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 恐る恐る藤堂社長を見た。僕の心配をよそに、藤堂社長はポカーンとしていた。横に居た田代先輩も「何言ってんだコイツ」っていう顔をしている。


―何なの? もう!


「勘違いさせて悪かった内田君。私たちは別に男が好きとかいう訳では無いんだ。ただの女装愛好家なんだよ。君のキレイに手入れされている爪を見たら、これは確実にプロ級の愛好家だと思ったんだよネ…。ア~ッハッハッハ。」


―なぁ~にぃ~それ! 安心から涙目になった。


「あの…ちなみに社長のコスプレは、…何なのでしょう?」


「これ? 微妙だろ? 分かる?」

社長はおどけて僕に尋ねた。


「いえ…さっぱり分かりません…。」

僕は正直に答えた。


「内田君、君、わが社の経営理念を知っているかね?」

社長は聞いた。


「す、すみません…勉強不足で…存じ上げておりません…。」

僕は自分の勉強不足を恥じた。


「いいんだよ。我社の経営理念は「全ての女性を幸せに!」なんだ。女性って、大変だと思わない? 仕事に家庭に、男より負担が多いんじゃないか…って、僕は思うんだよ。


実はこの格好、うちのレストランに来るお客さんが日常でよくしなきゃいけない格好なんだ。子持ちの主婦層が多くてね、だいたい息子さんだと野球だったりサッカーだったり、少年チームに入ってるんだ。娘さんだともっと習い事の幅が多いかもしれないな…。


週末なんか、一日中子供たちに付き合って大変なんだよ。日焼けも気になるしね。このクラブを始めたのも、うちのお客さんの大半が女性客だから、女性の気持ちになりきろうと思ったからなんだ。


頑張るお母さん、働くお母さん、そして全ての忙しい女性たちを癒してあげたい。ストレスの多い日常を忘れて、しばし夢の時間を過ごさせてあげたい。そんな気持ちから林檎の里グループは始まったんだ。


今日は内田君にとって、記念すべきデビュタントの日! 是非、私の経営理念を分かってもらいたくて、体感出来るようにこのような格好をしてみた…と、言う訳だ。」

藤堂社長はしみじみと言った。


 僕は社長を誤解していた。そんな立派な経営理念の元に林檎の里グループは始まったんだ。


 襲われてしまうんじゃないかって…そんな事を考えていた自分が恥ずかしい。僕は自責の念に駆られていた。


「ま、初めは正直必要に迫られてしょうがなくやっていた感はあった。しかぁ~し! 女装し始めると最初の志を忘れるくらい没頭してしまってね…。何コレ! 化粧って楽し~! ネイル! 何、何ぃ~? 自分の手が宝石みたいになるじゃぁ~ん! 女性の洋服って、コーディネイト無限だよなぁ~って…もうその魅力、いや、魔力のトリコになってしまった…という訳だよ。」

藤堂社長は、スポーツチームママの格好で遠い目をして言った。


―そ…そうなんスか…。


 このまま藤堂社長を尊敬し続けていいものか、今の発言を聞いて躊躇してしまった。


― 一代で事業を拡大させるためには、そこまでやるなんて僕には到底マネ出来ないや…。でも…コレって…正しい方向なんスかね? いい話なのかそうでないのか分かんないスけど、この内田、心が震えてます~。


「しっかし内田君の美少女ぶりには驚いた! どうだ? 俺の愛人になるか? 店持つか?」

藤堂社長はニヤリと俺に言ってきた。


―店って何の店よ~。


「え、遠慮させていたらきまふ…。」

僕は立ち位置わからなすぎて、まともに声も出やしない…。


「冗談だよっ! 俺に男色の気は無いっつっただろ!」

藤堂社長は大笑いして僕の背中をバシーンと叩いた。


「今日から君は私たちの仲間だ! 助けるよ~!  助けるとも! 困ったときは何でも言ってくれ! それではこれから毎週、顔を見せに来てくれよっ、内田君!」

藤堂社長は破顔一笑した。


「恐悦至極に存じますぅ。」

僕はそう言うしか為すすべがなかった。



―いったい今日は何だったんだろう…。えらい目にあった…。しかし、林檎の里グループの仕事は取れた。ヒロキさんにはボーナスをたくさん出させよう!





「ただいま帰ってきました~。」

青ざめた顔でフラフラしながら事務所のドアを開けた。


「お! ウッチーおかえり~。遅かったね~。どうだった?」

何にもしらないヒロキさんは、のんきな顔で聞いてきた。


 タヌ子さんの真似してノンキに僕の事をウッチーなんて呼んでいる。僕はヒロキさんの机の上に資料をドスンと置き、ギロリと睨んでドスの効いた声で言った。


「取れましたよっ! ボーナス、目いっぱい頼みますねっ!!!」


「は…はいぃ。」

ヒロキさんは訳がわからず怖気づいていた。


 このノンキな男は少しぐらい怖がればいいのだ。僕が体をはって仕事を取ってきたとは気付いてもいないのだから! 


 視線を感じて振り向くと、タヌ子さんがニコニコしてこっちを見ていた。


「ウッチー、新たな才能が開花したみたいだね!」


―才能って…もしかして女装のことっ? 見抜いているのかっ、タヌ子さん! でも…でも…俺って、けっこうイケてたかも! 


…そう言えば、タヌ子さんの言っていた協力者っていうのは…やっぱりネイルのモデルをさせてくれてエマなのか…。確かに取っ掛かりは僕の爪に残っていたネイルの痕跡からだったよな…。


 エマ…らぶ。



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