魔力を喰らう怪物4
マリアの腕がズプンと沈む。腕が沈むと少しマリアが何かを探すように探っていると、急にグレンの目が見開く。
「ーーッ!! あ”ぐッ⁈ぁああぁ!!」
『押さえて!!』
「くっ!!」
物凄く力で暴れるグレンにアッシュとエドワードは必死に押さえる。その間にマリアとアリスが棘を取り除いていく。
相当な激痛なのだろう。じっとりと汗をにじませ、聞いたことのない声で叫ぶ姿は痛ましい。
それでもどうにか押さえると、ようやく一つとれたのかマリアが腕を引き抜く。それと同時に脱力したように力が抜けたグレンは吸えていなかった息をするように激しく空気を吸う。
息をしながら、状況を理解するためにグレンはあたりを見渡して、ゆっくり口を開く。
「お前ら……、何をしている……?」
「あんたの魔力回路に引っかかってる棘を取ってるの」
「はぁ……だったら、一度起こせ……。あとは、自分でするから、どけ……」
起き上がろうとするグレンをアッシュは押さえたまま動かないようにする。それにグレンは不機嫌そうな顔で睨みつける。
「……はなせ」
「自分が死にそうなのに、なんで君はそんな無理をするの?」
「お前に、一番言われたくない。ブーメランって言葉知ってるか?」
「そ、それはそうだけどさ……。それにいつもならこのくらいの力だったら振りほどけるでしょ?振りほどけるなら退くよ」
「…………」
黙ってグレンは僕を睨んでくる。実際、今、グレンを押さえている腕はそんなに力はいれてない。もちろん彼も腕の拘束を解こうとしているが全然力が入っていない。
段々グレンの呼吸も落ち着いてきたのでマリアの方を見る。
「棘ってあとどれくらい?」
『あと二つです』
「結構だ。自分で取る」
『心臓に近いところにあるんですよ!自分でするなんてできないです。それにちゃんと綺麗に取らないと魔力を譲渡しても意味がなくなってしまうんですから……』
となりでマリアは、涙は見せなかったが、全身は小刻みに震えていた。その様子をグレンが横目にみていると、しばらく黙っていたあと、小さくため息を吐く。
「……はぁ……。わかった。任せるが、もう少し慎重にしてくれ。お前、焦ると手元が荒くなって余計に痛い」
『……っ! わかりました。慎重に、致します!』
再度グレンの胸元に手を置く。再度、腕を沈める。ビクッとグレンの身体が震え、痛みに耐えるように歯を食いしばって目を強く瞑っている。
アリスとマリアも慎重にしていくが、棘がある場所が悪いのかどうやら苦戦してるみたいだった。正面に立ってるエドワードもハラハラしているが僕とエドワードに関しては見ていることしかできない。
二人の施術を見ていると二人とも緊張で震えている。危なっかしいくなってきたマリアの腕をアッシュが空いてる手でぶれないようにそっと掴む。
「マリア、たぶんそれそのまま抜くと結構痛みが来ると思う。棘はこっちにしながら魔力回路のこの隙間に通すようにした方がいいよ。そう、そっち」
『あ、ありがとうございます……』
アッシュが指示をしながら抜くとようやく取れた棘は最初の時よりはきつくないのかグレンは小さなため息を吐く程度で呼吸は安定していた。二本目抜けた段階でむしろ二人の体力と魔力の方が限界なんじゃないかと思うくらい疲弊してる。
床に座り込んでいるマリアにアッシュは声をかける。
「大丈夫?」
『ちょっと、休憩します……』
「んー、そっかぁ。んじゃ、ちょっとグレン、起こすよ」
拘束していたグレンの腕を放して、彼の両肩を持って上半身を起き上がらせる。驚いているグレンと抱き合うようになってる状態でエドワードに手を伸ばす。
「マリアたちがかなり疲弊してるから最後の一つは僕とエドワードで取り除こうか」
「わ、私が⁈ だ、だがそれは私でなくお前がーー」
「今、譲渡できるように最後の回数は残しておかないといけない。だから、やり方は教えるから君が取り除いてあげてほしいんだ」
「だ、だが……」
チラッとグレンを見る。魔力循環も上手くできてもいない。アリスたちを見るにかなり難しく、精神を削っている。……私が、できる気がしない。
戸惑っていると、ぽつりとグレンが言う。
「マリアがしようが、お前がしようが変わらない。取るならさっさとしてくれ……」
『わ、私も結構真面目に慎重にしてますけど!』
「アッシュの指示がなかったら一回目と同じようにしていただろ、へたくそ」
『ひ、酷いです……』
容赦ないグレンの一言に傷つくマリアには悪いが、こういうのは彼女は苦手だ。だから慎重にしていてもどうしても魔力回路や神経に触れてしまって痛みが出てしまう。そうならないためのコツは昔、レイチェルから教えてもらっているので多分できると思う。
まだ戸惑ってるエドワードに、おいでと手招きをしてこちらに寄ってもらった。グレンの後ろに座ってもらい、エドワードの手をグレンの背中に触れさせる。
「ほ、本当に私で大丈夫なのか?」
