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「お仕事タヌ子」
がんばっております
仕事途中だったが、家に忘れ物をしてしまったので取りに帰ることになった。
タヌ子の手が空いていたら持ってきてもらおうかなと思ったけど、彼女は仕事が入っていると言っていたので邪魔するわけにはいかない。
「ただいま~。タヌ子~、忘れ物しちゃった~。」
部屋に入ると、中はカ―テンが閉められて暗かった。テ―ブルの上にはロウソクが灯っていた。怪しげな音楽がかかっていて不気味な雰囲気だ。
―な、何?
奥にゆらゆらクルクルと動く人影が見えた。目を凝らして見ると、当然それはタヌ子だった。
―当たり前だ。他の人間がいたらそれこそ怖い。
タヌ子はリビングで不思議な踊りをしていた。頭に薄いショールを被り、その上からよく占い師が付けている宝石のペンダントみたいな物を乗せていた。
そして首や腕にこれでもかったくらいたくさんアクセサリーを付けまくっていた。
足に巻いたアンクレットには鈴が付いているらしく、タヌ子が動くたびにシャンシャンと音が鳴った。
タヌ子は先っぽに水晶がついたステッキを持って、よく分からない巫女の儀式のような舞を舞った。
「…タ、タヌ子ちゃん?」
タヌ子は踊りながらクルっと振り向いて、指を口の前に立て、「シッ!」っと言った。そしてまた踊り続けた。
なんだか面白そうだったので、僕はソファにそっと座り、タヌ子の邪魔をしないように行動を観察することにした。
ひと通り舞い終わると、タヌ子は奥へ押しやっていたリビングのテーブルをまた元の位置に戻し、その上に水晶玉を置いた。
そして突然、白目を剥いて天を見上げたかと思ったら、
「フアァァァァァ~~~~~~!」
と、叫びだした。
「ウワアァァァァァ~~~~!」
僕は驚いて思わず悲鳴を上げてしまった。
タヌ子が冷めた目で僕をチラっと見た。すぐに僕は口を押えて息を潜めた。。
タヌ子はスマホをテーブルの上に置き、手をその上にかざしてぐるぐる回し始めた。
「フアァァァァァ~~~~~!」
タヌ子はまた奇声を上げた。二度目とはいえ、僕はまた驚いて体がビクっと反応したが、口を押えて必死に堪えた。
その時、電話がかかってきた。
「はい、もしもしぃ~、アンドロメダリー・タマラですぅ~。本日のご相談は何だったりしますかぁ~?」
タヌ子は打って変わって猫なで声で話し始めた。
―それにしても…アンドロメダリ―って何なん? しかもその話し方、JKかっ?
タヌ子の行動はふざけているとしか思えなかったが、電話相談の受け答えはなかなかしっかりしていた。
スピ―カ―にしていたので僕にも聞こえてしまったのだ。
もちろんタヌ子は僕に聞いてもらおうなどと思ってもいないのだろうけど。
まあ、見ず知らずの人の相談を僕が聞いたところで何の役にも立たないだろうし…ハッキリ言ってお荷物なだけで戦力外だよ…
もとい、タヌ子は手を水晶玉にかざしながら相談者の声に耳を傾けた。相談の内容はこんな感じだった。
相談者は20代の女性。結婚を考えている彼氏が最近そっけなくなって、自分に問題があるのか、はたまた他に好きな人でもできたのか、そんな事を占って欲しいと相談してきたようだ。
「彼が最近…私に何も言ってくれなくて…。どこで何してるか全く分からないんです。」
―いるよね…。女の子って、そんなに彼氏の行動が気になるんかな…。
「前は毎週末あってて、たまに会いたくなったって、平日も急に会いに来てくれたりしてたんです。だけど最近そんなこと無くて…週末も仕事や付き合いが増えたとかいって会ってくれないんです。」
タヌ子は何も言わず手を水晶玉の上で回しながらジッと話を聞いている。
「久しぶりに会っても、私の話なんか上の空で、どこ行くにもスマホを手に握ったままなんですよ!」
―残念ながらお嬢さん…そりゃクロですな…。
ここまで聞いていると、霊感の無い素人の僕でも分かる。占いするまでも無い。その男、完全に他に相手いるよ…。
「私…心配になっちゃって…彼のスマホにGPS仕込もうと思ったんですけど…彼、全く隙が無くて出来ないんです! 先生! どうしたらいいですか、私!」
―ホラーだ。女って、こんなこと考えてんの?
「GPSが無理なら私、いっそ彼がモテなくなるようにブックブクに太らせてやろうかと思ってるんです! 分からないように少しづつ少しづつ、料理や飲み物に砂糖を増やしていってやろうかな…。」
―ひでぇ…酷すぎる…。
「相手の女には呪いをかけたい。先生…黒魔術のやり方教えて下さい。」
相談者の女性はどんどんエスカレートしていった。きっと自分でも自分の暴走を分かってないのだろう。
ーそんな事をしていたら、たとえ彼氏に浮気相手がいなかったとしても、君に対する愛情が無くなってしまうよ…。
その時だった。ずっと水晶玉を見つめていたタヌ子が沈黙を破った。




