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 黒い影はゆらゆら僕の方へやってきた。僕は意を決して影の中に飛び込んだ。


 中は生ぬるい嫌な風が吹いていた。


 すすり泣く女の声や罵詈雑言を吐く声、死にたい気持ち、この世に信じられる人間など存在しないと思い込みからの孤独感、裏切り、あざけり、あらゆるネガティブな想念がうずまいていた。


 その想念は僕の感情をコントロールしようと次々にやってきた。


 暗い感情たちは僕の心に入って来ようとする。油断しようものならすぐに心が今にも折れて、そちら側に引きずり込まれてしまいそうだ。


 僕はそれらに負けまいと、ひたすらタヌ子の事だけを想い前へ進んだ。


 しばらく進むと広い空間が現れた。


 赤黒いその空間は妙に柔らかく、まるで人間の体内のようだった。足を取られて歩きにくい。


 見回してみると、そこら中に色や輝きの違う、いろんな大きさボールのような物がたくさんあるのに気付いた。


―これって…エマの言っていたやつか? 玉…一つひとつが誰かの魂ってことなのか…? このバケモノは…一体どれだけの人間を取り込んできたんだ? 


 僕は深呼吸をした。


 頭の中から雑念を追い払い、ただひたすらタヌ子の事だけを想った。


 そして僕の心の中がタヌ子への気持ちでいっぱいになると、目の前に光が見えた。


 僕だけに向かって放たれる優しい光。


 僕には分かった。


―あそこだ! 


 僕はその光めがけて走った。


 丸い大きな卵のような物が見えた。


―あった! タヌ子の魂だ! 


 タヌ子の魂は柔らかく優しい光で僕を照らした。


「タヌ子…おうちへ帰ろうね。」

僕はタヌ子の魂を優しく撫でてそう伝えた。


 その時、空間が醜く揺れて空間中に埋め込まれていた魂の玉が落ちてきた。


 僕はタヌ子の魂を優しく抱きしめ、体を丸めて覆いかぶさり、ひょうのように降り注いでくる他の魂の玉たちからタヌ子の魂を守った。


 魂の玉は僕の背中を容赦なく打ち付ける。


 痛みが体中に走る。


 玉はぶつかるたびに呪いの言葉を僕に吐いてくる。


ー体も精神も麻痺させるつもりだ! 何度も意識が飛びそうになった。痛みで体の感覚もすでにない。しかし僕は倒

れなかった。


―タヌ子を助けるまで死んでたまるか!


 突然、相手の攻撃が止んだ。


 恐る恐る振り返ると、ざんばら髪で乱れた着物の女が僕の前に立っていた。


 女は恐ろしい顔で僕を睨んだ。


「この子は渡さないよ。さっさと帰んな!」

ざんばら髪の女は怒鳴った。


「おまえにタヌ子は渡さない! 命に代えても連れて帰る!」


 僕は女を押しどけ、タヌ子の魂を抱きかかえて走り去ろうとした。


 しかし急に体に力が入らなくなって体から何かが流れ出ているような感覚に陥った。


「おまえの魂を八つ裂きにして、元の体に帰ってこられないようにしてやる。」


 女は僕の体に手を入れて魂を抜き取ろうとした。


 全身に激痛が走る。


 体中をナイフで切り刻まれてるみたいだ。


 痛みと恐怖で胸が破裂しそうになる。


―魂を八つ裂きにされても、俺はタヌ子を助ける!


 僕は体中の力を振り絞って女を振り払い、力の限り走った。


 タヌ子の事だけを考えた。


 痛みや恐怖に心を奪われないように、ひたすらタヌ子の笑顔だけを思い描き、無我夢中で走った。


 女が後ろから追っかけてくるのが分かる。


―振り向くな! 前だけ見て走るんだ。


 目の前にうっすら光が見えた。


 目を凝らすと、内田とエマとタヌキの置物が心配そうにこっちを見ていた。


 もう少しだ!


 その時女は俺の肩をつかんだ。



―これまでか…。





 諦めかけたとき、前から爆風が吹いた。


 そして、雷が落ちたような閃光が走った。


 衝撃で僕は吹き飛ばされ床に叩きつけられた。


 しかしタヌ子の魂は腕の中にしっかり抱きしめて離さなかった。


「ヒロキさん!」


 ウッチーの叫び声が聞こえた。


 まばゆいばかりの光の中で、ウッチーが僕を円陣の中へ引きずっていくのがわかった。


 霞んでいく意識の中で、あの女に立ち向かっていく大勢の人影が見えた。


 その中の一人が他を制止して、女の前に歩み寄った。


―誰だ? 誰かが女と対峙している…。離れてください! その女はあなたの手に負えるような奴じゃない!


 僕は叫んだ。


 しかしとうに力は尽き果てていて、その叫びは声にならなかった。


 そして僕の意識はそこで途絶えた。




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