アリスの知り合い
ノアと再会して、夕日も沈む夜。
せっかくなので、この夜はみんなで少し豪華にしようと外食に行っていた。
席に並ぶのは、恐らく中層貴族が食べられるであろう食事が並ぶ。キラキラと目を輝かせながらアリスはかなりがっついていた。神子はある程度、貴族の作法を学んでるが、旅を始めてから全くしてないらしい。
赤ワインを飲みながらアリスはフォークをみんなに突きつける。
「あ、そうそう、今から知り合いが来るわよ」
「へぇ、それは突然だね」
「確かアッシュたちは旅人、ですよね?」
返事をしたアッシュは、”そうだね”とヘラッという。隣にいるノアは首を傾げながら少し考え、少し嫌そうな顔をする。
「……なぁ、もしかしてソイツってさ、あれか? お前の幼馴染のひとりのアイツ」
「さすがはノア。そう、ルスよ」
「ああああ! やっぱり!! あいつにはぜッッッッたいに会いたくない!!」
ガタッと立ち上がりながらノアは叫ぶ。周りの視線がこちらに集まり、痛いくらい視線が刺さる。
エドワードがノアの服を掴み、座らせが変わらず叫ぶので、近くにあった料理を口に突っ込み無理矢理黙らせた。
だが、そんなエドワードの顔も引き攣るような顔でため息をついた。
変わらずニコニコと笑っているアッシュは頬杖をついてエドワードの方を見る。
「あははっ! アリスの知り合いかぁ。ちょっと楽しみだね」
「会ったら会ったで後悔するぞ」
「そうなのかい? 君がそういうのも珍しいね」
エドワードが相手したがらないというのも少し気になる。
まぁ正直、彼がここまで言うのだから嫌な予感は少しているけど。
なんて思いつつ、アッシュが自分の前に置いてあるメロンソーダを口に含んだ瞬間、店の扉をものすごい勢いよく開き、女性、それもエルフが立っていた。
何事かと、アッシュ以外は振り返るとそのエルフは誰かを探しているのか店内を見渡すと、彼女はアリスを見つけ、パァッと笑顔になる。
「いたああああああああ!! アーリースー!!」
「ほら、来たわよ」
エルフは一目散にアリスの元に駆け寄り、抱きつく。
その隣にいたユキはエルフの勢いにビクッとし、少し離れるように椅子をノアの方に近付ける。
そんなことお構いなしにルスはアリスに頬をスリスリとして愛でるように身体を撫でまわす。猫を撫でまわしているみたいだ。
「いやぁん! アリスぅ! 可愛いぃん!!」
「あら、ルス。お久しぶりね」
「うふふふっ! って……あら? あらあらあらあらあら!!」
ルスはさらに目を輝かせながらアリスの前に居るエドワードの所まで行き、今度は彼のベタベタと髪やら身体を触り始める。隣で見てるアッシュでも分かるくらい、相当嫌なのだろう、鳥肌と凄く嫌な顔をしてどうにか引き剥がそうとする。
「エドワードじゃないのー! 相変わらずサラサラな銀髪に紫水晶の瞳! そして病弱な白い素肌ねぇ! ちゃんと食べてるわけー?」
「ふざけるな! ベタベタと触り過ぎだ! 離れろ!!」
「もー! 照れちゃってぇ! 可愛い! ……あら?」
これでもと言うくらいエドワードを揉みくしゃにした後、今度はルスの視線がアッシュの方へと向く。彼の顔をジロジロ見て、そのまま今度はアッシュへ抱きついてきた。
標的を急に変えてくるとは思わなかったアッシュは驚くが、座ったままということもあり、避ける暇もなかった。髪を触り、彼女はうっとりとする。
「この子もサラサラな金髪!! 瞳も翡翠の瞳っていいわぁ! はぁぁ……! 尊い……!」
「は、はぁ……――ってちょっ?!」
さすがのアッシュも少し引きつったような笑顔をしていたがルスはお構いなく、アッシュの服に手を入れて地肌をさらに堪能する。
「胸は……ってあら、あなた、男なのね。残念」
「どこからどう見ても僕は男性だと思うけど……。まぁいいや。どうも、初めまして、僕はアッシュ。君はアリスの知り合いって聞いてたからてっきり神子の人かと思ったよ」
「そうね、私は神子じゃなくて、商人よ。こういうのを売ってるの!」
ようやく離れたルスは持っていた鞄を取り出す。近くで空いていたテーブルを持ってきて、広げると貴族向けの服や一般的な服、様々な服があった。
その中で一つドレスを引っ張り出す。
「あなたたち素材がいいから普段の男ーっ! ていう服よりもドレスも似合うかもよ」
「あはは、それはちょっと遠慮しておこうかな」
困った様子でアッシュは丁重にお断りする。
隣からエドワードがボソッと、”な、後悔しただろ?”という返事に、”うぅん、アリスの知り合いだから大丈夫だろうけど、悪い人じゃなくて良かったよ”と言いながらまた飲み物を口にする。
普通、あそこまでされたら結構嫌がる人は多い。なんならノアとユキは身構えながら自分自身に被害がないようにしていた。あれはあれで正しい反応だが……。
「ちょっと、ルス、本題に入りたいんだけどいい?」
「もちろん! アリス、頼まれたもの、持ってきたわよ!」
