生きるということ1
夜李は部屋の隅で膝を抱えて、ずっと籠っていた。
幻覚魔法で追い詰めていたと思ったあの人間の様子がおかしくなって、ボコボコにされたのあとは覚えてない。目を覚ましたらあの女鬼はここに居ろと言うし、そのまま放置してくれれば……
「あのまま、死なせてくれたらよかったのに……」
「いや、リンの性格上、それはないんじゃないかな?」
「っ?!」
突然と声をかけられた。ビクッとなり、顔を上げるとあの人間がいた。相変わらずムカつく笑顔で笑ったままこちらを見ている。後ろにはアリスと呼ばれていた女と知らない男。
ずっと寝ていたとか聞いていたが、起きたのか。
「……ハッ 生きていたんだな。貴様」
「いやぁ、こういう時は僕はかなりしぶといんだよねぇ」
「それは少し言えてるかもな」
「ちょっとグレン?」
失礼なことをさらっとグレンに言われたが、さらに後ろにいたアリスはケタケタと笑っている。
夜李をよく見るとかなり顔色が悪い。戦っていた時と違ってかなり大人しいし、一応、アリスからきいたのは治療する時はもうされるがままだったそうだ。
今なら話聞けるかな?
「……俺に何の用だ?人間」
「人間じゃなくてアッシュだよ。そうだねぇ。試合の時に言っていたの忘れたかい? 相談くらいは乗るよって言ったじゃん」
「…………今更、話すこともない。どっかに行け」
「んー」
悩みながら部屋の隅にいた夜李の隣にアッシュはドカッと座る。急に隣にきて驚くが逃げる様子はない。アリスが抱えていた黒猫は彼女の腕から抜け出して、アッシュのところへ行くと彼の足の上に乗り、そこで寝始める。
この子もよく寝る猫だ。
ちらっと暗い顔をしていた夜李はずっと膝を抱えたまま。喋る気はない。アッシュはグレンたちの方を見てからアッシュは口を開く。
「そうだなぁ。いきなり相談はできないかぁ」
「…………貴様、一応権力的には上ではあるんだし、命令すればいいだろ」
「いやぁ僕、一応鬼じゃなくて人だからね。さすがにねぇ」
そういってアッシュは布作面をとる。夜李は驚いた顔をして、再度目を細めながらつぶやく。
「本当に人間だったんだな。人間かどうかは怪しいけどな」
「そうだねぇ、人っていうか僕らはちょっと違うんだよね。ねーアリス」
「あんたがとるなら私もとるわよ」
アリスも布作面をとる。再度、夜李はびくっとする。そうか彼らにはアリスの髪の色も変えたからな。今まで彼女の髪は黒く見えていたものが急に真っ白な髪に変わってるのもある。神子独特な毛先に色がついてるので、夜李は、”なるほどな”と呟く。
「貴様ら、神子とその守護者か」
「まぁ僕とグレンは守護者だけど、アリスの守護者じゃないんだけどね」
グレンのほうを見ると黙っていると思ったら目を閉じて座っている。飽きて寝てるのかな。
猫を撫でながら黙ってその場で待つ。
「………」
「…………」
「………………」
「…………おい、まさか貴様ら、聞くまでそこにいる気か?」
「え、もちろん。君が話す気になったら聞くつもりだし、命令なんてする気もないからねぇ」
「私も聞きたーい。暇だし」
「人間って本当に図太いな……」
呆れたように夜李はため息をつく。
キラキラした目をするアリスにも夜李は諦めたような顔をする。
「…………わかった、いい。話すから……、話すからそこの女はこっち寄るな……」
「えへへ~」
床で寝転がるアリスは無視して夜李はようやく抱えていた膝から手を放す。
「……俺は、昔、この里にいたんだが、昔ほどこの里は人間から姿を隠せるほどの魔法を持っていなかった。だから俺たち妖怪は当時、”妖怪狩り”というもので狩られたことがある。ガキの時に俺はそれに巻き込まれた」
「妖怪狩りって確か、僕の覚えてる限り、200年くらい前のことかな?」
