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3話 再開と始まり

 翌日土曜日、俺は朝刊配達のアルバイトを終え、銀行のATMが開く午前9時になったのでもう一度養育費が振り込まれていないか確認しに銀行に来ていた。

 

 一晩寝て思いついたのだ、親父が自動振り込みではなく手動で毎月振り込んでいたならもしかしてあの後振り込まれているかもしれないと。


 だいたい俺は毎月の1日の何時に振り込まれるか知らなかったのでいつもなら2日に引き落としに来ていたのだ。

 しかし昨日は金曜日であった。そして今日は土曜日、引き落とし手数料が高くとられてしまうのを防ぐため俺は昨日の夕方銀行に行った。


 クソ親父はいい加減な奴であったから1日中に振り込んでおけばいいと思ってギリギリで振り込んでいたりするかもしれない。

 

 こうして俺は一縷の望みにかけて銀行に訪れた。

 ちなみに昨日とは別支店である。昨日は学校の帰り道にある銀行に寄ったが今日は商店が立ち並ぶアーケード街にある銀行に来ていた。


 昨日のことは俺の中で軽いトラウマとなっていた。

それに一夜が明けても警察からも銀行からも事情聴取の電話がこない。

もしかしたら全ては養育費ショックから逃れるために俺がみていた夢で今もある背中の痛みはどっかで転んだだけのものなのではないかという現実逃避をしていたからだ。

 

 そんなこんなで通学路の銀行には近寄りがたく夕飯の買い出しも含めアーケードに入っている銀行にやってきたのだった。

 

 土曜日の銀行には始めてきたが結構混んでいるものである。


 みんな手数料が惜しくなのか?まぁ平日は忙しいからだろうけど。


 数分並んで俺の番が来た。

 心臓が初め告白をする女子のようにドキドキと高鳴っていた。


 そして口座には……


 何も振り込まれていなかった。

 

 昨日とは違い心の準備がある程度はできていた。だが冷静な分、偽りようない現実が重くのしかかってくる。 


 何ということでしょう。


 銀行内はなおも込み合っているので取りあえず銀行向かいのベンチに腰掛ける。


 スマホを取り出し数年ぶりにあの父の連絡先を入力する。


 出ない。


 あぁ~~どうしたらいいんだ。


 ネットの知識ではあるが養育費の約8割は世間で支払われていないらしい。

 その理由は様々であろう、相手に支払い能力がないとか、単純に逃げたとか。

 そう、言ってしまえば逃げることも可能らしいのである。


 携帯が繋がらない。


 まぁこれに関しては繋がらないだろうとは思っていた。

 だってこの連絡先は8年前のものであるし、そのころはまだ父はガラケーであっただろう。8年もあれば何度か携帯を買い替える。


 それでも別れた妻子から何らかの連絡があるかもしれないという考えがあれば電話番号を変えないでいるかもしれない。

 そう思ったのだが……


 妻を殴って出ていくような男である繋がらない方が自然だ。

 

 ああ、どうしようか。今やっている中学生でもできる新聞配達のバイトでの収入は月6万円である。

 これまでは父からの月10万円の養育費と合わせて何とかもっていた。

 というか、ただ日々を暮らしていくだけであればむしろ十分ですらあった。

 しかし俺が通っている聖月並中学校は県でも屈指の名門私立と呼ばれる高額な授業料がかる中学校である。

 次の授業料の払い込みは8月。それまでは家計を削って削って何とか今まで納めてきていた。

 

 今は新聞配達のアルバイトは朝刊のみで入っているが夕刊もさせてもらったとしても合わせて月10万くらいにしかならないだろう。


 しかもそれをして1年生の頃に一度倒れたのだ。

 

 自分は中学生であるため他のアルバイトはできない。ほかの収入源と言えば収穫期の農家に手伝いに行きおこずかいという名の報酬をもらったするぐらいである。これが法的にセーフなのかアウトなのかは知らない。

 だが農家の手伝いはもっぱら夏である。あとは米の収穫期の秋。今は春。

 それにあくまでおこずかい程度の報酬なので大した額にはならない。

 

