのだ。


 その『静月』が手を挙げる。


「聞いておきたいのだが、メアリースの成績とユリアナの成績はどちらが上だ?」

「………私は、大学四年間全部満点だったわよ」

「それはすごい」「アイツもうすでに負けてて草」


 そりゃあ、当時の私は頑張ったもの。すでに資料としてメアリースの成績一覧は閲覧済みだが、雲泥の差だ。だが、あの様子を見れば納得する部分はある。


「多分、あの子は別の目的が忙しいのでしょうね。私は友人こそいたけれど、あの子みたいに…たくさんいた訳ではないから」


 ひとりぼっちではなかったけれど、彼女のように青春を謳歌したわけでもなく、今と変わらぬようなものだ。誰からも注目されず、存在を消して生きる。…理由もないのに存在が消えていた過去を思い出して視線が下がっていく。


「それでも、あなたの努力と功績は認められてしかるべきですよ」

「ま、そんな完璧お姉様を注目させるのが俺らの補佐業務ってね!」


 二人の明るい声に、下がった視線が上向きに戻る。今は存在抹消仲間が二人もいる上、所属先に戻れば山ほどいるのだ。寂しいこともないだろう。


「はい。よろしくお願いします」


 仕事だ、頑張らねば。膝の上に置いた指先に、力がこもった。





 ここまで読んでくださってありがとうございます。


 次は1日の19時投稿予定です。

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