神子と守護者4
一方その頃、連れ去られたノアは何処か薄暗い所へと閉じ込められていた。
迂闊だった……。いつもならこんなヘマすることは無いのに、新しい街に来たってのと、あの話で少し浮かれてしまってたのかもしれない。
どうにか身を捩りながら拘束を解こうとしようとした瞬間、不意に誰かから胸ぐらを掴まれる。そっちにノアは目を向ける。
「おい、てめぇ、勝手に動こうとしてんじゃねぇぞ!!」
「ッ! 放しやがれ! このクソッタレ!!」
「んだと、このハーフフットのくせに威勢がいいじゃねぇかよ!!」
男の拳がノアの顔面に直撃する。体系的にドワーフだろう。力が強いためノアが身を捩ろうとしても全くビクともしない。暴れるノアを何度も殴っているドワーフの肩を別の男が止めに入る。
「おいおいおい! 大事な商品だぞ! あんま傷もんにするなよ!」
「あん?! どうせこの守護者は大した金にゃあならんだろ。ハーフフットの場合だと奴隷契約の費用考えると大したプラスになんねぇよ」
やっぱりコイツら人攫いかよ。
しかも奴隷契約なんて冗談じゃない!
とはいえ、どうにか逃げ出そうとするも、全く歯が立たない。隠密は得意だけどユキのように戦えない。戦闘は苦手だ。
それでも腕の縄を取ろう、別の男と話している間に踠く。その姿が滑稽なのか人攫いはニヤニヤとノアを笑う。
「諦めろよ、どうせ逃げら――」
こちらを見て人攫いのひとりの言葉が止まる。いや止められていた。
なんだとノアは男の方を見ると、うっすらと蒼い炎が自分の周りを囲うように渦巻いてる。困惑していると少し後ろから腕をのばし、男の口を鷲掴みしているアッシュの姿がそこにあった。
当然、いきなりアッシュの姿が現れた事でノアも含めて人攫いたちも驚いていた。
コイツ、さっきの……? なんでここに?
「やぁ、君たち、随分なことをしでかしてるじゃないか。少々お邪魔するよ」
「なっ?! て、てめぇどっから出てき――ぐぎゃあっ?!」
掴んでいた男をドワーフに向けて投げつける。アッシュはバランスを崩しそうになったノアを支えながら、拘束を解いてくれた。
「お、お前、なんでこんなところにいるんだよ?」
「あはは、いやぁユキから君がいなくなったって聞いてね。助けに来たんだよ」
「ユキが……」
まさか、ユキがアッシュを頼るとは思っていなかったが、事態が事態なだけに助けてくれる可能性のある彼に助けを求めたんだと思う。
笑顔でノアを見ていたが、アッシュは人攫いたちの方へと視線を向け、殺気を放つ。
「……さて、人攫いの諸君」
ビリリッとこの場の雰囲気が急に重くなる。アッシュの表情が先程まで見せていた笑顔とは異なり、睨みつけ、まるで獲物を狩る捕食者のようにゆっくりと歩む。
「今ここで、この場で、全員を僕は殺そうと思えば殺せる。もし、何もせず、手出しもせず、彼を置いて立ち去るなら、僕も手出しないけど、フフフッ、どうする?」
狂気混じりな笑みを浮かべながら歩みを止めず、進む。さながら魔王と言っても間違いはないだろう。
完全に腰を抜かせた男たちは、”ひぃっ!”と悲鳴を上げながらどこかへ走っていく。
走り去った姿を見届けると、先程の威圧が嘘のように消えて、ノアの方へ振り返る。
「いやぁ脅しがこんな簡単に通じるなんて三流もいいとこだね! あはは!」
「……」
「あれ、ノア? どうしたの?」
「アンタ、すげぇな……」
「うぅん、そんなことは無いよ。君が無事で良かったよ」
ノアは思わず関心してしまった。
あんな風に突っぱねたのに助けてくれたのもそうだ。結構、俺は強く当たるように言ったのに、それでも助けに来てくれた。それも、圧倒的な強さを奴らに見せつけて。
これが、守護者なのか?
