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2話 不思議な美少女と女神な美少女

 全身が痛くて、特に背中が痛くて目が覚めた。

 仰向けで寝ているらしく目を開けると上からの赤い光が眩しくて思わず目を細める。


 そうだ俺は、俺は……


「うあぁ!」


 飛び起きようとして背中に痛みが走り腹筋から力が抜ける。

 頭を打つ痛みを想像して目を強くつむったが予想外にもそんな痛みはこなかった。


 むしろ柔らかく温かなものにバウンドして心地がいいくらいだった。

 ご親切に誰かが枕を用意してくれたのだろうか?

 銀行強盗はそんな優しさをかけてくれるとは思えないので死んで天国にでも来てしまったのだろうか?


「目が覚めた?美しい人」


 その声、その言葉に思いだす。

 俺は助かったと思ったことを。


 まだ夕陽にくらむ目を無理やりにあけるとそこは天国だった。

 というか天国みたいな景色だった。


 まず目に入ったのはサラサラの黒髪。それが緩やかな胸部のふくらみに沿って夢のように流れていた。そしてその上にはまごうことなき美少女の可憐なお顔があった。


 つまり俺は今美少女に膝枕をされているのである!

 

 うれしい。歓喜である。しかしあんまり急な事態に陥ると人間は固まってしまうものである。

 そう例えば起きたら美少女の膝枕の上だったとか。養育費が突然振り込まれなくなったとか。


「あれ、どうして話さないんだろう。恐怖でバカになっちゃったかな?」


 美少女は声まで美少女である。高すぎず低すぎない聞き取りやすく心地いい声だ。


「しっかりしてほしいな」


 困らせてしまっている。

 いかんいかん。


 俺はようやく起き上がった。


「えーと、何があったか聞いても?」


 ようやく言葉をひねり出す。

 起きてみるとそこはベンチの上であった。

 山のバス停である。

 

「ああよかった。喋れたんだね」


「はは、おかげさまで……、俺は銀行強盗に人質にされて山の中で殺されそうなところにあなたが来たところから記憶がないんだけど、何がどうなったんですか?」

 

 少女といっても俺より少し年上くらいに見えた。落ち着いた雰囲気がある。


 そして話していたら急に落ち着いてきた。

 するとこの状況が怪しさ満点であることにようやく気が付く。


 あの時助けに来たのはこの少女以外いなかったと思う。すぐに気絶してしまったのでもしかしたら違うかもしれないが。

 少女が一人であの場に居合わせたとしてどうやって4人の強盗を倒せるだろう。銃でも持っていない限り無理そうだ。となると彼女はもしかしたら銀行強盗の仲間で合流しに来ただけだったのかもしれない。


 しかしそうにしては今、夕暮れのベンチに二人で腰かけているこの状況はなんなのだろう。

 それからさっきは喜んでしまったが初対面の男にいきなり膝枕してくるなんて少し普通じゃない。

 いくら美少女でもだ。


 しかし警戒する俺に彼女は言った。


「ああ、あのあとね私が強盗を倒して引き渡したから君はもう帰っていいよ」


 何ともあっけらかんと言ってのけた。


「え、でも4人の男をどうやって……」


「はいこれ君のカバンね」


 手渡されたのは俺の通学用カバンだった。質問ははぐらかされてしまったが返ってきてほっとする。そういえばあの車の中では見なかったので彼女が警察から預かってくれていたのだろうか?


「それじゃあね」


 そう言うと彼女は立ち上がり銀行のある街の方向に歩いていこうとする。


「あ、待って」


 彼女が振り返る。


「助けてくれてありがとう」


「君が叫んでくれたからとっても見つけやすかった。こちらこそありがとう」


 そして彼女は行ってしまった。

 最初から最後まで謎だらけのまま。






 バスに揺られながら呆然としてしまう。


 普通こういうときって警察で事情聴取とかを受けるんじゃなかろうか?

 なのになぜ俺はこうして家路についているのだろう?


 もしかしてあの後銀行強盗は捕まったのではなくただ逃げていったのだろうか?

 いやしかし彼女は「引き渡した」と言っていなかったか?

 でも「警察に引き渡した」とは言っていなかったな。

 

 なんだか銀行で養育費ショックを受けてからここにいたるまでずっと現実味がない。

 全体的にふわふわしていて自分が出演しているドラマの撮影でもしていたような気分だ。

 もしかしてタヌキか狐にたぶらかされでもしていたのか?

