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「タヌ子が襲われた」
夜の街の中、タヌ子を探してまわった。
タヌ子がよく買い物をする駅前のスーパー、3時のおやつを買いに行く鯛焼き屋、毛並みを整えてもらっている美容院、思い当たる場所をくまなく回ったが、タヌ子は見つからなかった。
僕は後悔していた。何故もっとタヌ子の事を知ろうとしなかったのか…。
僕の家に来る前にどこに住んでいたのか、占い師として働いていた場所はどこのビルだったのか、あろうことか、僕はタヌ子の出身地さえ知らない…。
もっとタヌ子にいろんな事を聞いていたら、僕は彼女を見つける事が出来たのかもしれないのに!
今、この瞬間も、きっとタヌ子は泣いているのかもしれない…。
独りぼっちで泣いているタヌ子を思うと胸が張り裂けそうになる。思いっきり抱きしめてやりたい。
そしてあの時ハッキリ言えなかった気持ちを言いたいんだ。タヌ子が許してくれるなら、一晩中だって語りたいのに!
…気ばかり焦る。何か嫌な予感がしてならない。鼓動が激しくなる。
途方にくれていた時、スマホが鳴った。ウッチーからだった。
―こんな時間に急に連絡してきたと言う事はきっと仕事のクレームが入ったとか、そういう話だろう…。
「ウッチーごめん、今、俺、ちょっと取り込んでて…」
ウッチーには悪いけど、僕は今それどころじゃないんだ。
しかしウッチーは意外な事を言った。まさに僕が求めていた情報そのものを!
「あ、ヒロキさん! タ、タ、タヌ子さんが、うちに来てます! 本人がヒロキさんには言わないでって、何故か嫌がってるんですけど、やっぱり連絡した方がいいと思って。今から来れます?」
ウッチーは酷く取り乱している様子だった。
「すぐ行く! …ごめん、住所送って!」
恥ずかしい。社長ともありながら僕はたった一人の社員の自宅すら知らなかった。
ウッチーはすぐにラインで住所と地図を送ってくれた。とりあえずは良よかった。タヌ子は無事だった!
僕は急いでタクシーを飛ばしてウッチーの家に駆け付けた。とにかく一刻も速くタヌ子に会いたい!
ウッチーは青ざめた顔で僕を迎えた。何か物凄く怖い体験でもしてきたかのようだ。
「タヌ子はっ? タヌ子はどこにいるんだ?」
僕はウッチーをせかした。早くタヌ子に合わせてくれ!
「タ…タヌ子さんは…その…。」
彼の声は震えていた。
「まさかタヌ子に何かあったのか? そうなのか、ウッチー!」
僕はウッチーの肩を掴んで揺すった。ウッチーは目を瞑って歯を食いしばっていた。
「とにかくタヌ子さんの所へ行きましょう。話はその後で…。」
ウッチーはタヌ子がいる部屋に案内してくれた。
「タヌ子さん、寝てますからお静かに。」
ウッチーは奥の客間に案内してくれた。
襖をそっと開けると、6畳くらいの和室の真ん中に布団がしいてあって、そこにタヌ子は横たわっていた。タヌ子が寝ているので電灯は暗めにしてあった。
薄暗いオレンジの光に照らされてタヌ子の顔が見えた。タヌ子は苦しそうな顔をしていた。
「タヌ子! どうしたんだ! 何があったんだ!」
僕は布団の横に駆け寄ってタヌ子に話しかけた。
「シッ!」
後ろから誰かにそう言われた。振り向くと知らない外国の女性が立っていた。
「静かにしろ!」
女性は小さな声で僕に言った。声は小さかったが語調はとても強かった。
その女性はウッチーの彼女だと教えてもらった。
彼女はずっとタヌ子に付き添ってうれていたようだ。
タヌ子は布団の中で丸くなって寝ていた。フサフサの毛並みは抜けてほっそりしてしまっていた。所々に禿ができている。すごく痛々しい。
「タヌ子…。」
僕はタヌ子に抱きついた。
涙がポロポロ出て止まらなかった。
どうしてこんなに大事な子を守ってあげられなかったんだろう…。
僕は泣きながらタヌ子の背中を撫でた。しかしタヌ子の反応は無く、グッタリとしたまま目を覚ます事は無かった。
「ヒロキさん、ちょっと。」
ウッチーがドアのところから僕を呼んだ。