「あ、私知ってる。250年位前にあったわ」
「君その頃も生きてたの?」
「ふふーん、エルフの血が伊達にははいってるわけじゃあないのよぉ〜」
「ちょっとわかんないかなぁ~」
昔、歴史の話で聞いたことがる。本当に昔の話だから当時はあまり気にしたことはなかったけど、彼はその当事者だったのか。
「まぁその妖怪狩りに遭えばどうなるかは想像はつくだろ。俺の羽はおられて、顔には気に食わないからと切られ、慰めものにもされながら、主が変わっていきながら俺はずっと奴隷として生きてきていた」
「……そっか……」
「けど、俺がこうして里まで帰れたのは最後に主になったヒューマン。そいつが最後に俺を奴隷としてではなく、一人の存在として扱ってくる変わったやつだった」
ふぅと言って再度膝を抱えながらも話を続ける。
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今から20年前、最後に俺を奴隷として、というよりも同情で引き取ったやつがいる。その時もまだヒューマンの主人に重労働等を酷使されながらも寒い雪の時に布切れ一枚の格好でずっと外の荷物を運んでいた時だ。
「おい、お前その恰好寒くないのか?」
「……?」
その時からも元々ヒューマンには相当嫌悪していた。だから話しかけてきたこいつに関しても大してまともな言い方もできていなかったと思う。
「なぁってば、寒くねぇの?」
「ハッ 寒かったら何か恵んでくれるのか?ヒューマン様よ」
「お、ようやく反応してくれた。いやな、実は強いやつを探しててさ、お前ここの職員か?俺に雇われてくれよ」
「俺のこの格好でよく従業員と思うな」
「あ!! だ、旦那様!! おい、お前!! お前が旦那様に話しかけれる分際じゃないんだぞ!!」
旦那様と呼ばれたそいつに今の俺の主人が頭を下げながらこちらに来ては、急に殴って蹴り飛ばしてくる。こいつはいつもこうだ。気に食わないときや見栄のためにわざと暴力を理由もなく振るう。
ガシャンッと音を立てながら倒れた俺に慌てて旦那様と呼ばれた男は駆け寄る。
「お、おいおい、お前大丈夫か?」
「旦那様、それは奴隷ですよ!汚いので触れないでくださいませ!」
「?奴隷?」
「そうです。珍しい奴隷でしてね。腕っぷしもよく、夜雀という妖怪の種族だそうです。ただまぁだいぶ使い古された中古でしたので安く買えました」
「……そうか……」
俺はその時点ではこいつらの話なんてほぼ聞いてはいなかった。蹴り飛ばされたあと、黙って残りの荷物を片付けようとしていたら、旦那様は俺の腕を掴む。なんだと思ってると、主人に向けて笑っていた顔がまじめに変わっていた。
「こいつ、俺に譲ってはくれねぇか?」
「え?! こ、こいつをですか?!」
「言い値でこいつを譲ってほしい」
「か、かまいませんが……、ではこのくらいで……」
「ん、なら手持ちで足りるな。鍵をくれ」
「は、はい!」
懐から金貨の入った袋を渡して、旦那様は俺の腕を引っ張っていく。
「行くぞ。俺の屋敷に来てくれ」
そういわれ連れて来られたのは大きな屋敷。いた街の中でかなり大きな屋敷だった。そのまま風呂場に連れていかれた。
「まずは風呂だ!お前真っ黒だしよ。着替え探してくるから湯につかって待ってろ」
「あ、ちょーー」
そのまま旦那が出ていった。しばらくどうしようかと思ったが、風呂に入れと言うことは洗えということだろうか。待っていると旦那様が再度入ってくる。
「おーい、洗えたか~……ってまだだったかよ」
「洗うのは風呂場を洗えばいいんですか?」
「ん?違う違う。お前を洗うんだよ。あったかい風呂入ると気持ちいいからさ」
にっこりと笑いながらシャワーヘッドと湯船に湯を張る。