殴られたところにアッシュが手を添えて回復魔法を施す。痛みが引いて、垂れていた鼻血を拭き取ると、彼はこちらに手を差し出す。
「さて、戻るよ。僕に掴まって」
「お、おう」
戸惑いながらアッシュの手を握ると、彼はちゃんと手が繋がってることを確認して、パチンッと指を鳴らした。
◇
「うお?!」
音と共に気づけば、門の前にいた。
先程の薄暗いところではなく、入国した時に見た広場が目に映る。ノアが呆気に取られていると、横からドンッと衝撃を受けた。
「ノア! 良かった、無事なんですね!!」
「ゆ、ユキか!」
ユキはボロボロと泣きながらノアを抱きしめながら無事に戻ってきたことを噛み締めるように、ノアの頭や顔を触る。
かなり心配していたようだった。
戻ってきた二人にエドワードは時に心配する様子もなく、アッシュの方へと歩いてくる。
「おかえり、早かったな」
「うん、向こうがあっさりと退いてくれたから思ったよりはね」
「……人数は?」
「少数ぽかったかな。そんなに心配しなくても僕も手を出してはないよ。逃げられはしたけど、ノアを殴った分はぶん投げちゃった」
「投げたのか」
ため息をつきながらエドワードは次はユキとノアの近くまで歩く。近づいてきたことに気付いて、ようやくユキはノアから離れた。
目元を真っ赤にしたまま、ユキは深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。ノアが無事に戻って本当に良かったです」
「私でなく、アッシュに言え」
「そ、そうですね……」
確かにと頬をかいているユキだが、ノアはエドワードと目が合うと少し驚いた顔をする。
「……お前、エドワードか?」
「あぁ、そうだ。お前がノアだな。とにかく無事でよかった。人攫いにあったと聞いたから少し心配した」
「少しかよ」
「まぁ、アッシュが行ったからな。先にコイツと出くわしてなければもっと時間かかってたし、手遅れになってた可能性はあったからな」
「……そうかよ」
ノアはエドワードにケッと少し気に食わなそうな様子で舌打ちをする。
そのタイミングでちょうどアリスたちもこちらへと向かう姿が見えた。
”おーい!”と叫びながらアリスはこちらに駆け寄り、エドワードに飛びつくが非力なエドワードには強い衝撃だったようで倒れそうになる。そんな彼はアッシュに支えてもらい、どうにか踏みとどまる。
「お、おい! アリス! 重い!!」
「重いってなによ! レディーにそれは失礼じゃない?!」
「……ふぅん、なら最近、測ってなかった体重計乗るか?」
「そ、それは勘弁してよぉ! まだ! まだ標準体重よ! まだ!!」
彼女はしばらくエドワードと戯れ終えて満足したのか、今度はノアの方を見る。ノアはエドワードとリリィそしてアリスを見ると、ノアは少し泣きそうな顔をしながらピシッと向き直し、そのままノアはアリスに跪く。
「我が主、お久しぶりです。あなた様の守護者、ノア・ハイドシーク、ただいま戻りました」
「うん! おかえり、ノア! 硬っ苦しいのは良しとして、いつも通りでいいわよ」
「……ったくよ、たまにはかっこつかせろよ」
立ち上がりながら照れくさそうにノアは頬をかく。
これはいわゆる儀式みたいなものだ。一度、死んで、転生した守護者の本来の力は神子といることで発揮される。
再開の儀式をすることで互いを再認識するためでもある。
そんなノアの様子に少し離れて見ていたユキが寂しそうな様子でこちらを見ていたことにアリスが気づく。
すぐ近くまで行くと、近づいてきたのに少し驚いたのか顔を近づけると驚き、少し後ろへとたじろぐ。
「アンタがノアと一緒にいた人ね。そんな寂しそうな顔しないで、アンタもこっち来なさいよ」
「え、で、でも僕は守護者じゃないから、あまり混ざるのもと思いまして……」
「いいのよ! 気にしない気にしない! なんならアッシュとか私の守護者じゃないけど同行してるのよ?」
「そういえば最初にお会いした時もそう言ってましたね……」
ウンウンと頷くアリスにユキは呆気にとられてる隙に肩をグッと寄せてユキの顔を覗き込む。
覗き込まれたことでユキの髪と髪の間に隠れていた眼を見ていると、ハッとして彼女から視線を逸らす。
「大丈夫よ。アンタが魔族ってことも分かってるし、ノアをずっと守ってくれてありがとうね」
「い、いえ、……って僕が魔族って知ってたんですか?! なのにどうし――」
「種族は違えど生きてるのは変わんないでしょ? それを魔族だーとか、神子だーとかで分別しちゃってさ。私達はそんなの気にしてない。だから一緒に行きましょ?」
「……え、あ、は、はい!」
アリスの言葉に感激を受けたのか泣きそうな声音で頷く。
彼女はこういうところがあるから僕も一緒に旅をしていられる。彼女は困った人をほっとけないタチだ。アリスの笑顔を僕は気に入っている。
「さぁて! 見つかったことだし、観光するわよー!」
高らかに拳を掲げ、その隣でリリィやノアも真似をし同じようにする。その隣でノアも同じようにしてる所を見ると、どうやらピリピリとした警戒していた雰囲気は彼から無くなったようだ。
ずっと主であるアリスを探していたからか疲れた顔もしていたけどそれ以上に再会が嬉しいようだ。
だからこそ、僕は彼女たちを守りたい。
どんな手段を使っても、どんな非道なことでも、どんな、残酷なことでも。
二度と失わないように。
僕の、主様と同じように、守れないことがないように。
僕は彼女たちを全力で守ると誓っている。