 もういっそ生活保護でも申請してみようか。

 しかし母は決して働けないわけではない。少なくとも世間的に見て教員免許を取得し、実務経験も3年以上ある母は十分一人息子を養う能力があるように見えるだろう。

 ローンもない持ち家もある。


 母は何らかの病があるのではないだろうかと思うのだが本人は絶対に病院を受診しには行かないだろう。

 それどころか俺がその話を持ち出した時点でどんな反応が返ってくるか恐怖でしかない。

 

 どうすればいいんだ。

 お先真っ暗である。


 呆然としていたそのとき。

 視界の中をうろつく黒い影に気が付いた。

 

 右に行ったりかと思えば左に戻ったり、そしてまた右にって立ち止まる。

 不審な動きに思わず目をやれば横断歩道を渡った向かいの歩道に黒一色のシンプルかつ上品な形をしたワンピースを着た少女がいた。


 少女は何やらうつむいて手元をじっと見ていた。どうやらスマホの道案内アプリを見ているようである。

 そしてふいに顔を上げまた歩き始めた。


 その顔を見た瞬間衝撃が走った。

 何とその少女は昨日山であったその人だったのだ。


 顔を上げた彼女は今度は左に体を方向転換する。しかし歩き始めるでもなく手も元のスマホをグルグルと回し始めた。

 その姿はまるでダウジングでもしているかのようだった。


 きっと道案内アプリの方向を示す矢印が誤作動していてどの方向に進んだらいいのか分からなくなっているのだろう。


 俺にも経験があるから想像がついた。


 昨日のことは未だに何一つ俺の中で腑に落ちていないが、彼女がいなかったら多分今日を生きている俺はいなかっただろう。

 たとえ人生の真っ暗中のただなかにいようとも。


 俺は恩返しするべく立ち上がった。


 横断歩道を渡って彼女に近づいていく。

 彼女は明らかに自分に向かって来る人影に気が付いて視線をこちらに向けた。


 正面から落ちついて見てもやはり彼女はまごうことなき美少女であった。

 はっきりとしたアーモンドアイの瞳はどこかとろんとした漆黒で、昨日も見惚れた濡れたような黒髪が彼女の白い肌によく映えている。

 瞳も髪も来ている服までも黒一色で彼女にこそ黒が一番よく似合うのだと思わせられる。

 胸辺りまでのばされた髪は細身のバレッタでハーフアップにされていた。 

 バレッタは鈍く光る金色でそれがまた彼女のぬばたまの黒髪に映えてとてもよく似合っていた。


「すみません。もしかして道に迷っていますか?」


「ああ、そうなんだが、君は確か昨日会ったね?」


 まるで初対面の様な声のかけ方になってしまったから向こうから切り出してくれて助かる。


「やっぱりそうですよね。あの時お世話に?なったので力になれたらと思って」


「そう、それは助かるよ。ホテルダンディという建物を探しているのだけど、どうにも道が分からなくてね。道案内を頼めないかな?」


「はいもちろん。えっとちょっと調べてみますね」


 聞き覚えのない名前のホテルだったので俺もスマホを取り出して検索してみる。するとそのホテルはここから歩いて10分ほどの距離にあるようだった。

 建物自体は初めて聞いたが近くはよく通るので問題なく案内できる。


「このアーケードを真っすぐ進んで最初の十字路を……」


「ああ、悪いんだが一緒に行ってはくれないかい?私は本当に方向音痴でね、1人じゃたどり着けそうにないんだ」


 そういわれては仕方がない、急ぐ用事があるわけではないので快諾する。


「じゃあ行きましょうか、10分くらいで着きますから」


「頼んだよ」


 なんだか昨日会ったときはもっと落ち着いた雰囲気と話し方だった気がしたがまだ午前なので元気があり余っていたりするのだろうか?




 このとき俺は純粋な善意で彼女を道案内しようとしただけであった。

 しかし逆に俺の方が間違った道に案内されていく決定的な始まりの瞬間はきっとこの時である。



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