「大丈夫、落ち着いてしたら問題ないよ。それに魔力循環と違ってまたやり方も違うからさ」
「……分かった」
「よし、じゃあまず、手に魔力の薄い膜を広げて包むるようにしてみて。イメージ的には手袋をつけるような感じだよ」
頷きながら、エドワードは神経を集中する。
薄く、手袋のイメージ……。
紫色の魔力が薄く手袋のように手を包み込むことができた。そしてアッシュはエドワードの手首を掴む。
「そのままそれは維持して」
「……あぁ、大丈夫だ」
「おっけー。次、そのままの状態で流れている水の中に手を入れるような感じでゆっくりと沈めてみて」
「わかった」
ズプンと手を浅く沈める。ピクッとグレンの身体が動いたが痛みはないみたいだ。アッシュの肩に顎を置いて終わるのをじっと待ってくれている。
ゆっくりとアッシュがエドワードの手を沈めていく。水の中を進んでいくような感じがする。ゆっくり進めると何かに触れる感触がある。とげとげとしたもの。これのことだろうか。
「何か手に触れた」
「よし、それを自分の手のひらに包み込めるかな?ただし無理矢理はしないように。包める範囲でいいよ」
「んっ」
小さく頷きながらゆっくりと手の中で握るように掴む。なんの問題もなくすっぽりと掴めた。
「掴んだ」
「いいよ。なら、それを掴んだまま手を引き抜いて。違和感があったら無理に引っ張らないようにね」
言葉通りゆっくりと引き抜く。抵抗感もないまま、棘を取り出すことができた。手のひらを開けると、無数の棘がついた紐のようなものだった。
アッシュにもたれかかっていたグレンはエドワードの方を見ながら少し振り向く。
「なんだ。上手いじゃないか。マリアみたいにくそ痛いなんてことはなかったぞ」
「ほ、本当か?」
「あぁ。助かった」
『あ、アッシュ様……。私にも今度教えてください……』
散々グレンに言われていることでかなりマリアは落ち込んでしまっているようだ。疲れもあるだろうが集中力がかけてしまうとどうしても受けてる側の負担は大きくなる。特に魔力回路は本当に繊細だから少しでも流れに逆らうと痛みや違和感が起こてしまう。
その点ではエドワードは集中力はすごい長く続く。魔力循環の時も練習をかなり集中してするのでたまに気づかないときもあるくらいだ。
だからこそお願いしてみたというのもある。
もたれかかっているグレンをアッシュはそっと寝かせるようにしようとしたが、彼は手をついて拒否する。
「寝てなくて大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
そうは言うが顔色が悪いのには変わりない。
マリアが言っていた魔力を渡すことで治るのだろうか……。
「……魔力はどうわけたらいいのかな?」
「ん?あぁ、簡単なことだ。お前の場合、炎の中に魔力を込めてそれを渡してくれたらいい」
「? こう?」
蒼い炎の中に入れれるだけの魔力を入れ込み、それをグレンに渡す。渡すとそれをそのまま口の中に入れて飲み込む。まさかの行動にアッシュも驚きを隠せずにいると、食べた本人はけろっとしており、顔色も段々良くなっていった。
グレンは自分の手を見てから小さく頷く。
「ん、全快時の10%くらいだな。あとはどうにか魔力を補充したら問題ない」
「え、僕、結構渡したけど10%なの⁈」
「もともとが大体60%くらいあったからな。結構喰われた」
「……君、昔より魔力量増えてない?」
「別にこれは魔力量関係ないんだがな」
「あ、そう……」
それでも元々持ってる魔力量はかなりのものだと思う。
一般人は大体10ほど。僕の魔力量が1000だとして渡したのは大体9割だ。しばらく魔法が使えないから渡せる分だけ渡したけど、それで10%くらいなら元々の魔力量は結構な量になる。人が持てる魔力量超えてるんじゃないかな……。
アッシュが悩んでいると、グレンはため息をつきながらベッドから降りる。
立つと上の服がボロボロなのにグレンは気づいていつもの黒マントを羽織る。
「あまり深く考えるな。前にも言ったが私の身体が少々特殊なだけだ」
『少しじゃないですよ!!グレン様は魔力が枯渇するとーーむぎゅっ⁈』
「余計な事を言わないでお前はさっさと還れ」
何か言おうとしたマリアの口をグレンは鷲掴みにして発言を塞ぐ。
「あと、お前、私からの魔力供給ないのにずっと無理してここにいるだろ」
『……だって、死なせたくなかったですから……』
「……。それは心配かけたな。もう大丈夫だから、早く還れ」
『わかりました……』
しょんぼりしたままマリアは還っていく。
グレンはマリアが還ったことを確認して、扉を開けると壁に聞き耳立てていたノアたちが雪崩のように転げ落ちる。すぐ後ろにいたリリィとガーネット、サッピルスのみ普通に立っていたがリリィは雪崩の山を踏みつけてアリスの元へ行く。
うろたえていたガーネットとサッピルスをグレンは呼ぶ。
呼ばれた二人は顔を見合わせてるなか、グレンはアリスとアッシュも含め隣の部屋に移動した。




