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とある異世界の黙示録 -蒼い守護者の物語-  作者: 誠珠。
第五章 雪の国 スノーレイン
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昔の僕とグレン2

 アッシュは黙って聞いてくれていた。


 その間、私はアッシュの顔を見ることは、出来なかった。覚悟はしていたのに見られない。私は、怖いのだろう。こいつに、どれだけの罵声だって、恨みつらみを言われたとしても、私は……。


 震える声で、続ける。



「私が、駆けつけた段階で、レイチェルはまだ生きていた。助けられたはずだった。それを、私は判断を誤ってしまった。あの時に、私が――」



 私が、もっと早くに駆けつけて入れば。


 私が、判断を誤られければ。


 私が、回復魔法を覚えていれば。



「わ、わた、しが、助けられる、すべを……あの、時に、持っていれば、良かったのに、ほんとに、すまない……」



 声が、震えて上手く言葉が出ない。詰まりながらも声を絞り出すようにアッシュに伝える。


 瞼の裏に熱いものがこみあげて来て、視界がゆがむ。泣くな。泣きたいのはあいつの方なのだから。私が、涙を流す資格も、何もないのだから。


 震える手を押さえていると、アッシュがポツリと呟く。



「そっか……」



 アッシュの声にビクっとする。こちらに歩いてくる音がして私の震える手に触れる。恐る恐る顔を上げると、いつもと変わらず、優しく笑う、アッシュの姿があった。


 何故か安堵しているような様子でこちらを真っすぐとした目で本人も少し目元が紅い。


 触れられていたからだろうか、震えは、おさまっていた。



「レイチェル、寂しく独りで死なせてしまったんじゃないかって……、僕、心配だったんだ。もちもん、生きていてほしかったけど、君は頑張って助けようと、してくれていたんだよね?」

「……結果的に、私は、助けられてない。判断を誤って、レイチェルを見殺しに、したようなものだ」



 真っすぐ見てくる眼を見ていられなくてまた顔を下に向けてしまう。


 だが、アッシュはわざわざしゃがみ込み、下から私の顔を覗き込むように変わらず笑いながら続ける。



「うぅん、そんなことないよ。だって、彼女、最後笑っていなかったかな?」

「わら……って……」



 最後のレイチェルは、笑っていた。訪れた時と、変わらない、笑顔で、笑っていた。


 同時にフラッシュバックのようにあいつらが笑っている姿が過ぎる。何とも言えない感情がこみ上げて、必死に耐えていた涙が枷を切ったように止まらなくなった。大粒の涙が落ちていく。



「彼女を看取ってくれてありがとう。僕、間に合わなかったからさ。寂しい思いをさせないでくれて、ありがとうね。グレン」

「……ッ。なんで、なんでお前は……ッ」



 恨んでいるとそういえばいい。憎いとそういえばいい。殺したいなら、お前なら私は殺されても文句はない。

 なのになんで、お前は私を許そうとしてくれるんだ……っ


 笑ったままずっとアッシュはこちらを見つめてくる。真っすぐな目で……



「今回、僕に恨まれてるかもしれないと思いながらも、君はずっと助けてくれていたじゃないか。使えなかった回復魔法まで覚えてくれてさ。君がいなかったら、アリスたちを守ることも何もできなかった。本当に、ありがとう」



 ”ありがとう”という言葉が深く深く刺さる。

 膝から崩れ落ちそうになってアッシュが支えながらゆっくりと座る。止まらなくなった涙をどうにか拭うがとめどなく溢れてくる。


 ずっと、責められるかと思っていた。許されることはないと思っていた。

 私にとってはお前は、今はもういない、主様(マスター)と同じくらい大事な者で、昔、相棒と言いあいながらどんなことでもできていたこともあって、そして、大事だからこそ、笑っていてほしいから。


