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「HR DESIGN OFFICE」  ー 僕の仕事場 ー




 気持ちを仕事モードに切り替えて事務所のドアを開けた。


 僕の名前は中谷裕樹。今年で35歳。皆からは、ヒロキ、とか、ヒロキさんって呼ばれている。


 大学卒業後、大手デザイン会社に就職して、3年程前に独立した。現在はこの小さなデザイン事務所を経営している。


 仕事は主に、スーパーやいろんな店などの内装デザインだ。集客アップに繋がるようにお客さんの動線などを考えながら、効果的な物や家具の配置、展示や照明など、店全体をデザインする仕事をしている。


 小さな事務所なので、従業員も僕の他には一人だけ。二つ年下の内田君。


 初めは僕一人でやっていたのだが、有り難い事に依頼も増えていき、一人では手が回らなくなって働いてくれるスタッフを募集した。すると彼がひょっこり現れた。


 その時が彼とは初対面の筈なのだが、何故か昔から知り合いだったような、どこか懐かしい友人にあったような、デジャヴのような、泣きたいような嬉しいような気分になる。


 そんな気持ちになる自分も…キモッ!って思ってしまうんだけど…とにかく、彼に対しては自分でも訳が分かんない気持ちになるんだ。


 彼に見つめられると、何故か弱みを握られているような気持ちにもなってしまう。


―やっぱり以前にどこかで会ったことあるのかなぁ…。全く思い出せない…。何故なんだろう…。


 僕が思うに、もしかすると内田君と出会う事は前世から決められた運命なのかもしれない。実際、彼は有能だし、たとえ運命では無かったとしても、うちに来てくれて本当に助かった。


 うちを志望した動機は、きっと自分の家にすごく近かったから…というのが本音っぽいけど、性格も悪くなさそうだし、断る理由すら見当たらないので、即、採用することにした。


 彼の経歴を見ると、どうしてうちのような小さな事務所に来てくれたのだろう…と不思議に思う。彼の経歴ならもっと大きな企業でも十分通用するだろうに…。


 しかし僕にとってはありがたい事だ。有能な人材が現れてくれたのも、僕の日頃の行いがよかったのかも…なんてうぬぼれてしまった。


 内田君はちょっとそっけないところはあるが、仕事は真面目でそつなくこなしてくれている。仕事のパートナーとして、僕たちはうまくいっていると思う。




 事務所は、僕の住んでいるマンションから歩いて10分くらいのところにある。駅からすぐの大通り沿いにあるビルの2階で、通りに面している壁は、一面ガラス張りで明るい。


 そのガラス張りの隅に大きなウンベラータの木を置いている。前面真っ白な壁からは、ところどころにツタ系の観葉植物を垂らしている。


ー癒しがほしいんだ、僕は…。


 緑に囲まれていたい。出来たら滝を作ってマイナスイオンを発生させたいくらいだ。とかく都会の生活ってのはストレスが溜まりやすい。





 午前中、二人でパソコンに向かって仕事をしていたが、正午前になって内田君が窓の外を気にし始めた。そして彼は窓の前まで行って、しばらく立ったまま外を見下ろしていた。


―誰か知り合いでも来たのかな? だったらもう昼休みだし、抜けてくれても構わないのに…。


「ヒロキさーん。外にめっちゃキレイな人がこっち見て立ってるんスけどー。」

内田君が奥で仕事をしている僕に向かって叫んだ。


「え、誰?」

僕にはそんな人、心当たりが無かった。


「自分、見たことないんスけどー。」


 内田君も知らない人らしい。僕は席を立って窓の方へ行き、下の通りを見てみた。


「……内田君…キレイって…あれ?」

僕は頭を抱えて内田君に聞いた。


 窓の下にはタヌ子が嬉しそうにこっちを見上げて立っていた!


「う、内田君、ちょっと聞きたいんだけど…アレ…何に見える?」

僕は恐る恐る内田君に聞いてみた。


「え? 何に見えるって、やだなぁ~ヒロキさん! めっちゃキレイな人じゃないッスか!」

内田君はニヤニヤしながら言った。


「タ、タヌキには、見えない…よね?」

僕は思い切って聞いてみた。


「ヒロキさん…ちょっと何言ってるかわかんないッス。」

内田君は覚めた目で僕を見て冷たくそう言った。



 タヌ子は僕を見つけて、めちゃめちゃ嬉しそうに手を振った。大きな尻尾もブンブン振り回している。


 かと思いきや、猛ダッシュでビルの入り口の方に走っていった。その直後、事務所のチャイムがけたたましく鳴った!


―タヌ子足速っ! つかタヌキに見えてんの、もしかして俺だけ???


 ドアを開けると、タヌ子はもじもじと恥ずかしそうな笑顔でフッサフサの大きな尻尾をブンブン振っていた。


「お昼一緒に食べられないかな~っと思って来てみたの。」

タヌ子はウフっと笑った。


「ヒロキさん、俺、後やっとくんで、ゆっくりランチ行ってきてください。」

内田君はニヤニヤしながら言った。


「いつの間にこんなキレイな人と…。俺、今、ヒロキさんにモーレツに嫉妬してますっ!」

僕の耳元で内田君が眉間に皺を寄せて囁いた。


―え? 今、内田君、タヌ子の事言った? タヌ子の事、キレイな人って言った? という事は、内田君の目にはタヌ子は人間に見えてるって事なのか? タヌキにしか見えないのは、もしかして俺だけなの???



 頭を抱える僕の背中をタヌ子はドンドンと押して、無理やり外に連れ出されてしまった。理解不能な事ばかりで頭がおかしくなりそうだ!



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