私も気に食わないことはある1
屋敷へと案内され、一同は久方ぶりのお風呂にありつけた。野宿中は基本川での水浴びのみなので温かい湯はかなり身に染みる。身も心も洗い流されてさっぱりするとせっかくなので里に溶け込めるように着物で過ごすことにした。
アリスは人数分の着物をリンに借りて、着付けを鬼のおばあさんたちに教えてもらいながら着付けをしてみることに。普段着ない着物だからだろうか、少し気分が上がる気がする。先に着付けの終えたユキは自身の着物を眺めながらくるっと回る。
「少し動きにくいですが、和服、というものも結構いいですね。思ったより着心地が快適です」
「まぁ、それにに滞在中は溶け込みしやすい服でいたほうが過ごしやすいしね」
アッシュは帯を結びながら答えて、キュッと締め終わると、同じように着替え終わったリオンが襖を勢いよく開けてアッシュに飛びつく。
「なぁ、里を見て回らね? おれが案内するからよ!」
「君が案内してくれるならお願いしようかな。アリスも行くでしょ?」
「もちろん! 甘いものとかある?」
「いい店を知ってますのでご一緒に行きましょうか」
甘いものに目がないアリスはリンの言葉に嬉しそうにリンに飛びつく。
隣でまだ着物に苦戦していたノアの着物をエドワードが代わりにつけてくれていたがノアとユキに至っては今回は屋敷に残るそうだ。長期の歩きもあってかなり疲れているらしく、客間で寝るとのこと。
二人以外のメンバーはさっそく里へと再度向かっていく。
里の中を歩いていると、ほかの国と町と変わらないにぎやかだ。
それにしてもかなりの数で何かの張り紙が貼ってあり、地面にも同じ張り紙がある。アッシュはそれを拾って内容を確認する。
「……ねぇ、リン。これは何かお祭りでもやるのかい?」
「はい、ちょっとしたお祭りです」
「へー」
張り紙は見たことのない言語なので読めない。せっかくだ。どこかで何か辞書かもしくはリンに教えてもらおう。
リンの案内で甘味処といわれるところのお店に案内されると、リンがなぜかエプロンを取り出して厨房へと消えていく。
「あれ、リン、何で厨房に?」
「母様、ここでお手伝いしてるんだよ。昔からしてるぜ。里の人とかが止めてもこれだけは続けてるし」
なかなかこういう長をしている立場の人がしてるのは初めて見た気がする。そう思っていると、厨房からメニュー表を持ってきたリンがアッシュたちの席まで持ってきてくれる。中身のメニューも読めないが写真があるおかげでどんなものがあるか見れるのはありがたい。
どれも美味しそうだ。
「よかったら今回は私がご馳走しますので好きなものを頼んでくださいな」
「え!いいの?!」
リンの提案にアリスは目を輝かせる。何にしようかとアリスが悩んでいるところをよそに、アッシュが先に注文を始める。
「じゃあこのお団子お願いしようかな」
「みたらし団子ですね。一つでいいですか?」
「うん、あと温かいお茶かな。エドワードはどうする?」
「私は今は腹が減ってないからな……。みんなが食っている間は私は里を少し散歩してくるつもりだ。戻った時にいなかったら私も屋敷に戻る」
「……うん、わかった。一人で大丈夫?クロくん連れていくかい?」
「その黒猫ずっとついてきてるな」
スノーレインで視覚共有している黒猫はずっとアッシュにくっついてきている。ずっとフードの中にいるか、隣を歩いてずっとついてきている。だいぶ懐いているためアッシュの飼い猫として飼うことにした。
アッシュが黒猫をエドワードに渡すと猫はエドワードに向かってすり寄っていく。
そんな猫にエドワードは顎のあたりを撫でて、抱き上げる。
「じゃあ一緒に連れて行こう」
「うん、行ってらっしゃい」
軽く手を振りながらエドワードを見送る。その間にアリスはようやく決めたようで勢いよくリンに注文する。
「このお団子と、これと、あとこれ!!」
「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいね」
そんな声が後ろから聞こえる。店を出たエドワードは黒猫を肩に乗せていると、ふと見覚えのある黒いフード姿が見えた。
「? グレンか?」
細道にグレンが入っていったので、追いかけるとちょうど曲がったところで見失う。さっき曲がったのは確かなんだがと思っていると、後ろから口を押えられ、短剣が首に当てられる。
だが、エドワードは誰がしているかわかっているため、特にされるがままで手だけ軽く上げておく。こちらに気付いた拘束してきた者は、小さく声を”ん?”と上げて、短剣をしまいながらもこちらをのぞき込む。
「なんだ、エドワードか」
「スノーレインぶりだな……ってお前その怪我どうしたんだ?」