 その笑顔を守れなかった自分が許せなかった。


 そんな泣いている私の涙をアッシュは指で拭いながら笑う。



「あはは、君も泣くことがあるんだね。今回のことで君の知らないことも、思っていたよりも君は人らしことも知れてよかったよ」

「お、おまえは、わたしを、なんだと……ッ」



 急にアッシュが顔を近づける。アッシュの額が自分の額に触れる。自分の心臓がうるさいのがよくわかるくらい耳に響く。



「今も昔も変わらないさ。君は強くていつも頼りにしてる、大事な相棒だよ」

「ーーッ」



 顔がカァッと熱くなる感覚がした。咄嗟にアッシュの手を振り払って、フードを深くかぶって数歩後ずさりしてしまう。


 アッシュはこちらの気も知らないで、”あはは”と笑いながらその場で胡坐をかきながら空を見上げる。



「……うん、今日、君の話を聞けて良かった。話してくれて嬉しかったよ」



 どこかすっきりした顔で目を瞑る。今こいつは何を思っているのか私にはわからない。でも……。


 また相棒と、お前はそう呼んでくれるのか……。


 少し涙が落ち着くまで放っておこうと思っているとアッシュが”あっ!”と声を出してこちらを向く



「あ、そうだ。マリアは君がそのまま預かっててよ」

「いいのか?」

「彼女が君に託したんなら、君が使役していた方がいいと思うんだ」

「そうか。わかった。ならそうする。もしマリアがお前のところへ行きたいと言った時は、譲渡するからな」

「ん、分かったよ。その時は言ってね」



 鼻をすすりながら頷く。


 少し落ち着いたあと、マナ溢れている桜の木に近づく。木の根元に草を少しかき分けると、小さく深い水たまりのようなものが根元に溜まっていた。その水は夜空を刳り貫いたように淡く輝いている。それを手で掬うといつの間にか隣にいたアッシュが覗き込む。



「マナ溜まりって初めて見たけど、こんな感じなんだ」

「おまっ⁈ 馬鹿! お前はマナ溜まりに近づくな!」

「え、なんで?君が大丈夫なら平気でしょ?」

「なわけないだろ。さっさと離れろ。訳は後で説明するから」

「はぁーい」



 渋々とアッシュは離れた位置に戻る。


 本来は人や魔物含めて、こういうマナ溜まりは基本近寄らない。理由は魔力濃度が高すぎることで身体に深刻なダメージを与えてしまうからだ。けれど、私にはこれはそうではない。必要な命の源になる。


 掬ったマナの水を飲みこむ。お腹の中心がポカポカと暖かな感覚がする。


 飲み込む姿を見ていたアッシュが”ちょっ⁈何してるの⁈”と驚きながら、私の肩を掴み引く。その為後ろに転げるようになってしまう。



「君、飲んだの⁈」

「飲まないと魔力を入れ込めないからな」

「いや、だって飲んだらさすがに……」



 心配そうに見つめてくるアッシュをよそに、再度マナ溜まりに近づく。行こうとしたら今度はマントを掴まれ、首が締まる。一瞬息が詰まって、睨むようにアッシュを見ると首を横に振って止めてくる。

 ため息を吐きながら、マントの留め具を外して起き上がる。



「大丈夫だ。というかマナ溜まりでないと私は魔力を補充できないから必要だからここに来たんだぞ」

「? どういうこと?」

「……あまり詳しいことは話せないようになってるんだが、簡単に言うと、お前らのように自然に魔力が回復できない。一応、大気中のマナから少しずつ補充はできるが、本当に微々たるもの。だからちゃんと補充しないといけないときはこうしてマナ溜まりに来てマナを分けてもらってるんだ」

「……それって昔から?」

「…………」



 アッシュの問いに答えれず、目を逸らす。


 いつからかと言われれがこの身体になってしまったのは……。


 黙っていると、それを肯定として取ったのだろう。アッシュはため息をつく。



「本当に今回は君の知らないことばかり知って僕、ビックリするばかりだよ。君、あまり自分のこと話さないし」

「話す理由もあまりないからな」



 そう返事をしながら、マナ溜まりの方へ再度行って、小さな小瓶に数個程入れ込む。あまり取りすぎるとよくない。ここ一帯の魔力がなくなってしまう。

 小瓶をアイテムボックスにしまって、マナ溜まりの茂みを元に戻す。落としたマントを羽織り直してアッシュの方を見るとまだ胡坐をかいてじーっと見てきていた。


 何かついてるのだろうか?