そう言ってもうひとつの鞄をアリスに渡す。渡した後、再度彼女はまたアッシュにくっつきながら彼の匂いを嗅ぐ。急に匂いを嗅がれて、また驚くが、気にしない素振りで笑顔を張り付ける。
「なんだい? 何か匂うのかな?」
「ねぇ、あなた、変わった匂いするわね」
それはアッシュにしか聞こえない声でボソッと呟く。そして、ルスはアッシュにアリスたちが見えない死角から、彼の背中にナイフを突きつける。ナイフとともに、おおよそ、普通の旅商人にしてはなかなか出されるとは思えないような鋭い殺気をアッシュへ向けられる。
騒ぎにしたくないからか、どうもアリスたちは気付いていないようだ。
ルスはアッシュの耳元に囁くように呟く。
「ねぇ、あなた、どれだけ殺したの?」
「……さぁ、数えてないかな」
「ふぅん、それはアリスたちを守るため?」
「例え、そうなら君は信じるかい?」
彼女の質問にアッシュは目を細める。何のつもりかは知らないけど、試されてるのかなんだろうかと疑問に思う。
ルスの目をジッと見ていると、彼女はクスリと笑い、アッシュから離れる。
「そ、ならいいわ。これからもアリスをお願いね。彼女は甘いから」
そう言って離れた彼女はまたアリスの元に行く。
どうやらあれは幼馴染への心配なのだろうか。彼女からしたら僕のようなヒューマンが近くにいて警戒していたのだと思う。……なんだろうか、少し居心地が悪い。
「……エドワード、ごめん。僕、先に部屋に戻るよ」
「そうか、なら私も戻ろう。眠いし、少し疲れた」
「そうかい? じゃあ一緒に戻る?」
「そうする。ルスもいるし大丈夫だろうからな」
エドワードは席を立つと酒のお代わりを頼むアリスに先に帰ると断りを入れてから離れる。飲み過ぎ食べ過ぎに注意しろと念押しの釘を刺し、ノアとユキに任せて二人は外へと出て、宿屋へと向かう。
少し進むと、エドワードはアッシュの服を小さく掴み、呼び止める。
「アッシュ、すまないが、私は寄るところがある。先に戻っててくれ」
「そう? 大丈夫? 結構遅い時間だからもしあれなら一緒に行こうか?」
「大丈夫だ。何かあれば知らせる」
「……わかったあまり危険なことはしないでね。心配になるし、いくら街でも危ないのは変わらないんだからさ」
「大丈夫。すぐ戻る」
心配するアッシュだったが、エドワードは首を横に振るので仕方なく彼は先に戻って行った。
置いて行かれたエドワードは薄暗い路地に入る。
ずっと街に入ってから感じていた視線。アッシュと別れたも後、こちらに近づくわけでも離れる訳でもない。
そして、何より疑問だ。アッシュがコイツに気づかなかったのだろうか。
「おい、お前何者だ? アッシュも気付かないのに、わざと私に見つかるようにしていただろ。出てこい」
後ろを振り向きながらそう言い放つと暗闇の中から黒いマントをと紅いマフラーを身に纏い、音もなく現れた。
深くフードを被っているせいで顔が見えないが、フードの右よりに長い紫色の髪が見える。姿を現すとは思わなかったが、殺気も何も感じない。そこにいるのに気配を隠してるようだ。
喋る様子もないのでエドワードは警戒しながら声をかける。
「何か用か?」
「いや、何も。ただ、アッシュに気づかれたら面倒だったからな」
「……アイツの知り合いなのか?」
「まぁ、知人みたいなものだ。にしても、あの街にいないと思ったら旅に出ていたとは……」
声は男性なのか女性なのか分からない中性的な声。凛とした声だが、警戒を怠らないようにいつでも、逃げられるように準備をする。
あのアッシュが気づけない程の相手だ、私がいくら抵抗したところで無駄だろう。なら逃げるのが賢明だ。……逃げられる気はしないが。
「アイツは楽しくしているか?」
「アッシュの知人という証拠がない以上、私からは何も言うつもりはない」
「……そうか、すまんな。ただ、楽しくしてるなら、それでいい」
月明かりがこの薄暗い路地を照らす。深く被っていたフードの中にある瞳が光る。それは綺麗な黄金の色をした瞳だった。本当に安堵し、優しい表情をしていた。
目の前の黒フードの人物は、人差し指を口元に持っていき、シーッと黙るようにと言わんばかりの仕草をする。
「それと私に会ったことは黙ってて欲しい。アレと接点も何も無いならそれでいいんだ」
「アレ? ……すまないがこちらの事を言えなかったが、アッシュとはどういう関係なんだ?」
「……元同僚だ。じゃあな」
そう言って闇の中へと紛れ消えていった。
同僚……? どういうことだろうか。
道中、考えながら、宿に戻る。同僚、同僚……。
思い当たるなら、確かあいつは元貴族。それなのか、もしくは同じ守護者なのだろうか。
いや、あまり詮索はするのは良くないだろう。というかそれをアッシュはすごく嫌がる。
なら、一旦この件は考えるのはよそう。
そのまま宿屋の部屋に戻っていくと、隣のベッドで横で先に寝ているアッシュを覗き込むが寝息をたててる。
ため息をつき、自分自身も横になり、眠った。