「わかりました」
「あと、その敬語いらない。最初に会った時みたいの話し方でいいんだからな」
「……俺は奴隷ですので」
「……あー……まぁとりあえず、ほら、来いって、洗ってやるからよ」
「……結構です。自分でやります」
「いいから、ほれ、座って頭出せ」
半強制的に全身を洗って、湯船に浸かる。何十年ぶりに湯につかってさっぱりした気がする。温かいのは、まぁ熱湯とかに消毒と言われて放り込まれたこともあったから何とも言えない。
さっぱりしたところで準備された服を着て、旦那様の部屋に行く。
「お、似合ってるな。かっこいいじゃん!」
「……」
「ん?どうした?」
「何で、俺を買ってくれたんです?」
「え、何でって、俺がお前を欲しかったからだよ。でも、俺は奴隷とか本当は買うほうじゃねぇんだぜ。あ、ローレンス。鍵、解読できたか?」
「はい、旦那様」
ローレンスと呼ばれた男は小さく礼をしながら旦那様に何かを渡す。
「申し訳ございません。妖怪用のものは初めてでして、譲渡変更は問題ないにしても解除はもう少しお時間いただきます」
「そうか。わかった」
「解除?」
「お前の首についてる隷属の首輪、かなり古いものだから解除できなくてな。ちょっとツテに頼んでみるか」
「……解除なんて、必要なんですか?」
「おう。俺はお前を奴隷として買うつもりはないんだ」
「は?」
奴隷として買うつもりはないというのはどういうことだとその時は思った。そもそも俺を買うヒューマンは大体都合のいい道具として扱いが多かったからだ。
「ま、とりあえず、お前名前は?」
「……ご主人様の好きにお呼びください」
「だから、敬語。マジでいらねぇって。お前が奴隷になる前の名前を俺は聞きたいんだよ」
「…………夜李……。夜李でーー」
「です、もダメだぞ。敬語禁止」
「それは、命令ですか?」
しなくていいと言われてもある意味では癖になってしまっている。それに命令すれば話は済むだろうから。
「命令はしない。んー、まぁ夜李のペースでいいからよ。敬語なしでまた話そうぜ」
「はぁ……」
半分呆れるが15年以上も経つと、だいぶ自然に話せるようになった。それにここのヒューマンは普通の連中と違った。使用人もそうだが、普通に接してくる。旦那様もいろいろしてくれることが多い。隷属の首輪を隠すためにタートルネックや、顔を見られないようにするために仮面があればと思ってるとどこで聞いたのかわからないがそれも持ってくる。
生活には困ってはないが、なんだかむずがゆい。
「夜李ー?おーい、よーりー? 夜李ってばどこ行ったんだよぉー?」
「うるさい。なんだ?」
「お、いたいたー。だいぶここにも慣れたか?」
「まぁ、一応」
「そうだよなぁ、お前が来てだいぶ経ったしな!あ、そうそう、今度、首のそれ解除できそうなとこようやく見つけられたからさ。これでようやくお前にも里帰りさせてやれそうだな!カッカッカッ!!」
笑いながら旦那は俺の背中を叩く。
隷属の首輪のせいで主人に一定の距離を離れると躾として電流が流れる仕組みになってるため、里にも帰れてなかった。正直、200年以上、帰ってないから今更どっちでもよかった。それでも旦那がここまでしてくれているためあまり何も言わないようにしている。
ただ……
「…………期待だけはしておく。前もそういって騙されていたの知ってるけど」
「お、おいおい、夜李。それはないだろ……っゲホゲホ!!」
「ん?大丈夫か?」
「ゲホッ……。あぁ大丈夫大丈夫。季節の変わり目だからかな。風邪ひいちまったかな?」
「…………ヒューマンでバカは風邪ひかないって聞いてたんだが、旦那はバカじゃなかったんだな」
「ちょっと待てーい。」
この頃くらいから日に日に旦那の体調がおかしくはなっていた。