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「癒しタヌキ」
この生活、まんざら悪くないかも
このところずっと雨続きだ。梅雨だからしょうがないのかもしれない。
天気とリンクするかの如く、僕の気持ちはこのどんよりとした空のように沈んでいた。天気が気持ちに及ぼす影響といったら計り知れない。
最近、何もかもが暗く沈んで見えてしまう。実際、ここのところ、ツキから見放されているようだ。仕事での頑張りも空回りしている。
しかも今日は最悪だった。先方の完全な勘違いをこっちの間違えにされて、途中まですすんでいる工事をイチからやり直しにさせられた。
イライラするけど、いつまでも凹んでいたらダメだな。相手がつけいるスキがないようにしていなかった僕も甘かった…って、そう言えば去年まで付き合っていた彼女からもよくそう言われてたな…。
「ヒロキは、詰めが甘いのよ!」
「相手を恨むより、まず自分に非がなかったか反省しなきゃ!」
「自分で選んだ仕事なんだから、頑張りなさいよ!」
「落ち込んでる暇があったらもっと勉強するとか、参考になる物を見て回るとか、自分をもっと追い込まないと上には上がれないよ!」
サキはとても上昇志向の強い年上の女性で、人にも厳しいが自分には人一倍厳しかった。
頑張っている彼女を見ていると、僕もがんばんなきゃなって思えて、良い刺激をもらっていた。彼女に誉められたい、バカにされたくないと思って、僕はひたすら仕事を頑張った。
実際の自分以上に背伸びもしていた。本当の自分じゃない誰かを演じているのは分かっていた。こんな生活、とてもじゃないけど長く続けられない事も知っていた。
だけど僕はがむしゃらに頑張った。そして身も心もボロボロになっていくのに気付けなかった。
サキと言えば、もともと頭が良かったし、その気の強さもあってか、かなりの負けず嫌いで、学生時代は勉強で、社会人になっては仕事で、誰よりも自分が有能である事、そしてそうあり続ける事を命がけで頑張ってきた女だ。
仕事が出来るバリキャリの彼女だったが、とにかくマイペースで、しかも自分のペースを乱されることが許せない性格で、そんな風だから些細なことでお互いよく衝突した。
例えば、僕は週末の朝はゆっくり寝たいタイプだけど、彼女は週末こそ朝活をしたいタイプ。
僕は家でのんびり映画を見ながらお酒でも飲んでいたいと思うのに、彼女は仕事に役立つ勉強をしたり、語学スクールに通ったりしたいらしい。
―合わないんだ…何もかも。
一緒にいてもお互い疲れるだけなんだ。だけど好きだったからしょうがないじゃん…。
別れた理由は未だによくわからないが、何か小さなことが原因でケンカになり、
“さようなら。お元気で。”
たったそれだけのラインが来て、サキはそれっきり姿を消した。
いつも完璧な彼女らしく、僕がマンションに戻ってくると、部屋にあったサキの荷物はきれいさっぱり無くなっていた。
それでもまだ僕はいつか彼女は何事も無かったかのように戻ってくると思っていた。
きっとほとぼりが冷めたら戻って来てくれると…。
だけど、いくら連絡しても返事が帰って来ることは無かった。
3ヶ月を過ぎたあたりから、僕は捨てられたんだ…と自覚するようになった。
僕にいつもダメ出しする彼女から捨てられるという、トドメのダメ出しをくらって、僕の自己肯定感は益々低くなってしまった。