表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/72

12


 その夜、私は悪夢を見た。


 もしかすると現実なのかもしれないと思うほどリアルな夢だった。


 夢の中でも私は寝ていて、頭に違和感がして目を覚ました。柔らかい猫の肉球のような物が私の頭を撫でている。


 クリームのような物を塗っているのか、気持ちのいい感触だ。


 うっとりしながら薄っすら目を開けると、鬼のような形相をしたタヌキが私を睨みつけていた! 


 そしてそのタヌキは私を睨みつけたままクリームを塗り続けている! 


 タヌキは私の頭にクリームを塗り終わると、今度は真横に来て布団を剥ぎ、パジャマを脱がし始めた! 


 私は怖くなって、必死でタヌキを払いどけようとするのだが、金縛りにあってしまい体は全く動かない。


「…あががが…うがぁがが…。」

私は助けを呼ぼうと必死に叫ぶが、金縛りのせいで言葉にならない。


 タヌキは私を睨み続けている。恐ろしさで脂汗が滲み出てきた。


 タヌキは私のパジャマのボタンを外し、今度は別のクリームを胸の辺り全体に塗り始めた。


 肉球の感触は気持ち良いが、タヌキの怨念のこもった形相は怖すぎる! 


 タヌキはひと通り塗り終わると、几帳面に私のパジャマのボタンを元通りに留め直し、布団までかけてくれた。もちろん鬼のような形相は変わらずに。


 怖いくせに妙なところが親切だ…。そしてタヌキは私に向かってこう言った。


「悔い改めよ!」





 次の朝、夕べの悪夢のせいで朝からクタクタだった。


 布団から這い出るようにして、やっとの思いで洗面所まで辿り着き、顔を洗った。


タオルで顔を拭いて何気なく鏡を見ると、髪がなんだか薄くなっているのに気付いた。


―毛量が明らかに少ない! 何なんだこれは! 


 さらに鏡を見ていると、また違う変化があるのに気付いた。


―む、胸毛が!!!


 今まで胸毛なんかほとんど無かったのに、一夜にしてモッサリ生えていた。


ー何故だ! 何故なんだ~!





 朝飯を食べる気分でも無かったので、今朝はいつもよりだいぶ早い時間の電車に乗って会社に向かった。


 電車に揺られながら夕べの悪夢を思い出した。


 あの化け物タヌキがクリームを塗っていたのが頭と胸。髪が薄くなり、胸毛が生えてきた。この毛量の変化は、やはりあの化けタヌキが関係しているのだろうか? 


 確かヤツは何か言ってたな…。「悔い改めよ」とか。何をだと言うのだ! 


 私は34年間、必死で働いてきて家族を養ってきたんだぞ! どこを悔い改めなければならないと言うのか! 悔い改めるどころか、表彰されてもいいくらいじゃないか! 





 ムカムカしてると腹が痛くなってきた。会社に着くと、トイレに駆け込んだ。朝早いのでまだ誰もいない。


 しばらくすると、声が聞こえてきた。声の感じからすると、うちの課の小林君と黒崎君だ。例の今時の若い連中だ。


「入江部長だろ? ほんとムカつくよな!」


「マジ、ムカつくよ。君たちの意見を言ってくれ、とか言っといて、俺たちの案なんか全く聞いてない。で、結局自分が決めてた案でやってるし。それじゃ俺たち、いなくていいじゃね?」


「そうそう! それにこっちは毎日時間内に必死で仕事終わらせてんのにさ、定時で帰ろうとしたら聞こえるようにイヤミ言ってくるしな。あんなもん、長々やってる事じゃないだろっ、おまえの仕事が遅いだけだってんだよ!」


「どーせアイツ、仕事以外に何も無いんだろ。きっとどこにも居場所ねーんだよ。みんなのこと、自分と同じ境遇にしたいだけなんだよ。」


「そーだろな! つまんね~人生だよな! 仕事だけなんて。」


「だっせ~な、あれじゃ嫁どころか子供にも嫌われてるよ。」




―酷い言われようだ…。もちろん好かれているとは思っていなかったが、あそこまで言わなくてもいいんじゃないか! 


 腹の辺りから怒りがムラムラと込み上げてきた。その日は一日、普段よりもかなりきつく部下たちに当たった。


 

―どうせ嫌われてるんだ! むしろこっちこそおまえらなんか大嫌いだ!




 仕事終わりに、なんとなく真っすぐ家に帰りたくなかったので、一人で立ち飲みの店に行って一杯やった。


 そして当て所なく足の向くまま歩いた。


 ビルの合間から眩しい光が射していた。行ってみるとフットサル場があった。若者が楽しそうにフットサルをしている。


 よく見ると、うちの課の小林と黒崎がいた。


―あいつらこんなところでノンキなもんだ! 遊んでばかりで、どうせ出世なんかせんぞ! 


 最初はイライラして見ていたが、ずっと見ていると、あいつらは本当に楽しそうだと思った。


 仲間同士で盛り上がっていた。キラキラしたいい笑顔をしていた。


 なんだか私はやるせない気分になって家に戻った。



 相変わらず妻はソファに寝転び韓国ドラマに夢中で、娘と息子はスマホをいじっている。


 風呂は空っぽ。かろうじて夕食はテーブルの上にあった。


 その晩もタヌキは夢枕に立ち、頭と胸にクリームを塗って去っていく。


「悔い改めよ。」

と、言い捨てて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