振り向くと確かにグレンだった。だが、前回あったのと違うのは右目に包帯を巻いており、そこは少し血が滲んでいた。よく見れば目以外も所々に傷がある。前にもアリスが魔封じの森であった時もグレンは怪我をしていたらしい。
「あぁこれか。いろいろあってな。主から受けた傷は回復魔法も効かないから自然治癒させてる。気にしなくていい。2.3日でだいたい治る」
「え、本当に大丈夫なのか?」
「あぁ、いつものことだ。主は機嫌が悪いとよくある。今回は機嫌が悪い割には腕とか足とかではなく目だけだからまだマシだからな。手足は仕事に支障が出るから面倒だし」
「いや、そうなる前提はやばいと思うぞ」
それに回復魔法も効かない状態っていうのも怖いが、こいつに怪我させることができるやつなんてあまり想像つかないが、主と言っていたからあの黒い少女なのではないかと思う。とはいえ、そのことを私が詮索して余計な問題に発展しても困る。本人が特に言わないなら言われた通り、気にしないほうがいいかもしれない。
「ところでお前がここにいるならアッシュたちもいるのだろ?ここで何をしている?」
「前にユキが助けた子供がいただろ。ここが故郷だって言われて連れてきたんだ」
「なるほどな。だからその面をつけているのか」
「そういうグレンは何してるんだ?」
「仕事の都合上でな」
「こんなところでか?」
「まぁいろいろとある。ただ、お前たち時期が悪いな」
「え?」
時期が悪いというのはどういうことなのだろうか。
わからずにいると、グレンは先ほど落ちていたチラシを出す。これのことなら、先ほどリンが言っていたお祭りのことか?
「100年に一度行われる長を決めるための祭り。一番強い妖怪の一族が長になるための覇権の祭りが開催する時期なんだ」
「……祭りなら特に問題はないと思うが、こういうのは我々旅人は関係ないだろうし」
「普通の祭りならな。今お前らは妖怪としてここに入ってきてるだろ?少なからず巻き込まれる危険性がある」
「あ……」
それもそうか。ここのやつらからすると我々も全く関係ないということはない。早めにこの場所を離れるべきなのだろうか。アリスがそれをおとなしく聞くのだろうか……。
エドワードの困惑を察してくれたのか、グレンは彼の頭を撫でてくる。何で撫でてくるんだ……?
「……まぁアッシュがいるから大丈夫だろう。お前たちは極力、人とバレないようにだけしておけ。人とバレればタダじゃすまない。喰われてしまうこともある。この霧の森で行方不明者が出るのはそういうことだ」
「……わかった。気を付けよう」
「あとは強い瘴気を持つ妖怪と心を読む妖怪もいると聞いてるからそれらには絶対に近寄るな。アッシュも警戒はしてくれているようだが、お前も十分に気を付けることだ、いいな?」
グレンの言葉にはエドワードは頷く。アリスと同じように心を読む妖怪に関してはアッシュにも聞いてみないと対処のしようがない。私も気をつけねば……。
「さて、私はまだ用事がある。またな」
「用事が終わったらまた顔を出してくれ。アリスたちも喜ぶ」
「あぁ、分かった」
そういってグレンはまたフードを被って去っていった。私も調べてアッシュたちのもとに戻ろう。
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デザートとたらふく食べたアリスは満足そうに帰路につく。その際に詳しく聞けなかった持っていたチラシの内容をリンから教えてもらっていた。
長を決める祭りかぁ。今のリンが長ということは優勝して勝ったからなのだろう。
「懐かしいものです。100年前の時は私、リオンがお腹にいましたが……、フフフ、リオンのために頑張った甲斐がありました」
「いた状態で戦ったの?」
「えぇ、あの時は若かったですし、旦那様も亡くなってしまってましたが……」
そう言いながらリンは薙刀を生成してビシッと空に向けて掲げる。見た目はのほほんとした優しい人だと思っていたけどもかなりパワフルな人、いや妖怪だからなのだろうけど。
「これって参加人数とかあったの?お腹大きいまま一人でしたとは思えないけど」
「いえ、私は一人で出ました。人数は大体1~3人での参加になります。今年も張り切って頑張ろうと思います!本当はリオンがいなくなってしまってたので出る気はなくなってましたが、まだまだ頑張れると思えば張り切ってやっちゃいます!」
(僕の周りの人ってすごい女性の人が多いものだね。レイチェルもそうだけどアリスやリンも勇ましいな……)
アッシュがそう感心してると、どこからか争っている声が聞こえる。子供の声と、あと二人くらいの声?
リリィが立ち止まって見ているほうを見ると、猫の妖怪だろうか、それとちょっと大きい妖怪二人が紙のような物を届かないように意地悪をしている。
その光景にリリィはずかずかとその妖怪に近づいていく。