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僕はヒロキさんの元へ行って彼の腕を自分の肩へ回し体を支えながら移動させた。
「ヒロキさん、大丈夫ですか? よかった、間に合って。」
―傷から血がたくさん流れ出ている。早く止血しないと!
「これ、何?」
ヒロキさんは僕の描いた魔法陣の事を尋ねた。
「自分もよく分からないんスけど、エマがそうしろって…。」
僕がヒロキさんに何とも要領を得ない説明をしていると、エマが僕たちのいる魔法陣の中に滑り込んできた。
「強エェ…アイツ…トンデモナク…強エェ…。」
家を出る前、エマは言っていた。男にとりついている悪霊は、一体どころじゃなく、何十体、何百体といるって…。
その中心に元になった怨霊がいて、そいつにトドメを刺さない限りヤツは倒せない。
しかしその怨霊はヤツの体の一番奥にいて、表からではいくら戦っても手を出せないらしい。
表に出て来る悪霊たちをを退治しても、後から後から他の悪霊が湧いて出てきて、いくらやってもトカゲの尻尾きりで埒が明かないのだ。
「エマ、タヌ子の魂は、どうしたらヤツから取り返せる?」
ヒロキさんはエマに聞いた。誰が何と言おうと、もはや彼の決意は揺ぎ無いようだ。
「男ノ体ガ弱ルト、次ノ宿主ヲ探ス為ニ 影ガ外ニ出テクル。ヤツノ体カラ アノ黒イ影ガ完全ニ出テキタ時ニ、ソノ中ニ入ッテ、タヌ子ノ魂ヲ探シテ持ッテ帰レバイイ。」
エマはヒロキさんにそう告げた。
「わかった! 俺やるよ!」
ヒロキさんは即答した。
「ヒロキ、コレハ簡単ナ事ジャナイ。マズ普通ノ人間ジャ タヌ子ノ 魂ガ ドコニアルカ ドレナノカモ 分カラナイ。タヌ子ヲ 心カラ 愛シテイル奴、タヌ子ノ全テヲ 受ケ入レテ イル奴デナケレバ タヌ子ノ魂スラ 見ツケル事ハ 出来ナインダ! ソシテ モシ仮ニ タヌ子ノ魂ヲ取リ戻セタトシテモ、影ノ中ニハ ボスガイテ、ソイツガ トテツモナク 厄介ナンダ。簡単ニ倒セルヤツナンカジャナイ。オマエ 死ヌカモシレナイゾ。」
エマは声を荒げた。
「俺なら分かる。絶対にタヌ子の魂を見つけて救ってみせる!」
ヒロキさんはエマに断言した。
「…分カッタ。必ズ タヌ子ヲ見ツケテ 二人トモ 帰ッテ来ルンダゾ!」
エマはヒロキさんの肩を掴んで力強い声で言った。
「ヒロキ…さん…。」
僕は彼の事が心配で堪らない。しかし彼の気持ちは固まっていた。
「タヌ子が助かれば、それでいいんだ。無事タヌ子を連れ戻したら、後はよろしくな!」
ヒロキさんは余裕の笑みを浮かべた。
しかし長年…とまではいかないが、毎日顔を突き合わせている僕には分かる…。
彼の声や、指先も小刻みに震えている。余裕の笑みなんて浮かべられる心境じゃ無い筈だ。
だが、僕が止めても彼は行くだろう。エマもそれが分かっていた。
タヌ子さんを救えるのは、ヒロキさんただ一人だ!
満身創痍のヒロキさんは傷ついた体を引きずりながら魔法陣から飛び出し、敵の元へ行ってしまった。
かなりの激痛の筈だ。それでもヒロキさんは男に飛びかかってヤツを殴りつけた。
彼はうまく影を誘い出すことに成功した。そしてそのまま影の中に飛び込んでいってしまった。
エマは手を握りしめ、歯をくいしばって影を凝視した。
―確か…エマは言っていた。悪霊を弾き飛ばすほどの…強い…ポジティブな…威厳がある…大勢の…圧倒的な波動…
そうか!