 ちょうど山にいたし。


 帰ったらまず繋がるかどうかも怪しいクソ親父の携帯に電話をかけなければと思っていたがそれは明日にしてしまおう。

 明日やろうはバカ野郎だが今日はほんとに疲れてしまったのだ。

 このくらいの怠惰は自分に許してやらないとまたいつぞやのように倒れかねない。


 しかし本当に背中の痛みが無ければ白昼夢でも見ていたのではないかといった具合だった。





 バスを降りてやっと家の前に着くとそこには見知った後ろ姿が今まさにうちの家のチャイムを押そうとしているところだった。


「牧野」


 それは俺の幼馴染にしてお隣さんにして天使で女神の牧野聖その人である。

 

「あれ加藤君、こんなに遅い帰りだなんて珍しいね。買い物帰りかな?」


 彼女は振り返ってそう言った。


 ああ、牧野、牧野聖。俺の天使。俺の女神。

 今日も美しい彼女はぱっちりとした色素の薄い焦げ茶色の瞳に赤々とした夕陽を反射させ俺に笑いかけてくれる。

 それだけで今日の疲労が少しだけ遠のく。俺の癒しそのもの牧野聖。

 

 黒髪と言えなくもないが瞳と同じくやはり色素の薄いツヤツヤのセミロングの髪が夕日を透かして後光の様だ。

 すらりと伸びたしなやかな体を俺と同じ聖月並高等学校のセーラー服に包んでいる姿は天界の女神が女子高生に扮して下界に遊びに来ているかの様だった。あと胸も結構ある。

 

「そんなところだよ」


 いや~実は銀行強盗にあっちゃってさ、とは言えずはぐらかすような言い方になってしまう。

 しかし俺は気づいていなかった。

 今の自分の格好に。


「え、加藤君どうしたの、ボロボロなんだけど、喧嘩でもしてきたの?」


 うちの家の庭に入って談笑の体制に入ったところで牧野が驚いて大きな声を出した。


 そりゃあれだけ山の中で足蹴にされたのだ、俺はドロドロのボロボロになっていた。

 そのことに俺は言われてようやく気が付いた。どんだけボーとしてんだか。

 

 最悪だ。この汚れ方では家洗いじゃ間に合わない。

 クリーニング確定だ。


「本当に何があったの?もしかして斎藤?」


 斎藤とは俺と牧野と同じクラスの斎藤龍馬のことだろう。

 一言で言うといじめっ子だ。

 俺はクラス替えをしたつい最近から斎藤に目をつけられていた。


 理由は俺に友達が少ないから。それとうちが貧乏だから。こんなところだろうか。

 なんせまともに話したことがないのだ。

 それなのに斜め後ろの席から消しゴムのかすを投げつけたり、周りに俺の陰口を俺に聞こえる範囲で言ってみたりと小さな嫌がらせをしてくる困ったやつだ。

 今のところ周りは奴のそういった行為に苦笑いで返しているが同調され始めたらさすがにきつくなりそうだった。


「いや、違うよこれは転んだんだ。それだけ」


 奴の身体も顔もヒョロヒョロとした姿を思い浮かべてしまっておぞけがする。

 その程度には1か月程度の付き合いで嫌いになれる相手だった。


「ああ、そんな度胸はなさそうか。でもほんとに転んだの?変なことに巻き込まれたとかじゃなく?」


 疲れていたのか牧野が最初に何かボソッと言った気がしたが聞き取れなかった。しかし図星を突かれてしまった。

 後ろめたいことがあるわけではないが言っても信じてもらえるだろうか。


「それよりどうしたんだ?うちに何か用?」


 そうは聞いたが本当は何の用なのかは分かっていた。

 彼女はいつもの小さめのトートバックを腕に下げていたから。


「ああそう、忘れるところだった。肉じゃがおすそ分けしようと思って」


 で、出たーーーー。

 お・す・そ・わ・け、おすそわけ!

 

 しかも肉じゃが!

 ベタベタにベタだが俺は牧野にもらうおすそ分けの中でもこの料理に思い入れがあった。初めて食べた彼女の料理がこの肉じゃがであったからだ。


 あれは俺が疲労で体調を崩してしまった一昨年のことだった。俺に変わって母が料理をしてくれたのだがそれはそれはまあ不味かった。父がいたころは父が料理担当だったので知らなかったのだがうちの母は料理が苦手だったのだ。

 そのくせスーパーの出来合いなんかは絶対に食べたくないという人だったので毎日の食卓は忍耐の時間となっていた。


 その愚痴を思わず牧野にこぼしてしまったのがことの始まりだった。

 弁護士で自ら事務所を持っている母に変わり彼女もまた簡単なものではあるが小学校高学年から父と自分の料理を作る日があった。

 そんな日におすそわけと評して多く作っているだろう手料理を持ってきてくれるようになったのだ。


 俺もあれから反省して無理をしないようになり倒れることはなくなったが今でも彼女は月に1回ほどの頻度でおすそわけをしてくれる。

 俺も簡単なパウンドケーキなんかをお返ししたり、お互いに感想を言い合ったりして楽しんでいた。


「ありがとう牧野」


 愛してる牧野!


 春になったとはいえ日が沈むのはまだ早い。

 彼女は最後まで俺のボロボロ具合を不審に思いながらもお隣さんなのに結構歩く自分の家に帰っていった。


 こうして俺は間一髪の死線をくぐり抜け、やっと帰宅を果たしたのだった。

 











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