「なんだ?」

「ちなみに魔力、どんくらい回復したの?」

「ん?あー、大体90%くらいだな」

「お、結構戻ってるね」

「まぁな。あとはあれだな。魔力喰い(マジックイーター)対策考えないといけないな。そのために魔導書を持ってきてもらったが」



 サッピルスから渡された魔導書。あれが封じられていたものなら何かと対策が載っている可能性がある。あの魔物は私からするとかなり天敵だ。


 アッシュは魔力喰い(マジックイーター)のことを思い出したかのように小さく”あ、そういえば”と聞いてくる。



「あの時なんで魔力喰い(マジックイーター)の腹が破裂したの?」

「あれか。簡単なことだ。やつに高濃度の魔力の塊を食わせたからな。高濃度な魔力を食らえるほどの魔物でもない。それをやつが嫌なタイミングで破裂させただけだ」

「……それ、君にしかできない芸当じゃん……」

「ま、それもそうだな。真似するなよ」

「いや、できないからね」



 むしろできるならすごいと思う。いや、できないことはないだろうが、お勧めはやはりできない。


 だいぶ話し込んでしまった。空を見れば夕方になりかけている。そろそろ戻らないとアリスたちに心配をかけてしまうだろう。



「さて、お前はスノーレインに帰れ。私はこのまま一旦帰る。アリスたちによろしくな」

「……ねぇ待って、グレン」



 この場を離れようとするとアッシュに腕を掴まれる。何かあったのかと掴まれた腕からアッシュへ視線を移す。



「一緒にこのまま旅についてきてくれないかな?アリスも君ならきっといいって言ってくれるし、アティを探すにも君が一緒ならすごい心強いんだ」

「……すまない、アッシュ」



 掴んでいるアッシュの腕をそっと退かす。


 本当は、ずっと一緒に行きたい。数日の旅だったが本当に楽しかったから。


 だがーー



「私には、やることがある。だから一緒にはいけない」

「なら僕もそれ手伝うよ!君に助けてもらったように僕もーー」

「深淵の神子に、アビスにお前たちを関わらせたくない」



 深淵の神子、アビスの名でアッシュは察したのだろう。ビクッとして顔がこわばる。



「あれに関わるとろくなことがないのはお前もよく知っているだろ」

「……うん……」

「それにやつはお前らの監視も言ってきてる。たまには顔を出してやることもできるしな」

「監視って……。前にエドワードたちがあったとき?」

「そうだな。ま、大体でたらめに報告書には書いてるから、早々に興味がそれてくれればいい」

「それは仕事としていいのかな……。僕ら的には助かるけどさ」



 こいつらに関しては詳細に書く気は全くなかった。それっぽいもの書いて読ませてる。なんなら内容を考える方が苦悩している方だ。



「とりあえずそういう事情もある。だから一緒にはいけない」

「……そっか」

「さっきも言ったが監視してるということはまた会う機会はある。その時はまた顔くらい出してやるから」

「そうだね。楽しみにしてるよ。今度はグレンの話もいっぱい聞きたいし」

「私のことで話すことあるか?」

「君自身の事、話さないことが多いんだからあるよ」



 あまりピンとは来ないが、まぁ何かしらの土産話を持ってこれたら考えておこう。

 パチンといつもの服に修復してアッシュの肩を叩く。



「じゃあな。気を付けていけよ」

「うん。グレンこそ、またね」

「あぁ」



 再度パチンと指を鳴らし、転移魔法で基地に戻っていく。



 ーーーーーーーーーーーーー



 転送魔法で戻ると、早々に(あるじ)に呼び出しを食らう。してくるだろうとは思っていたが。まさか来た途端に来るとは。


 深淵の間と呼ばれる部屋へと足を運ぶと、奥の祭壇で黒髪の少女、アビスがつまらなそうに人の頭らしきものの目玉をほじくりながら寝そべっていた。


 こちらに気づくと、酷く不機嫌そうな顔をこちらに向ける。



『「遅かったな。どこをほつき歩いていた?」』

「申し訳ございません。少々トラブルに巻き込まれておりました」

『「トラブル、ねぇ……」』



 私の回答に対してまだイラついているのか、持っていた目玉をぐしゃりと潰す。持っていた首をこちらに投げつけてくるがそれを避けずにいるとベシャッと音を立ててぶつかり、首は転げ落ちていく。


 横目で首の顔を確認すると、以前アレックスに送った首の一つだった。



『「つまらん。やはり貴様でないとすぐ壊れるやつらばかりで面白くもない。……近くに寄れ、グレン」』

「はい」



 階段を上がり、アビスの前に立つと、楽しそうに、満足そうにグレンへと手を伸ばす。

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